第四話 シスターフッド
街中は"レオナルド"が暴れた被害により、今でも煙が立ち込めている。崩れ落ちたビル群では救出隊が、必死の形相で任務についていた。
(人が多いですね。出来れば少ない場所で、やりたいんですけど......)
辺りを見回して、人が少ない方へと足を運んでいく。被害の少ない場所に辿り着くと、警察官や消防士も、まばらでビジネス街は沈黙に支配され帷が掛かったようだ。
(この辺りですね。)
ごめんなさい。と小さく呟きながら、放置された車両を「鵺」で、真っ二つに切り裂いた。
一歩下がって、数秒で火花が散って大きな爆発が起きる。炎と煙が吹き出し、狼煙の様に立ち昇る。
"レオナルド"の完全ステルス能力にも、消せないものはある。
風と本体の空間だ。
煙や粉塵の様な中では、どうしても本体の位置だけが透明になってしまう。音は僅かに出てしまうが無音の環境なら、聞こえる程度だ。そして、あれだけの巨体が動けば、風はゆらぐ。
ミツキが選んだ場所は、ビル風も少ない。
近くに消防士等が居る為、すぐに人が駆けつけてしまうだろう。それより早くに"レオナルド"が、やってこなければ、やり直しとなる。
ミツキは感覚を研ぎ澄ませるように、集中している。小さな変化も逃さないように。
その時、煙の一部が不自然に揺らぐ。
(ーーかかった。)
それは、今までにも何度も経験してきた感覚。張り詰めた殺意と戦場に流れる空気。重々しくのしかかる感覚を振り払い、一気に駆ける。
それまでミツキが居た場所が、爆散する。後方を確認しながら跳ねると、煙を吹き飛ばしながら見えない巨体が、ミツキに迫る。
引き離し過ぎないように、逃げなければならない。十分に引きつけながら、攻撃を避ける。ほんの少しの遅れでも命取りになるので、足元の確認を怠る事はしない。
ぎりぎりの駆け引きの中でも、舞うように跳ぶミツキは、その長い銀糸を煌めかせている。
移動しながらの攻防だが、再びの爆音に警察官や消防士が集まってきてしまう。
ステルス能力を駆使する"レオナルド"は人間では、捕捉する事は出来ないが、万が一邪魔されてはいけない。ミツキは細心の注意を払いつつ誘導する。
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ミツキちゃんと離れてから30分は経った。空は既に赤く染まり、日は傾く。影は長くなり、静けさが辺りを支配した。
1人になると不安が心を蝕み、一分一秒が何時間にも感じられた。
ーー早く戻ってきて、ミツキちゃん。
微かに、爆発したような音が聞こえ、ぱらぱらと塵が舞い落ちる。
「......始まったの?」
つまり"レオナルドも、こちらにやって来る。ドクンと、僅かに心臓が跳ね上がった。足が震え、呼吸が浅くなり、浮遊するような感覚を全身が支配する。
地面を震わせ音が、徐々に近づいてきた。
ドガンと、激しい音と共に壁を破壊しながら"レオナルド"が姿を現した。
粉塵の中から、ミツキちゃんが飛び出して、あたしから見下ろせる場所に着地した。
ーーミツキちゃん無事?
思わず、声に出しそうになり慌てて口元を抑えた。
あたしの居場所は、最後までバレないように注意されてる。あたしを守りながらでは、ミツキちゃんも戦いにくいらしい。
ーーごめんね。がんばって!
ミツキちゃんは、粉塵の中で揺らぎを見せる"レオナルド"の影に、素早く飛びかかると一閃して、そのまま駆け抜けた。
"レオナルド"もカーボン製の棍棒を横凪にする。ミツキちゃんには当たらずに、置いてあった鉄骨を弾き飛ばして、更に粉塵が舞い散るった。
ステルス対策として、この決闘場には、大量のコンクリートの粉が敷き詰められている。それが足跡と、空間を、くっきりと浮き上がらせていた。
ミツキちゃんが切りつけた空間には、ハッキリと傷が残る。すぐに傷口は塞がるが、血の跡だけは残っている。
ミツキちゃんが、堂々とした姿でカーボンブレード「鵺」を、突きつけた。
挑発。
ステルス能力は、通用しないと。
それに応えるように"レオナルド"は、その姿をはっきりさせた。
ミツキちゃんが低く構えると"レオナルド"は、対抗する様に大きく棍棒を構えた。
互いの呼吸を、合わせるように対峙している。
どちらともなく動き出した。
ミツキちゃんは、遠目でも追いきれないぐらいのスピードで、跳び回る。決闘場は広く開けた場所にあるが、周りは層になっており、ミツキちゃんの足場になっている。
"レオナルド"も追いかけるように棍棒を振るう。その度に壁を割り、鉄骨を折り、鼓膜が痛いぐらいの衝撃音が鳴り響く。棍棒自体も、唸りをあげ風を切り裂く。
喉を気味悪く鳴らし、まるで怒っているように感じる。
ーーあんな怪物でも、感情とかあるのかな?
ミツキちゃんは、隙間を縫うように"レオナルド"の身体に傷をつけていく。血が飛び散り、決闘場を赤く染め上げる。
だが、"レオナルド"の再生力は瞬時とまではいかないが、どんどん塞がってしまい決定打に、なっているようには見えない。
ミツキちゃんが、今までより強く早く踏み込んだ。
「鵺」の剣先が走り、黒い軌跡を描いて"レオナルド"の身体の半分までを、切り裂いた。
"レオナルド"の身体が、グラつく。
ーー凄い!ミツキちゃんなら、このまま倒しちゃうかも!
「イタイ......」
ーーえ?喋った?
ミツキちゃんが、追撃をしようと踏み込んだ瞬間に、姿がブレる。
"レオナルド"から、流れ落ちた血がミツキちゃんの足を絡め取った。
予想外の出来事に、片手をついて動きを止めてしまった、所に棍棒が飛んでくる。
ーー嘘。
あまりに軽い音を立てて、ミツキちゃんの身体が宙を舞う。
ドサリと落ちたところに、棍棒が振り下ろされる。
コンクリートの床を砕き、粉塵を巻き上げて轟音が鳴り響いた。
ーーミツキちゃん!
思わず腰が浮かぶ。
「それぐらいじゃ、私は死にませんよ!」
粉塵の中からミツキちゃんが立ち上がり、姿を見せる。棍棒の振り下ろしは、躱せたみたいだけど全身から血を流し、苦しそうな表情を見せている。
ーー今のは、あたしに言ったんだ。
まだ、そのタイミングではないと、伝える為のもの。
あたしは歯を食いしばる。
"レオナルド"は、無茶な動きのせいで身体はまだ千切れかけたままだ。
ミツキちゃんは、近くに用意してあった重機に乗り込んで"レオナルド"に体当たりをした。
鋼鉄の塊と6メートルの巨体が激しく、ぶつかり合う。金属がひしゃげ、エンジンが唸りを上げる。"レオナルド"を引きずりながら、壁にたたきつける。
決闘場全体が震動し、怪物のくぐもった声が漏れる。
「今です!」
ミツキちゃんから合図が走る。
あたしの足元の位置まで"レオナルド"が押し込まれた。
あたしは、運転席に潜り込んでサイドブレーキを上げた。小型のタンクローリーは、傾斜になったフロアを駆け下る。
「いっけぇぇえぇぇ!」
あたしは素早く外に出ると、全身の力を振り絞ってタンクローリーを押す。
徐々に速度を増し、タンクローリーが空を切り、紬が隠れてたフロアから飛び出す。
途中で足を取られて転んだあたしが、見た景色は消えゆくタンクローリーの後ろ姿。
すぐに立ち上がり駆け寄る。
"レオナルド"は突如差した影に反応し、棍棒を振るう。運転席があった場所は轟音と共に、吹き飛ぶ。
そして、露わになったタンク部分が横向きで迫る。
"レオナルド"は、それにも反応して空いてる腕を振り抜く。"レオナルド"の再生なら、爆発したところで致命傷にはならない。
タンクの横っ腹が大きくへこみ、亀裂が走る。
だが、そこから漏れ出るのは炎ではない。
超伝導リニアを冷やす為の、大量の液体窒素。
"レオナルド"は、それを全身に被りパキパキと音をたてながら凍りついていく。
その姿は、死を免れようと助けを求めるように見えた。
「ま......ママ......」
いつのまにか、カーボンブレードの「鵺」を構え"レオナルド"の肩に、乗っていた。
頭部アーマーの隙間に刃を滑り込ませると、何かを断ち切り、アーマーがゴロンと転がり落ちる。
ミツキちゃんは、躊躇う事なく露わになった頭部を2つに割った。
ーー殺した......。
分かりきっていた事、あの怪物は沢山の人を殺したんだ。これは仕方ない事なんだ。それでも頭を殴られたような衝撃を受ける。
それでも、終わったんだ。この馬鹿げた非日常が幕を閉じる。
「紬さん!」
ミツキちゃんが、何かを叫んでいるのが目に入る。なんだろう?
唐突にミツキちゃんの顔が眼前まで迫り、身体が地面に縫い付けられる。
直後に乾いたような破裂音。頬に温かい何かが飛ぶ。
ーー血?
「ミツキちゃん、なにが......?」
「駄目!顔を上げないで!」
更に破裂音が連続して鳴り響く。
覆い被さったミツキちゃんから温かい何かが、流れくる。
「うぐっ......」
身体から圧が、無くなり振り向くと全身から血を流すミツキちゃんと、全身を黒いボディスーツに包まれ、銃を構えた人が、いつのまにか立っていた。
「くそっ化け物がっっっ!」
女性の声だった。だが言い終わるのを待つことなく、ミツキちゃんが首を刎ねた。
ーー??
何も分からないまま事態は、終わっていた。
その場で、立ち尽くすミツキちゃんに、あたしは駆け寄った。
「何があったの?怪我は大丈夫?」
「私は問題ありません。すぐに再生出来ますから。」
あたしの目に映ったのは、顔の半分が剥がれたミツキちゃんの姿だった。その皮膚の下には、剣と一緒の真っ黒い頭蓋。
息を飲む。
「紬さん。私はヒューマンアンドロイドです。あの"レオナルド"とは違いますが作られた存在です。」
声が出ない。
「怖いですよね......」
「こ、怖くないよ......だ、だって守ってくれたもん。こんなになってまで、あたしのことを守ってくれたもん。」
いつのまにか、涙がぼろぼろ溢れ落ちた。ミツキちゃんの身体を引き寄せる。
それ以上は、今は言葉に出来なかった。
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「だから、慎重に行動しなさいって言ったのに。」
山間の別荘地の一軒に、全身を黒いスーツに身を包んだ女性が、血溜まりの中で嘲笑を浮かべていた。
視界には、衛生回線を通してミツキに首をはねられ地面を転がる映像が、映し出される。
「さあ、行きましょう"スナイデル"まだターゲットは残ってるのよ。」
女の横には2メートルを越す、大男が死体を担いでいた。
暗い森の中、次の悪夢は既に動き出していた。
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