茫漠(ぼうばく)
◇槐班
「とんだ玉無しネ!この男は!」
黒いセダンで高速道路を走る鳶尾は、ルームミラーに映る後部座席の槐に向かってそう言い放った。
「今日の班長会議でどデカい花火打ち上げる言うといてこのざまネ!」
「ん〜まぁ、そないガミガミ言わんといてぇや」
大股開いて座っている槐はタバコの煙を燻らせた。
「紫雲英の奴、行方不明の部下は二人だの、榛には通常任務をさせとっただの宣うもんじゃけえ、なんぞ裏があると考えてしもーたわ」
「それ、嘘の可能性は無いネ?」
「あるじゃろ……ワシらの事、何処まで調べとんのかのぅ。もしくは、……いかんのぅ、吾亦紅は諜報部員だそうじゃ。会うたことないけぇ迷ったわ」
「あぁ〜、こりゃ駄目ネ、まんまと紫雲英の策にハマってるネ」
鳶尾は呆れたと言った感じの声を出した。
「ぼく、もうすこしでおぐるまさんをころしちゃうところだったよ」
助手席の合歓はただニコニコとしている。
「それにしても探してほしいちゅう人物の情報が入ったこのUSB、誰のことやと思う?鳶尾ちゃん?」
「それは多分、わたしらの友達ネ……」
◇九鬼班
「おかえりなさい!九鬼班長!施覆花さん!」
千代草が班長会議に出向いていた二人を元気よく出迎えた。
奥には英、南天、鉄線も居る。
九鬼班のメンバー全員がここに居るのは珍しい事だ。
ここは九鬼班専用のオフィス。昭和中期の商店が軒を連ねる中に、『はなぞの製菓』の事務所としてひっそりと世間に紛れ込んでいた。目の前には川があり、その川沿いには、今は満開の桜の木々が並んでいる。
今は夕刻、オフィスの前を一般人が往来している。仕事や学校を終えて家路に就く者、買い物をする親子。犬の散歩をする者。こんなごく当たり前の平和な生活の中に、異世界転生救済課は溶け込んでいる。
「あぁ、ただいま。千代草」
「おーい、鉄線ちょいとコイツを見てくれ」
施覆花が鉄線にUSBを投げ渡した。
「これは?」
「今日の会議で渡されたモンや、こいつをプロジェクターに写してくれ」
「了解。ん?お前その傷どうした?」
鉄線は施覆花の額の絆創膏を見て聞いた。
「んふふ♪なんでも」
妙に嬉しそうな施覆花を見て鉄線は首をかしげる。
「なんか悪い物でも食べたのか?」
そしてUSBメモリーをパソコンに差し込んで準備をはじめた。
「馳走やったで♪」
施覆花は冷蔵庫から缶コーヒー取り出し、喉を潤した。
「英、今日の調査の報告を頼む」
九鬼はトレンチコートを自分のデスクチェアに掛けて、共有スペースのソファに座った。
「はい」
英は九鬼と対面する形でソファに座り、一台の壊れたスマートフォンを取り出してテーブル上に置いた。
「迷子の落とし物です。消えたこどもの両親を問い詰めたら、ネペンテスの使用を認めましたよ。それと、例の如くアプリの入手方法は誰も覚えていませんでした」
「そうか……。その子どもは、やはり病気だったか?」
「そうです。心臓に重大な疾患がありました。近所の者には怪しまれないように『隣県の大きな病院に入院させた』と言っていたそうです。しかし、親族にバレて児相に通報されたようですね」
九鬼は天を仰ぐようにソファーにもたれかかった。
「ネペンテスを使って、親が重病のこどもを異世界へ送る事に一体なんの意味があるのか……」
「救出対象者は九歳の女の子です。両親が子どもを転送させてから一週間以上経ちます。病気の女の子は大丈夫なんでしょうか?」
コーヒー運んできた千代草がカップを九鬼の前に置き、心配そうな顔でそう言った。
「三人目の迷子。前の二件は未だ進展無し…なんとしてでも探さねば」
南天もコーヒーを飲みながら会話に入った。
「ああ、そうだな……」九鬼はコーヒーカップを口元に運ぶ。
「みんな、画像を映すぞ!」
鉄線がプロジェクターで映し出した画面の人物を、全員で見やった。
白衣を着た六十代くらいの男性だ。名前は…
『新にほん医師会 副会長 四十雀伸彦』
*次回、『小宴会とあの日の貴女……』




