ED-D:ポスト・トゥルーリヴァイヴ
あれから数ヶ月が経つ。惨劇を経て尚逞しく巡り続けるウィナンシェの片隅にて、アージェンたち四人はスローペースで旅をしつつ、人の残ってる街を訪れては復興の手伝いをしていた。
今滞在している街も、こっぴどくやられていたがそれなりの数の人が生存していた所だ。最近は近隣の滅亡村落からも生き残りがやって来たりして、傷痕は消えないままだが再スタートを切ろうとしている。
そんな中、アージェンは主に魔法での支援を行っている。魔物はほぼ全滅したようだが、寧ろその所為で生態系が崩壊し、猛獣が人里に迷い込むなんて事態が多発しているのだ。そうでなくとも怪我や病気は絶えないし、回復魔法はいつでも必要とされている。
臨時診療所の窓から朱色の光が差し込んで来たのを認め、彼女は一日の終わりを予感した。今日もあっという間だったな、と思いながらもう治療待ちの患者が居ない事を確認し、手伝いをしてくれているここの家主の方に手を振る。
「今日はこれまでにしますねー。それじゃあ、また明日ー」
「はい、今日もありがとうね、アージェンちゃん」
今日は患者が少なくて、こっそりステータス画面を確認すれば、まだMPも微妙に残っていた。ここも大分復興が進んで来たみたいだし、そろそろ次の所へ旅立つ頃合いだろうか。
今夜はその事を仲間たちに打診してみよう、と彼女は診療所を後にする。怪我人や病人に回復魔法をかけられさえすれば良いので、ちょっと広い民家を間借りした、入院施設等も無い本当に簡素な拠点だ。
H.Y.O.が終わった後も、ロジバン魔法が健在だったのは僥倖だった。お陰で滅亡後もかくやといった惨状の現世界でも、多少身元が怪しげだろうと一定の地位を保てる。
そんな事をおさらいしていると、ふと彼女はこちらに駆け寄る晴嵐の姿を捉えた。フード付きのマントでドロイドのコードを隠した彼は、たったかと軽快な足取りで走って来る。
「あっ、司令官殿ー! 今日のお務めは終わりでありますか?」
「ん、おうよ。残りの二人は?」
「自分は司令官殿を呼ぶように言われたのであります。じゃんけんで負けたので」
「そっか。じゃあ行くかね」
先導する晴嵐に追随し、現在家屋の復旧作業が行われている場所へ向かう。やれ今日は平和だっただの、大きな怪我人も出なかっただの、そんな事を語らいながら、彼女は沈みゆく陽を視界に捉えた。
現状、晴嵐もその正体は隠している。ここにだって、ドロイドに家族や友人を殺された人たちが居るからだ。彼らは操られていただけで寧ろ被害者なのだ、と説明したって、殆どの人は感情を抑えられないだろうし。
そんな感情から放逐されたドロイドたちの集落も訪れた。彼らも彼らでヒューマンたちを敵視していたし、そのうち諍いの種になりそうだ、とアージェンは思う。
魔物が居なくなって、環境も劇的に改善されたものの、世界は平和になりそうにない。とはいえ今暫くは、大きな戦争は起き得ないだろう。そんな事に割くリソースはまだ無いだろうから。
と、その辺で、アージェンはフュールとレオロの影を捉えた。向こうもこちらに気付いたらしく、フュールが大きく手を振ってくるのが分かる。彼女はそれに応えて片手を挙げながら、気持ち足取りを速めた。
「よ、お待たせ! 今日も恙無く終わったか?」
「ええ、問題無く。そちらはどうでしたか?」
「仔細無しさ。じゃあ、帰ろうか」
そうして仲間たちと合流すると、この街に滞在するにあたって使わせてもらっている空き家に向かい始めた。その道すがら、彼女は先ほど考えた提案を口にする。
「そういやさ、考えたんだけど。ここも大分復興して来たし、そろそろ発つべきなんじゃないかな、って」
「……そうだな。潮時だろう」
それに真っ先に同調したのはレオロだった。彼は続ける。
「寧ろ遅いくらいだ。これ以上奴らが俺たちに頼っていたら、抜けた時の穴が埋められない程になっちまうしな」
復興の支援をするにあたって、一番気を付けているのがそれだ。力有る協力者が現れれば頼りたくなるのが人の性であるが、度が過ぎれば歪みを形成してしまう。ただでさえ、アージェンたちの持つ力は大きいのだし。
「そうですよね。……今日も、アージェンさんが居るから大怪我しても大丈夫、みたいな事話してる人たちを見ましたし」
「げ、まじか。もうそこまで来ちゃったか……オーケイ、なら明日にでも町長に話しに行こうか。三人とも、帰ったら荷物纏めておきなね」
いつまでも彼女が居るわけでもないのに、怪我グセが付いてしまうのは非常によろしくない。これ以上歪みが進行する前に、原因たる彼女たちは去らねばなるまい。
そうこうしている内に、四人は借家に帰り着いた。一応前に作った避難所も残っているが、元“使者”である事はあまりおおっぴらにしたくないので、転移やメニューの使用は控えているのだ。
さて、この街を発つ事はほぼ決定したが、次は何処を目指すかはまだ決まっていない。今日のうちに方針だけでも定めておくべきだろう、と周囲に他人の気配が無い事を確認し、窓から見えない位置でメニューを開いた。
その日の夜更け、アージェンは街の外れにて夜風に当たっていた。外れ、といっても元々は街中だった廃墟である。復興が進んだ今になっても、人口が激減したから必要無い、と手付かずのままな地帯だ。
この辺りが再び人の街になる日は来るのか、それとも忘れ去られたまま朽ち果ててゆくのか。手頃な瓦礫に腰掛けて、彼女は暫し黄昏れる。
結局H.Y.O.は、皆痛み分けの結果になったのだと思う。誰も完全勝利を収める事は出来なかったが、しかし未来までは完全に潰えなかった。
プレイヤーたちはほぼ全滅したが、生き残った者は望む道を選べた。“いどのす”は多少問題が残ったものの、計画は成功した。ウィナンシェ人類は多くを失ったが、希望は拓けた。魔物たちさえ、絶滅した種も多いが少しは生き残った。
「これで、良いんだ」
言い聞かせるように、彼女は呟く。心からの本音ではないが、そう思う自分も居るのは事実だった。
アージェンが取りこぼした物は多い。結局、ヘイゼルは彼女の手の及ばぬ所で失われてしまった。他にも多くの友人が居なくなった。とうの昔に不要と切り捨てていたが、地球における彼女も“いどのす”に殺されたようなものだ。
時が経っても、憎しみや怒りは殆ど薄れない。思い出せば今でも鮮明に想起する事が出来る。だがそれを振るう気にはなれなかった。
復讐なんて不毛な事にレオロたちを巻き込みたくないし、憎悪を維持する為に無駄に精神力をすり減らしたくもない。既にあるマイナスを更に大きくしようだなんて、愚の骨頂だ。
激情を抑えるのも大変だが、いずれこれらも薄れるだろうし、そっちに期待する方が賢いだろう。そう思って、彼女は目を閉じる。数度深呼吸すれば、煮えたぎる怒りも少し冷めた。
「……ここに居たか、アージェン」
不意に背後から声を掛けられて、彼女はそちらに視線を向けた。一体どうしたのか、レオロが彼女の元にやって来ていたのだ。アージェンは微笑を浮かべ、彼を手招きする。
「何か、考え事か」
「ん、そんな感じ。何だかセンチメンタルな気分でさー」
彼は手招きに応じて歩み寄ると、アージェンの隣に座った。そして辺りに他人が居ない事を確認し、マフラーを緩める。
「ま、頭冷やしたら戻るさ。何か用でも有ったか?」
「何も。ただ、気になっただけだ」
すぐ隣に感じられるレオロの気配を心地よく思いながら、何となくそちらに目をやった。色素の薄い顔が、星と月の明かりにこれでもかと青白く照らされている。見慣れたものではあるが、神秘的で綺麗だと思う。
そのままガン見を続けていると、視線に気付いたのかレオロが視線を向けて来る。目と目が合うと何だか気恥ずかしくなって、アージェンは目を逸らした。
「何やってんだよ」
「あんたに見とれてたら恥ずかしくなって来たんだよ、もう」
「……本当、何やってんだよ」
その台詞で気恥ずかしさが伝染したらしく、レオロまで顔をそっぽに向けた。首の後ろで纏められている白い髪が、ぺよんと揺れる。
「まぁ、何がともあれ、良かったさ、うん」
くくく、と笑い声を漏らしながら、アージェンは片手を伸ばし、彼の手の上に重ねた。グローブは着けていないから、ひんやりとした体温が指先に感じられた。
なんだかんだと言っても、レオロと共に好き勝手に生き続ける事が出来るのは僥倖だ。だから、複雑ではあるが、可能な限りこの世界が長く続くよう祈ろうと思う。
「……よし、戻るかな」
「む、そうか」
一先ずは落ち着いて来た。睡眠自体は必要無くとも、回復の為の休憩は必要だし、いい加減戻った方が良いだろう。アージェンはレオロの手を握りつつ立ち上がる。
「さ、行こうぜ」
「……で、この手はどういう意図なんだ」
「どうだって良いだろ? それとも嫌か?」
「そっ、そんなわけねぇっつーの。……ああ、もう」
片手で器用にマフラーを整え直しながら、彼はアージェンの手を強く握り返した。そのまま立ち上がり、目で合図をする。アージェンはそれに頷いた。
そして二人は手を繋いで夜の廃墟を歩き出す。アージェンの白い帽子と、レオロの白い髪が、深い宵闇の中にくっきりと浮かび上がっていた。
東の空は白みつつあった。
「春を忘れて大樹は眠る」はこれにて完結です。ここまでお読みくださった皆様、本当にありがとうございました。
予想以上の長編に膨れ上がった小説でしたが、どうにかこうにか完結出来て良かったです。
後日ちゃんとしたあとがきも活動報告辺りにアップします。
それでは、究霊亜夢讃の次回作をご期待ください。




