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傷心中のクラスメイトは何故だか我が家に入り浸る  作者: 進道 拓真
第二章

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第九九話 抱く心象と変わらぬ思い


「はぁ…美穂のやつは。どうしてあそこまでこっちを引き込もうとしてくるのかね…」


 美穂が最後に見ておきたい場所があると示してきた矢先、危うく女性用下着を販売しているランジェリーショップに連れ込まれかけた蓮はその時のやり取りを思い出して溜め息を吐いていた。


 冷静に考えずとも男の身である彼があのような場に赴けば居心地の悪さで長時間耐えることすら不可能なのは言うまでもないし、何より彼自身が行きたいなどと思っていない。

 にもかかわらず美穂があそこまで蓮を店内に連れ込もうとしていた理由については…きっと伝えられた言葉が全てだったはずだ。


 つまり彼好みの下着を見つけるために付き添いをしてもらうことが狙いであって、おそらくはそれを利用して自宅でも何かしらのアプローチを仕掛ける…といった手筈か。

 そこまでのことを、今更疑いようもない魅力に溢れた少女である美穂が蓮にしようとしてくれるのはひとえに彼へ異性としての好意を抱いているから、なのだと思う。


 自惚れや勘違いでなければ、あの水族館にて宣言された彼女の想いは間違いなく蓮へと向けられ抱かれたものだったのだから。


「……好みが変わってる、なんて呟いてたらまた美穂に叱られそうなもんだ。でも本当に恵まれてることは確か…なんだよな」


 今思い返してみても不思議な気分は拭えそうにない。

 あれほど魅力的な少女が自分を好いてくれているなど、少し前までの自分に伝えてみても到底信じないだろうし何かのドッキリか間違いだと明かした方が信憑性は高いくらいだろう。


 無論、美穂の前でそのようなことを口にすれば心底不機嫌な様子となって叱られることは目に見えているので今更疑いもしないが。

 それに蓮とて、あの時から幾ばくかの時間を経たことで大なり小なり彼女へと抱く心象は変化していることを自分でも実感しているのだ。



 ──彼も美穂に対する、友人ではなく異性としての()()を少しずつ持ち始めている事実を。


 …遅い上に鈍すぎると言われてしまえばそれまでだ。言い訳のしようもない。

 しかし日頃からあそこまで真剣にアプローチを重ねられ、嘘でも冗談の類でもなく真正面から真摯な想いを伝えられ続ければ誰であろうと否応なしに意識はするというもの。


(情けないことは重々承知してる。美穂を散々待たせることもだ……それでもやっぱり、こんな環境を俺なんかが受け入れて良いのかは確信が持てない)


 ただしその上で、蓮は自分自身が抱いている感情に対して果たしてこれが本物の感情なのかということに確信が持ちきれない。


 より具体的に言うのなら、ここまで自身に都合のいい状況が目の前にあることを素直に受け止め切れない。

 それは全部ひっくるめて言ってしまうのなら…やはり、蓮が己のことをそこまで価値のある人間なんだと信じ込めていないからという点に原因は集約されてしまう。


 …かつての中学時代。そこで目の当たりにした景色と友人たちの言葉。

 美穂のおかげで多少は払拭も乗り越えることも出来た過去にはなるが、だとしても根本のところは深く彼の心に根付いてしまっている。


 彼女が肯定してくれる自分であるのなら、もっと自信を持てるだろうと思い日常生活を続けてきても肝心なところで臆してしまいそうになる。

 もう傷つく必要も、気にする必要もない過去の記憶を前にして縛られ続けている自分では…美穂を待たせ続けていることも不誠実なのではないかとの思考も時間が経つにつれて増幅してしまう。


「あと少しくらい、自信が持てるようになったらな…美穂は待ち続けると言ってくれてたけど、そこにばかり甘えるのはフェアじゃない。…早く折り合いはつけないと」


 一人になると妙なことを考えてしまうのは昔からの癖だ。


 偶然だろうと必然だろうと、美穂が彼の傍を離れてウィンドウショッピングに出向いてしまったために彼の頭の中では解決することもない現実だけがぐるぐると巡っている。

 …だがこんなことばかり考えていても仕方がない。


 今日は予想外なことに美穂と二人きりでの外出──彼女は頑なにデートだと主張し続けていたものの、それを満喫していた記憶があるので反動としてこのようなことを思考してしまったのだろう。

 なら一度気分を切り替えるためにも、パッと顔を上げて眼前に広がっていた景色を蓮は何気なく見つめることとした。


(しっかし、本当に今日は人混みが多いな。場所が場所だから当然だとしてもここまでの混雑具合は流石に珍しいと思うんだが…夏休み終盤の影響力なんだろうか)


 されどそこで見えてくるものは先ほどまでと何一つ変わらない…いや、よく注視すれば蓮たちが歩き回っていた時よりも増えているような印象を受ける人混みだけだ。

 もう少しで夏休みが終わることも関係しているのかしていないのか、定かではないがともかく人の波は強さを増しているように見える。


 とはいえそれも不思議ではないか。

 この施設は近辺と比較しても抜きんでた規模感と広さを誇り、それに比例して客足も相当な数となっている。


 近隣に住む者であれば外出先として真っ先に候補地に挙げられるくらいには人気なスポットであり知名度もある。

 その辺りの事情を鑑みればこの人の数にも納得できるもので……だからこそ、蓮も深くは考えなかったからこそ気を抜いてしまっていた。


 どこかの方角から彼の姿を見て、蓮へと()()()()()()()の存在を認識するのがほんの少しだけ遅れてしまったのだ。


 ぼんやりと思考を巡らせている最中にまるで確かめるような雰囲気を漂わせ、微かに震えた声色で呼びかけてきたその人物には…気が付けなかった。



「──なぁ、もしかしてお前……相坂、だよな?」

「…………えっ」


 ──そこで響いてきた声は、心なしか()()()()を覚えるものでありながら記憶にあるものとは少しばかり低く変化していた。


 だとしても蓮は多少の変化程度でその声を聞き間違えるわけがない。

 けれども何故このタイミングで、どうしてこんな所にこの相手がいるのかと脳内では尽きない疑問が一斉に湧き出してくる。


 願う事ならこの予想が外れていてほしいと胸中で祈りながらも、半ば無意識に呼びかけられた方向を振り向くと……そこに立っていたのは一人の男子。


「…! やっぱり、お前だったか…えと、何て言うかその…久しぶりだな。相坂…」

「………あぁ、久しぶりだな。伊藤(いとう)


 どことなく気まずそうな空気を感じさせながら…否、実際にその姿を見れば()が蓮と出会ったことを居心地悪く思っていることは手に取るように分かる。

 事実として目の前の相手──上下ともに地味でも悪目立ちもしないシャツと短パンを身に纏い、少し明るく染められたマッシュパーマの髪を揺らして現れたこの人物を認識した瞬間に蓮も似たような心境となったのだから。


 ……それにしても、わざわざこのような場所で()()する必要も無いだろうに。

 この対面がどれほどの確率の上に成り立った偶然かは知らないし知りたいとも思わないが、こちらとしてはそう思わざるを得ない。


 何しろ目の前にいるこの男──伊藤(いとう)周助(しゅうすけ)は、蓮にとって忘れたくとも決して忘れることなど出来ようもない者の一人。

 というのも………。


「いつ以来か…中学の卒業以来、だったか。…元気そうで何よりだよ」

「…っ、そ、そうだな…」


 …そう、今のやり取りからも分かった通り。


 この伊藤と呼ばれた彼は、蓮がかつて通っていた()()()()に同じ時間を共有していた仲間の一人であり。

 ある意味では蓮に根深いトラウマを植え付けた張本人とも言える、過去の事件の当事者でもある友人だった男だ。


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