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A-1-1ご都合主義よ、どこ行った??

結論から言おう。


俺が執筆途中だった、この『A世界』——『星界クロニクル!』というタイトルのギャルゲは、ジャンルとしてはSFもののハーレムラブコメなのだが——控えめに言って、クソシナリオだった。


いや、少々語弊がある。自分としては、平等を謳う世界に蔓延る格差を主人公が乗り越え、愛は俗物的ではないことを多くの人に知ってもらうために書いていた。


ただ、あの女神に向かって、胸を張って『現実的だ』とは口が裂けても言えない、超ご都合主義な世界というだけの話だ.....おっと、早くも詰みでは?


このゲームの主人公、如月優人きさらぎ ゆうと)は、容姿端麗・頭脳明晰・運動神経抜群の高校2年生だ。なぜか出会う美少女全員から好意を寄せられ、なぜか世界の命運を握る重要人物で、なぜかピンチのたびに都合よく覚醒する。


——要するに、徹頭徹尾、ご都合主義の塊である。


当時の俺は、締め切りに追われながら、こう考えていた。『理不尽なんて存在しない、読者が現実を忘れて、夢を見られる物語を書こう』と。だから、これでいいと思っていた。むしろ、これがいいと。


で。


その『ご都合主義の権化』たる主人公の席に、いま座っているのが——どこからどう見ても平凡な、この俺、というわけだ。


「……はぁ」


通学路を歩きながら、何度目かわからないため息をつく。


制服のサイズは、ああ、既にコンプレックスが暴走しそうになるほど、丈がブカブカだった。特に足。


鏡で確認済みだ。冴えない顔。平均より少し.....少し、低い身長。クラスの隅で空気と化していそうな、そんな男。


一人暮らしのため、周囲からどう認識されているかはまだ確かめられていない。俺は主人公として認識されているのだろうか。


ズボンに入っていたスマホで確認すると、今日は4月6日、原作通りならおそらく、始業式の日だ。


となると、『ヒロイン3人と顔合わせ』するのは今日と明日で達成可能だ。ヒロインの登場シーンは結構悩んで書いたため、鮮明に記憶に残っている。


そして、何より——


「あっ、おはよう!」


すれ違った女子グループの一人が、明るく声をかけてきた。


俺は思わず足を止め、返事をしようと口を開きかけ——


「ね、今日の小テストやばくない?」 「やばいやばい、全然やってない」


女子はそのまま、俺の横を通り過ぎ、俺の後ろを歩いていた男と楽しげに喋っている。


……やっぱりか。この世界、甘い認識は捨てなければならないらしい。


原作だと、今の女子は主人公に見惚れて転びかけ、主人公に颯爽と助けられるという流れにあるはずだった。


なるほど、なんとなく分かってきた。この世界、おそらくこのままでは誰一人として、俺に関心を持たない。


当たり前だ。だって俺は、原作主人公じゃない。あの、出会う人間全員を魅了する規格外のオーラなんて、持ち合わせちゃいないのだから。


「ご都合主義よ……いったい、どこへ行ったんだ……」


思わず、ぼやきが漏れた。


ほんの少しでいい。あのチート級の人たらしオーラを、ほんの一欠片でいいから分けてほしかった。


とはいえ、嘆いてばかりもいられない。


俺には、やらなければならないことがある。


——A-1の章タイトル、『ヒロイン全員と顔合わせ』。


半透明のボードに表示された、あのそっけない一文。それが、俺の最初の関門だった。


この『星界クロニクル』には、メインヒロインが三人いる。


一人目、鳳条院ほうじょういん 紗良さら

高校三年生。日本屈指の財閥令嬢で、生徒会長。高慢ちきだが、実は寂しがり屋——という、テンプレ中のテンプレなお嬢様キャラ。ヒロインの中では唯一、れっきとした人間である。


二人目、七瀬 ミオ(ななせ みお)。

始業式の翌日、主人公のクラス、それも隣の席に転校してくる高校二年生。しかしてその正体は……まあ、詳細はおいおいだ。とにかく、無表情な顔の下に、とんでもない秘密を抱えた少女である。


三人目、九条くじょう 菜乃なの

こちらも始業式の翌日、主人公の隣家に越してくる高校一年生。見た目も口調もロリっ子であり、主人公の妹的ポジションだ。まぁ、この子も色々あるのだが……というか、ミオと菜乃が同じ日に転入するの、伏線として雑すぎるな....反省するにしては今更すぎるが。


——しかし。


彼女たちが惚れるのは『原作主人公様』であって、決して『俺』ではない。好意を持たれるなんて、本当に可能なのか?


「……いや、待てよ」


ふと、足が止まる。


顔合わせ、だ。クリア条件は、あくまで『顔を合わせる』こと。まだ惚れさせろ、とは言われていない。


だったら話は単純だ。三人がいる場所さえわかれば、近づいて、一言二言交わせばいい。そして俺は、この三人がいつ、どこにいるかを、誰よりも知っている。


なにせ、それを書いたのは、他ならぬ俺自身なのだから。


「……原作者の特権、ってやつだな」


自虐の中に、ほんの少しだけ、芯のようなものが戻ってくる感覚があった。


そうだ。能力もない、顔も平凡。けれど俺には、たった一つだけ、武器がある。


——この世界の、結末を除いたほとんどの筋書きを知っている、ということ。


それだけは、原作主人公にもない、俺だけの力だ。


「よしっ」


心を切り替える気持ちで、俺は校門をくぐった。


まずは、一人目。


朝のこの時間、生徒会長の鳳条院紗良は、決まって校門前で風紀チェックをしているはずだ。


風紀委員でもないのに、『我が校の品位を守るのは、当然生徒会長たるわたくしの仕事ですわ!』とはお嬢の弁である。




——そう、原作の第一話、冒頭シーンの、まさにその通りに。


校門を抜けてすぐ、その人物は、いた。


朝日を背に、腕を組んで仁王立ちする一人の少女。


太陽光を反射し、キラキラと輝く金髪、それも風紀乱してるのはお前だろと言いたくなるツイン縦ロール。


やっぱりお前、風紀乱してるよなと再ツッコミを入れたくなる、フリルをあしらった改造制服。


腕には「生徒会長」の腕章。通り過ぎる生徒たちを、射抜くような瞳で見定めている。


鳳条院紗良。間違いない。


……いた。本当に、書いた通りに、いた。


当たり前のことなのに、なぜだか背筋がぞくりとした。これは、ただの物語じゃない。俺がかつて書いた一文一文が、いま、現実として、目の前で息をしている。


「そこのあなた」


「——え?」


顔を上げると、紗良の鋭い視線が、まっすぐ俺に向けられていた。


心臓が跳ねる。まさか、いきなり。


「ネクタイが、緩んでいてよ。だらしのない身なりは、品格を疑われますわ。直しなさい」


「……あっ、はい。すみません」


慌ててネクタイを締め直す。


——よし。話した。一言、交わした。


内心でガッツポーズを決める。これで、顔合わせの一人目は——


そう思った、次の瞬間だった。


視界の端で、なにかがちらりと光った気がして、俺は反射的に意識を向ける。半透明のウィンドウが、薄く浮かび上がっていた。


『A世界 第一章 ——ヒロイン全員と顔合わせ——』

『達成度:0 / 3』


「……は?」


ゼロ。


いま、たしかに話したのに。目も合った。会話もした。なのに——カウントは、ゼロのまま。


え、嘘だろ。じゃあ、どうすれば『顔合わせ』になるんだ?


まさか——ただ会話するだけじゃ、駄目ってことか?


困惑する俺を、紗良は怪訝そうに一瞥した。


「……なに?まだ何か?」


「い、いえ。なんでも」


「ふん。早く行きなさい。遅刻しますわよ」


そう言い捨てて、彼女は次の生徒の風紀チェックへと戻っていく。


残された俺は、その場に立ち尽くしたまま、浮かんだままのボードを見つめていた。


『達成度:0 / 3』


——カウントされない、顔合わせ。


つまり、この『顔合わせ』には、俺の知らない"条件"が、隠れているということだ。


……早速かよ。


一章の、しかも一番最初の関門で、いきなりつまずいた。


けれど、不思議と、絶望はしなかった。


むしろ——ほんの少しだけ、頭の奥が冴えてくる感覚があった。


原作者の俺が、知らない仕様。それがあるなら、突き止めればいい。なにせ、考えるのは得意なんだ。何年も、何年も、机に向かって、物語の理屈をこねくり回してきたんだから。


「……上等だ」


俺は浮かんだボードに向け、静かに呟いた。


「攻略してみせる、俺自身で。——俺が書いた、この世界を」


こうして、冴えない作家による、無謀な三世界攻略。その第一歩が踏み出された。


——もっとも、この時の俺はまだ、知る由もなかった。


この平和な学園の裏で、世界そのものを崩壊させかねない"歪み"が、すでに静かに進行していたことを。

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