表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
春を忘れて大樹は眠る  作者: 夢山 暮葉
第二章:冬の終わりへ
21/117

20:枯寂のまほろば

 ユガタルファ大陸は、一言で言えば『試され過ぎている大地』である。

 大陸の大半がやせ細った荒れ地で、どんな作物もまともに育たない非居住地域だ。土地がそんな有様だから、川から海へと流れ込む栄養も少なく、魚や海草等の収穫も心細い。

 そして何よりもユガタルファの環境を厳しいものにしているのは、モンスターの存在だ。他の大陸にもモンスターは沢山居るが、ユガタルファには性質の悪い奴が多いのである。

 例えば、人の食べる野菜や家畜の為の牧草を根こそぎ喰らってしまう、四本腕のコアラの魔物。例えば、住む場所の水を悉く強酸性の毒水に変えてしまう、二本足を持つ魚の魔物。それらは、その強さ自体はそこまででは無いものの、人の営みをこれでもかと脅かす生態を持っているのだ。

 けれどもそんな厳しい環境に有る中、神聖ユガタルファ王国は他大陸の国と並べても遜色無い程度には豊かだ。大都市から離れた田舎はともかく、大きな街道に沿っている街は皆活気が有るし、公式サイトの設定資料集を読まない限り、そんな裏側が有るとは露程にも思えないだろう。

 そんなユガタルファという国の、世界樹の街エジャを含む領土の主、エープラー・エジャ伯爵。今まで見た事も聞いた事もなかったその人物の住まう屋敷に、身なりを整えたヘイゼルは、同じくビシッと礼服で決めた風雲と共に向かっていた。

 何故この二人だけなのかといえば、大人数でぞろぞろと訪ねるのはマナー違反だから、というのが主な理由だ。出来ればキュリオスとナツメグくらいは連れて来たかったのが本音だが、ドロイドはともかくラミアはまずいとの事だった。

 キュリオスは単体では役に立たない。なので彼女はナツメグとセットで、キーマと共に自治組織に関して煮詰めている。

 あの二人が居ないのは心細いが、今は風雲が居るのだ。ひとりぼっちではないから大丈夫、とヘイゼルは不安にざわめく心を凪がせる。


「良いですか? ゲームの中とはいえ、相手は貴族です。昨日も散々言いましたけど、礼儀は守ってくださいね」

「ええ、分かっていますとも」


 エジャの街の北部、高級住宅街の中に有る、一際豪華なお屋敷。それが、エジャの領主館だ。地割れに伴われた地震からまだ一ヶ月も経っていないのに、もう被災地である事を感じさせない程に復興した街並を眺めながら、ヘイゼルは風雲の言葉を聞く。

 ヘイゼルたちプレイヤーは、“使者”という特別な肩書きを持ってはいるが、基本的には普通の冒険者程度の扱いだ。風雲のように立場有るNPCとの接点を持っていれば、もう少し変わってくるが。

 つまり、このユガタルファ王国において、ヘイゼルはその辺の市民と何ら変わりない身分なのだ。貴族に対してはきちんとその身分を弁えて接しなければならないし、もし無礼を働けば罰される。エジャ伯爵への目通りだって、風雲のコネが無ければ、アポイトメントをとる事さえ叶わなかっただろう。

 勿論、ヘイゼルはレベル100の竜人であり、その気になれば力ずくで会いに行く事だって可能だ。けれども彼女は、わざわざそんな指名手配されそうな事をやる程馬鹿ではない。


「まぁ、あまりにも無礼な事しなけりゃ大丈夫ですよ。向こうも、いち冒険者に完璧なマナーなんて求めないし」

「そういうものなんですね……何か、私がまずい事しそうになったら、フォロー頼みます」


 そうこう話しているうちに、領主館の門はすぐ目の前にまで近づいて来ていた。硬く閉ざされた柵の門扉を見上げ戸惑っていると、風雲はその傍らに取り付けられたインターホンのような物に近づき、そしてボタンを押した。

 すると予想通り、その装置は「ピンポーン」という音を発した。やや有って、ボタンの隣の小さなランプが緑色に点灯した所で、風雲はマイクっぽい所に向かって話しかけ始める。


「こんにちはー、今日約束していた風雲と、連れのヘイゼルです。エープラー・エジャ伯爵殿にお目通りしたく、ここに参上致しました」


 この世界には基本的に電力の概念が無いから、恐らくはあのインターホンもどきも魔法か何かで動いているのだろう。そんな事を考えながら少し待つと、門の向こうの館の扉から何とも瀟洒なメイドがやって来て、そして鍵を外し開門した。


「お待ちしておりました、風雲様にヘイゼル様」


 本格的だな、という感想を、声には出さずに漏らす。メイド喫茶でにゃんにゃん言ってるような存在ではない、本物の女中だ。ヒョはつくづく、こういう所にこだわるゲームである。

 そんな本格的メイドの登場に緊張しながら、ヘイゼルは案内し始める彼女に付いていく。そして二人は玄関から程近い応接間に通され、気合いの入った刺繍があしらわれているソファに座った。

 豪華な部屋の中でどうにも居心地の悪さを感じながら、ヘイゼルは少し風雲に目を向ける。相手は視線に気付くと、こくりと一つ頷いた。大丈夫だ、とでも言うかのように。


(大丈夫……所詮ゲーム。落ち着いてればなんて事は無いわ)


 やや有って、ちょっと慌ただしい足音と共に、一人のヒューマンの老人が部屋に入って来た。年老いてはいるが、その背筋はびしりと綺麗に伸びており、まだまだ生命力に満ち溢れている事がありありと伝わってくる。

 一目見ただけで高級品であると分かるスーツに、魔法の力が宿っているように感じられるステッキ。髪は色素の薄れた灰色混じりの白髪、そして瞳は深い緑色だ。

 彼は何とも好々爺然とした笑顔を浮かべながら、ヘイゼルたちの対面側のソファに腰掛ける。彼女たちよりずうっと脆弱な存在の筈なのに、老人は謎のプレッシャーを纏っているように思えた。


「やぁやぁ、良く来てくださいました、風雲殿にヘイゼル殿。私はエープラー・エジャ、このエジャ領の領主をやっております」

「は、初めまして。私はヘイゼル……です」

「お久しぶりです、エジャ伯爵。お忙しい所、ありがとうございます」

「ほっほっほ、お気になさらず。我が孫娘の恩人の為ならば、時間なぞいくらでも割けますからの。

 さて、風雲殿、ご用件をお聞かせ願えますかな? わざわざこの老いぼれと雑談しに来ただけではありますまい?」


 先ほど案内してくれたメイドが紅茶を淹れる中、三人はそれぞれに挨拶を交わす。そして向けられたエジャ伯爵の問いに、風雲は頷き答えた。


「はい。今日ボクたちがアナタを訪ねたのは、アナタの知る『世界樹伝説』について訊く為です」

「世界樹伝説……とな。そんな物、わざわざ私に訊く必要も無いでしょう。このユガタルファの民ならば、子供だって知っている伝承です」

「ですがアナタなら、伝説のもっと穿った所を知っているでしょう? 世界樹広場に出現した、あの巨大な地割れの正体、とか」

「む……」


 かなりズバズバと切り込むなぁ、と風雲の台詞を聞きながら思う。投げかけられた彼の言葉に、伯爵は少し考え込むように黙り込んだ後、その視線を中空に彷徨わせながら、深い低音で童歌のような曲調の歌を謳い始めた。


「.i doi .iugdracil. la .iugdracil.

 .i lo censa cmene be do cu cevni mi

 .i doi tolspo bratricu .iugdracil.

 ko fi mi dunda .ei fe lo kampanpi .e lo kamgei

 .i lo ro mi lo ro kamji'e .e lo ro pruxi do re'e friti

 .i lo temci cu ca culno

 .i nau doi pluta be lo selpa'a ko co'a kalri .a'ocai」


 ロジバン、だろうか。wikiの使いやすい詠唱を暗記しているだけしかないヘイゼルの知識では、その意味を汲み取る事は出来なかった。風雲なら分かるのだろうか、と彼の方を向く。


「風雲さん」

「ちょっとだけ、待ってください」


 彼は目を閉じ、神妙な顔で先ほどの文章を解析しているようだった。邪魔しては悪いだろう、とヘイゼルはそれきり閉口する。エジャ伯爵も同様に、真剣そのものの表情のまま風雲を見守っていた。

 やがて、彼は大きな空色の瞳を開く。同時に口も開いた。


「ユグドラシルよ、ユグドラシル。その聖なる御名を讃えん。

 再生の大樹ユグドラシルよ、我らに安息と幸福を与え給え。

 我ら全ての命と魂とを、貴方に捧げよう。

 時は満ちたり。いざ、希望への道よ開け。

 ……それっぽく訳すると、こんな感じですかね。その歌は、一体?」


 完成度の高い彼の和訳に、ヘイゼルも伯爵も一様に瞠目した。この短時間で、ここまで綺麗に訳してしまうのか。驚きながらも、伯爵は彼の問いに答える。


「これは、我がエジャ伯爵家に伝わる古の伝承詩です。ずうっと昔、1000年以上前から、密かに伝え続けられてきた、“鍵”なるうた

 ……長い話になります。それでも、聞きますかね?」

「──お願いします」


 ヘイゼルの願いを受けた伯爵は、ふと顔を上げ、遠くを見つめるように目を細めながら、何処か懐かしむような声音で語り始めた。バグの中に有りながら、新ダンジョンに関連するイベントのフラグはきちんと立っていたようだった。


「その昔、世界樹が生きていた頃……ユガタルファはこの世で最も豊かな地だったと伝えられております。毎年食べきれない程に作物が実り、動物たちも良く肥え、天災も無く魔物の脅威も無かった──今では見る影も有りませぬがね。

 現在のユガタルファは、豊かどころか、この世で最も厳しい環境の大陸とされています。けれども、我らユガタルファの民は、今日もこの大陸で生き続けております。他の場所へ逃げるという選択肢も有ったというのに。

 何故なのか。それは、ここが世界樹の墓標であるからなのです」


 彼によって今語られんとする、ヒョのストーリーの根幹を成すとされる『世界樹伝説』の全貌。バグさえ無ければもっと純粋に楽しめたのだろうな、とヘイゼルは心の中で苦笑いする。


「1000年程前に世界樹は死に、100年前にその残骸すらも枯れて朽ち果てました。神樹の恩恵を失ったこの世界は、災害が頻発し魔物が跋扈する、人の住み辛い世界になってしまいました。

 しかし、世界樹は死ぬ直前、当時この地を治めていた者に、あの詩と共に預言を授けたのです」


 キッ、と一気に伯爵の眼光が鋭くなる。あまりの迫力に、ヘイゼルも風雲もビクリと肩を跳ねさせた。


「──『時が来れば、我は蘇る。まず先駆けに大地が鳴動し、我が墓標たる地が割れる。地の底まで広がる闇に、此の詩を捧げよ。そして現れる狭間への道は、最大なる魂を持つ“使者”にのみ開かれている』、と。

 当時の統治者は、この預言を民に流布させました。多くの民はそれを信じて、いつか神樹が蘇るその日をここで待つ事にしました。民衆は今も、この試される大地の中で、再び世界樹の栄光が戻る時を心待ちにしながら生きております。

 ……そして、一月程前、預言通りの現象が世界樹広場に起きました」


 伯爵の語る世界樹の物語を聞きながら、ヘイゼルは大分緊張の薄れた思考回路を動かす。やはり、彼に会いに来たのは正解だったようだ。


「『そして現れる狭間への道は、最大なる魂を持つ“使者”にのみ開かれている』──この文言から読み取れるように、きっと世界樹は、貴方たち“使者”の方々の訪れを待っているのです。復活を遂げる為に、“使者”の助けを必要としているのだと思います。

 ……これが、私から話す事の出来る『世界樹伝説』の、全てでございます」


 あのダンジョンの関連イベントは、枯れた世界樹を蘇らせるのが最終目的なのだろうか。バグの原因と見られる新ダンジョンのイベントをクリアし、その辺のフラグを綺麗にしてしまえば、もしかしたらログアウト出来るようになるかもしれない──そんな考えが過る。


「風雲殿、ヘイゼル殿、どうか預言を辿ってはくれませぬか。そして可能であれば、世界樹を蘇らせて欲しい。

 神樹が復活すれば、民も餓えなくて済むようになるかもしれない。魔物に怯えて城壁を作る必要も、夏の暑さや冬の寒さを怖れる必要も無くなるかもしれない。

 どうか、どうか、お願いしまする。世界樹を……」


 頭を垂れ冀う言葉と共に、伯爵は話を締めくくる。ヘイゼルと風雲は軽く視線を交わした後、長い話を語り終えたエジャ伯爵に対し、礼の言葉を述べた。




 その後ヘイゼルたちはエジャ伯爵に対し、プレイヤー──“使者”が元の世界に帰れなくなった事や、それに起因して今後発生し得るだろう弊害を語った。プレイヤーがこの世界の住人に対して非道を働く可能性が有るから、そういった者をこちらで裁く許可が欲しいという事も。

 伯爵は少し悩む素振りを見せたが、最終的には頷いた。一先ず、エジャ領内ではプレイヤーがプレイヤーを裁いても良い、と。他の領地でもやりたければ、そこの領主に話を通すか、若しくはユガタルファ王国の最高権力者に許可を貰うかして欲しい、との事だった。

 そして全ての用事を終えたヘイゼルは領主館を後にし、風雲と別れ、バタフライエフェクトハウスへと帰還した。同時にキーマとの会談を終えたナツメグとキュリオスとも合流し、今に至る。


「──と、以上が、私が聞いて来た話です」


 エジャ伯爵に聞いた『世界樹伝説』の全容や、無事プレイヤーをこちらで取り締まる許可を得られた事等を話し、ヘイゼルは二人の顔を見回す。円卓も椅子も片され、代わりに小さな机と三つの椅子が有るのみになった仮設会議室の中で、彼女たちは今後の方針を定めようとしていた。

 本当はもう少し小さい、丁度良いサイズの部屋で話したかったのだが、相談室の会場であった一階部分は無惨に破壊されたままで、二階の他の部屋も無事では有るが荷物で一杯で使い物にならない。故に、このだだっ広い部屋の片隅で三人は顔を突き合わせていた。

 話を聞き終えた二人は、それぞれに逡巡する。先に口を開いたのは、心底気怠そうな顔をしたナツメグだった。


「スーパーハイパー面倒な事になったな……うーあーめんどいんじゃぱん」


 笑いどころの分からない駄洒落と共に、彼は眉間に皺を寄せる。額に掌を置きながら、さらにこう続ける。


「けど……新ダンジョン行ってみるしかないのかもな、現状。解決に繋がるかは分からないし、バグの親玉の懐に突っ込むのも勇気が要るが、このまま座していたとして、やって来るのは衰弱死だけだ。

 ……ワタシは、新ダンジョンに突入し、『世界樹伝説』のイベントをクリアしてみる必要が有ると断ずる。それしか、ない」


 ナツメグの確信めいた台詞に、ヘイゼルもキュリオスもただ静かに頷いた。このまま待っていても解決される見込みは薄い。となれば、僅かでも可能性が有る方向へと進むしか無い。

 後日またギルドマスターたちを召集し、この事を伝える必要が有るだろう。そしてダンジョンに突撃し、世界樹伝説イベントを進行させなければならない。現実の肉体が死ぬよりも早く。

 憔悴が有る中、キュリオスが軽く眼鏡の位置を直した。最低限の瞬き以外は殆ど動かない表情のまま、彼女は相変わらず平坦な声で言う。


「新ダンジョンの条件。“使者”である事は最重要、最大の魂も必要」

「……? どういう事?」


 意味が分からなかったのでスルーしていた文言への言及に、ヘイゼルは問い返す。対するキュリオスは、珍しく気まずそうな顔をしながら「あ」とか「う」とか呟き、それきり黙り込んでしまった。そんな彼女をフォローするように、ナツメグが口を開く。


「……100レベル、か?」


 短い問いに、キュリオスはこくりと大きく頷いた。それを受け、ナツメグは彼女の台詞の翻訳をする。


「新ダンジョンには、レベルによる入場制限が有る可能性が高い。最大の魂持つ“使者”──レベル100に達したプレイヤーにしか立ち入る事が出来ないかもしれない。……って所だな、うん」

「ありがとう。成る程ね、後で会議する前に検証しておきましょう」


 これまでのヒョにはレベル制限の有るダンジョンは存在しなかったが、大型アップデートで新たに追加されたダンジョンなのだ、新要素が付いていてもおかしくない。事前に手に入れられる情報はなるべく回収しきっておいた方が良いだろう。


(……やっぱり、何かしらの目標が有るってのは、気分の良いものよね)


 ただ無為に罵倒を受けながら過ごした数日間は、とても辛かった。しかし今は、未だにハッキリとした光明は見えないけれど、これまでに比べればずっとマシになっている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ