後段
「マジかよ…めっちゃ疲れるやつじゃん…」
班長の気まぐれな行動に俺は頭を掻いて呟いた。
俺は今、異世界転生を行った少女を現世に連れ帰ったばかりだ。そしてその少女を追ってきたドラゴンを、上司の命令で倒さなければならない。
ハァ…とため息ひとつ。
俺は雨に打たれてびしょ濡れの髪を両手でかきあげて菊田のほうを見やった。
「さっきお前が言ってたペットってのは、あのドラゴンのことか?ご主人様の後を追ってくるなんて健気な奴だな…」
そう言って俺はネクタイを緩めた。
「十三の穢悪よ、我が肉体に宿れ……」
二年前、異世界転生した時に手に入れ、それを持ち帰った俺だけの特異能力を解放する。
血流の中に魔力を流し込むと、俺の体は高熱を纏い、周りの雨が蒸発して赤い蒸気を上げた。
「シロに何をする気なの!?」
「この世界からの排出だ」
ドラゴンが雄叫びをあげながら俺に向かって突進してきた。こちらもドラゴンを迎え打つ。
ジャケットの内ポケットから先端に鋭い刃がついてあるアンカーを二本取り出し、一つをドラゴンに向けて放つ。
アンカーはドラゴンの眉間辺りに当たるも、刺さらずに地面落ちる。
想定内。
アンカーの柄の部分には長い鎖がついてあり、俺が握っているもう一本のアンカーと繋がっている。
ドラゴンの前足での攻撃を後方に跳んでいなし、握っているいるアンカーを縦に、鞭のようにしならせて振る。
すると落ちていたアンカーが地面から反発するように勢いよく跳ね上がり、先端がドラゴンの喉元、一番柔らかい部位に突き刺さった。
「ガェッ!」
と声を発したドラゴンは突き刺さったアンカーを抜くために首を振るが、先端には返しがついてある、そう簡単には抜けない。
「終わりだ…肆の穢悪! 魂を奪い取る死神!」
俺は手に握ってあるアンカーから、鎖を伝ってもう一本のアンカーへ魔力を流し込むと、ドラゴンの喉元に刺さったアンカーから紅い霧が発生した。
霧は忽ち髑髏の死神の形になるとドラゴンの首に鎌を振り下ろした。実際には斬られていないが、ドラゴンの動きがピタリと止まる。
そして目から光を失った後、ゆっくりとその場に倒れ込んだ。
死神は、文字通り霧とともに霧散していき、何が起きたのか理解できていない菊田は呆然と立ちすくむ。
俺は能力を納めると、目眩に襲われた。この力は使用後にとんでもない疲労感に襲われる。
「見事だ英。私が以前見た拾壱番目の穢悪よりはるかに強力だったな。やはりその分、消耗は激しいか?」
いつのまにか俺の隣に居た九鬼班長はタバコに火を付けていた。
煙を燻らせ、指をパチンと鳴らす。
結界を解く仕草だ。
このグラウンド内は、再び外の世界と繋がった。
菊田が倒れたドラゴンに駆け寄り、何も言わずに身を寄せた。
俺は班長を恨めしそうな目じっと見つめる。目眩が落ち着いたら、「なんで班長がやらなかったんですか?あと、煙たい」と言ってやろうと思っていたが、その言葉は見透かされていた。
「なんでアンタがやらなかったんだ?それと煙たいって顔しているぞ」
班長はくくくと笑っている。
……なんでわかるんだよ。
「では、私が戦わなかった理由は二つ。まず、私の戦い方は汚い。戦えば戦斧でドラゴンを必要以上に痛めつける可能性があった。菊田雫さんの前で大量の血を見せただろう……
仮にも彼女のペットだったドラゴンだ。血塗れ傷まみれの酸鼻な姿は見せたくなかった。それと、この場所が汚れる。あとの掃除が大変だ。」
九鬼班長はドラゴンを抱きしめている菊田を見て煙をゆっくり吐いたあと、タバコを携帯灰皿へ捨てた。
「救出対象者の心情に寄り添って、もっとも苦しまない方法で倒しましたよ」
「excellent。…だが、妙だな」
九鬼班長が顎でドラゴンの方を指し示す。
「………消えてない!」
異世界からの追跡者は、こちらの世界で死ぬと肉体が崩壊して炭化するはずだが、それが起こっていない。何故……?
アンカーを使って必中効果を付与した死神の鎌は、確実にドラゴンの魂を奪い取ったはずだ。
彼女とドラゴンの肉体を仄かな光が包んでいた。
すると、死んだはずのドラゴンの瞳に再び光が宿った。その色は紫色ではなく、平静状態を意味する青だった。
「あれは…蘇生魔法!?」
「希少種……どうやら彼女も英同様、異世界での能力をお持ち帰りしているらしいな」
アイツは魔法使いではなく神官だったのか?
蘇生魔法なんて、相当高度な演算を必要とするはずだが……それを、次元も元素も違う現世でやったのか。
「シロ!よかった!」
泣いて喜んでいる菊田の頬を伝う涙を、ドラゴンが犬のように舌で舐め取る。本当に懐いているペットのようだ。
ドラゴンだろと人だろうと、追跡者と成り果てた者は本来、異世界から出た者を分別なく襲うはずだ。現世で人に懐くなどありえない。
死んで蘇ったら正気に戻るのか!?
「さて、救出対象者奪還作戦は別プランに変更だな…」
九鬼班長はニッと笑った。
……さいですか。
まぁ、死んだ生物を生き返らせる能力を持った人間が現世に誕生してしまったら、悪用される前に取り込むしかないよな…
異世界転生者救済課に……
◇ 一年後
晴れ渡った空の下、とあるビルの屋上に私達はいた。
「悪いが、お前は今日からまたこの世界でいきてくれ」
ホントこの人は学習しないなぁ…私の時と同じセリフを言っている。
それ、異世界から無理やり連れ戻されて失意の底にいる人に掛ける言葉じゃないでしょ。
「英さん、救出対象者の心情に寄り添えって言われてますよね?」
彼はジトっとした目をあたしに向けながら反論してきた。
「心情に寄り添えっていうなら、まずはそのドラゴンをしまえよ。救出対象者がビビるだろう。何よりデカくて目立つ」
「それは結界を張っているのでご心配なく。それにシロは可愛いからいいんですよ。ほら、ピンクの首輪がオシャレでしょ?誰かさんが付けた傷も隠せるし。ねぇ?シロ」
私の隣でちょこんとお座りしているシロは、ぐるると声を鳴らして頬ずりしてくれた。
「お前と一緒だと調子狂うわ…」
彼はため息を漏らした。
「あははっ」
突然聞こえてきた笑い声の方を向くと、フェンスにもたれかかり、タバコを手にした九鬼班長を見つけた。
「班長!いらしてたんですね!」
声色が自然と上がる
九鬼班長は私を見て微笑んでくれた。
「ああ…。久しぶりだな、息災か?千代草」
「はい!元気いっぱいです!」
私は背筋を伸ばし、言葉の通り元気よく返事をした。
「おい、対象者を運んでやれ」
九鬼班長が、隣に連れていた黒いスーツを着た二人に指示すると、救出対象者を連れて行った。
「班長ぉ、なんで俺とコイツを組ませたんですか?コイツは桔梗と同じく、回復要員として内勤に就かさせるべきだったでしょう」
「本人たっての希望だ。それに、こんなに可愛らしい後輩が、バディはお前がいいと指名したんだ。もっと喜べ英」
煙を吐き出しながら嬉しそうにそう言った班長を、彼は恨めしそうな目で見つめる。
「これからは九鬼班長に変わって、私が英さんの性根を叩き直してあげますから、覚悟してくださいね」
彼に向けて親指を立ててウィンクすると、オエッて言われた。
ちょっとムカついたので……
「シロ、英さんが遊んでくれるそうよ〜」
私ははシロをけしかけると、シロは喜んで犬のように彼を追い回す。
「おい!やめろバカ!こいつをしまえ!」
屋上をぐるぐる回る英さんとシロを見て、あたしと班長は声を出して笑った。
「お前たちはいいコンビになるよ。千代草、英の事を頼んだぞ」
九鬼班長はあたしの頭を優しくポンポンと叩いてくれた。
「了解です!班長!」
私は元気よく返事をした。
*次回、『異世界ハーレムにご用心』




