班長会議 後段
◇班長組
「もう、遅っそいわ〜九鬼ちゃん!」
槐は全身の緊張を緩めて両手を広げた。
「申し訳ない、二人が楽しそうに小動物の話をしていたので、つい声を掛けるのを躊躇してしまった」
九鬼はトレンチコートを脱ぎ、メイドに渡すと、槐と紫雲英の間にある空席に腰掛けた。
「ワシぁ、アンタの元上司にいじめられとったんじゃぞ!」
「それはちょうど良いお茶菓子の代わりになりましたね」
そう言って九鬼は少しだけ口元を緩める。
「かぁー!言うようになったのう、九鬼ちゃんも!」
紫雲英は九鬼を見る事もなく、ただゆっくりと紅茶を楽しんでいる様子だ。
庭園の奥から二人のメイドが姿を現した。手には硝子で作られた林檎を持っている。
一人は赤い林檎を、もう一人は青い林檎を。
槐、紫雲英、九鬼の三人は一同に立ち上がり、背筋を伸ばした。
二人のメイドは、直立している三人の前で並んで止まると、赤い硝子の林檎から変声機を使った声が聞こえはじめた。
『三人共、忙しいところ急に呼び立ててまなかったな』
「いえ!蒲公英課長!国家安寧を取り戻す為の情報が手に入ったのであれば、我々は如何なる時も喜んで馳せ参じます!」
九鬼が明瞭に、そして簡捷に答える。
『……少し硬いな…九鬼班長』
「九鬼は一番若い、緊張するのも無理はありませんよ、課長」
と紫雲英。
槐はくくくと笑っている。
『楽にしろ……』
三人は立ったまま左足を、少し左側に開いた。
『先日、九鬼班の施覆花達が救出した救出対象者、松代がネペンテス使用前の記憶をもっている事、そして松代にネペンテスを売った者がいた事。この話しは三人の耳に届いていると思う。松代の取り調べは現在も継続中だが、これまでに出てきた情報を伝えておく』
『まず…松代にネペンテスを売った人物を以後『売人』と呼ぶ。
松代は売人と会うまではメールでやり取りをしていた。これはスマホに履歴が残っている。
取り引きの状況だが、S区にある深夜の廃病院で行なわれた。売人の特徴だが、全身黒ずくめでマスク姿、性別不明。会話はすべてスマホ内のメールで行なわれた。
松代の最初の異世界転移は、売人のスマホアプリを使って行われている。売人と松代、二人同時にだ。
移動中、松代は目眩に似た感覚があったらしい。これは我々が異世界へ向かう時と酷似している。
異世界で数日過ごした後、現世に戻る時に歪みから思念体が現れたそうだが、売人が松代の目の前でそれらを排除した』
『そして後日、松代はアプリ購入時に、売人に二百万の金を支払い、ネペンテスを入手した日に異世界へ飛んだ。この事に関して意見を聞きたい』
暫くの沈黙の後、紫雲英が口を開いた。
「妙だ……。これまで助けてきた救出対象者の身辺調査では、借金をした形跡もなければ、預金残高の変動も無かった。何より救出対象者の中には生活困窮者もいた」
「今まで無料やったネペンテスを、有料にしてバラ撒くつもりなんかの?」
槐は紫雲英を見るが、紫雲英は前だけ向いている。
「その可能性は低いとます。高額とはいえ異世界転生は一回限り。ドラッグのようにマーケットを展開して常連客を作ることは難しく、口コミで広げる事も出来ません。売人がSNSで宣伝しても、異世界転生を真に受ける者は少ないはずです。そもそも今さら金儲けが目的なのでしょうか?」
九鬼達の意見を聞いて、林檎の奥から少し唸る声が聞こえた。
「これは、第三者によるネペンテスの模倣品の販売……ではないでしょうか?アプリの存在をよく知っている人間の……」
紫雲英の言葉を槐が繋ぐ。
「しかもそいつは歪みから湧き出た思念体の倒し方も熟知しとる……」
九鬼が眉根を寄せて呟く
「我々の中に……売人が?」
静まり返った庭園の木に、小鳥が止まり、チチと鳴いた。
『その可能性も視野に入れて売人を捜索する。引き続き松代から情報を引き出そう。次に紫雲英班の…』
「部下の件ですね。それは私の口から報告しましょう」
紫雲英が蒲公英の言葉を遮った。
「まず、私の部下二名の行方がわからなくなった件ですが……」
槐の眉が一瞬ピクリと動く。
「捜査官の榛、諜報員の吾亦紅、両名とも同じ日、同じ地点より連絡が途絶えました」
『その二人に、何か特別な任務を与えたのか?』
「いいえ、四国方面の救出対象者の救出でした。時間的に、対象を助け出し、他の者へ業務を引き継がせた後の事だと思われます。槐班長と九鬼班長には、手掛かりとなる情報があれば教えて頂きたい」
「ほうか、無事に見つかったらええのぅ…すまんがワシには二人のことはわからん」
「部下と合流した時に、何か知らないか聞いてみます」
『二人の事は他の機関にも捜索を依頼しよう…では最後に、君達にコレを……』
メイドのひとりが両手でもっているガラスの青林檎が、ぱりんと割れた。中にあったのは三つのUSBメモリーだった。
『ひとり一つづつ持っていけ、中には探してもらいたい人物とその情報が入っている。頼んだぞ……』
そう言うと赤い林檎からの音声は途絶え、三人はそれぞれUSBをメイドの手から取り上げた。
「さぁて、本館で待たしとる部下が悪さをする前にワシも帰るか」
槐の言葉で館の方を見た九鬼が血相を変え、コートをメイドの腕から取り「ありがとう」と伝えて館へ駆けて行った。
「じゃじゃ馬め……」
その姿を見て、槐はサングラスの奥の目を細めた
*次回、『諍い』




