第三十三話 聖女の過去
滞納してしまい誠に反省しております
深夜。
時刻は1時を回った頃だろうか。
人気もない暗闇の中、俺たちはとある教会に向かっていた。
ギリシュ教国の夜は深い。
ギリシュ教国で信仰されている宗教は創神教と言い、主に創造神を祀るものだ。
創神教において夜とは創造神が休憩をとる時間であり、それに合わせてギリシュ教国の人々も眠りにつくというのが常だ。
だが、目の前にそびえ立つ教会には明かりがついている。
そして複数の人の気配。それもかなり熟練の戦士だ。
「本当に警備が厳重だな」
目の前の教会はどちらかと言うと塔に近い。
確かに教会ではあるが、中央辺りから20mを超えそうな塔が生えてきている。
そして、塔の頂上は膨らんでおり、小さな窓もついている。
明かりはそこから漏れてきているのだ。
ミニネアによって手に入れた情報をもとにネアが誘導をしてくれる。
しばらく歩けば、裏門のようなところに着いた。
警備は見当たらない。ちょうどいない時間のようだ。
ネアの紅い瞳が月光を受け妖しく光っている。
まさに、吸血姫だ。
「無理やり押し入る? この鍵なら開けるのも簡単」
ネアの人差し指の先から血で象られた鍵が生えるように現れる。
血を鍵穴に流し込んでそのまま固めれば合鍵を簡単に作れるのだ。
「そうだな。入ってしまおう」
今さらだが、俺はもう男の姿に戻っている。
隠れて侵入する以上、女の姿になってわざわざルールに合わせる必要もない。
✦✦✦
リアが鍵穴に血の鍵を差して開ける。
蝶番が甲高い音を立てながらゆっくりと開く。
扉の奥は洞穴の入り口のように仄暗かった。
深夜にしてはよく見えるが、決して明るいとは言えない。それどころかより不気味さを際立てている。
例えるなら、何か怪物の顎のようだった。
相違点といえば、少し肌寒い風が立ちこめることだろう。まあ、無生物なのだから当然だが。
リアを先頭に俺、サリア、ルディ、エリス、テミスが続く。
塔の中は非常に静かで、聞こえてくる音といえばコツコツという俺たちの足音とパチパチと弾ける壁にかけられた松明の炎の音のみだ。
そこからしばらく歩いた。三分ほどだろうか。
どうやら塔の中は同心円状に道が続いており、想像以上に上へ上る階段までが遠いらしい。
「ここ」
リアが立ち止まったのは何の変哲も無い道の途中だ。
当然、階段のようなものはあるわけがない。ここまで歩いた道と何ら風貌が変わらないのだから。
「何もありませんよ?」
疑問の声を代表してくれたのはサリアだった。
皆の疑問をまとめてくれた素晴らしい行動だが、思ったよりも声が響いて驚いたのか一人で勝手に肩を跳ねさせ、首を縮めている。
リアは黙って冷たい石レンガの壁に触れ、少し押した。
すると、一つの石レンガがまるでジェンガの積み木を抜くかのように奥へと外れてしまう。
魔法が使われていない仕掛けだ。
魔法を使えば実力の乏しいものにはバレることは少ないが、実力のあるものではそうはいかない。
どうやら、ここに実力者が来るのを想定していたようだ。
さて、仕掛けがどのようなものか心躍らせていたのだが、結果は拍子抜けだった。いや、苛立ったという方が近いだろう。
理由は単純明快だ。
仕掛けとは結局、壁の一部が崩れるだけだったのだ。
それだけならまだいいが、埃を舞わせながら崩れるので視界はぼやけ、鼻もムズムズしてたまったものではない。
「ついてきて」
視界が晴れ、奥の景色が見えてくる。
そこにあったのはただ一つの螺旋階段だ。
こぢんまりとしたものにも関わらず圧倒的な存在感を放ち、鎮座しているという言葉が似合うのはそれ以外にものがなく石材でできているために頑丈そうだからだろう。
リアについて行きながら、再び無言の空気が場を支配した。
重苦しいと言うほどでもないが、気楽とはかけ離れている。そんな微妙な雰囲気が俺たちの緊張感を高めさせ、さらに無言になるという循環に陥っている。
およそ2分ほど歩いていくと、ようやく頂上が見えてきた。明かりが漏れている。これまで暗かったのもありまるで夜空にようやく星を見つけたような感情になった。
扉は強固な結界で閉じられていたが、その結界とは神聖魔法のものだ。当然、神であるテミスに解けないはずがなかった。
扉を開けると、中は小さな個室になっていた。
ベッドと本棚、そして机。机の前にある椅子には緑髪の少女が座って、日記のようなものを書いている。
「食事は置いてもらって大丈夫です」
静かだが、芯のある透き通った声。
似ている音を挙げるとすれば、山の湧き水が小さな滝となって滴り落ちる清らかな音だろう。
どうやら俺達を食事を渡しに来た兵士が何かだと思っているらしい。
「俺たちは兵士じゃない」
ペンの音が止まる。
少女はゆっくりと振り返り、すぐそこにいる男の顔をよく見た。
「……ライムさん、なのですか?」
俺が答えようとする前に、後ろから軽く小突かれた。
犯人はおそらくルディだろう。目で語っている。知り合いなら早く言っておけ、と。
「ああ、そうだ。突然で申し訳ないが、原初の聖廟の礼拝堂に入りたい」
本当に突然過ぎたのだろう。緑の聖女は首をかしげた。
「礼拝堂に……。わかりました。向かいましょう」
そうして俺達にエミーが加わり、来た道を戻り始めた。
✦✦✦
そうして志ある者達が行動を起こしていく中、一人の男が塔の上に足を組みながら座っていた。
「ははっ。怖いくらいに順調だな」
闇夜をそのまま写し取ったかのような黒髪を重めのマッシュにし、黒曜石のような瞳で眼下に広がる人の営みを見ていた。
「計画も調整が終わったし、あとはこれを起こすだけ」
男の手のひらの上には、小さな金属製の笛のようなものを持っている。
だいぶ古いようで、ところどころ欠けている。だが、自壊したと言うよりは、誰かが意図的に壊したあとのようだ。
その側面には世■の終■の文字。
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〜裏話〜
ここで話されるのは、幽閉されていたエミーがなぜ懇談会を開くことができたのか、だ。
それは、今からおよそ三日前の夜の出来事だ。
エミーは一人、日記を書いていた。
4歳の頃に母が死んでから、ほとんどずっとここにいる。
父はきっと、自分を愛してはいなかったのだろう。愛していたのは、母だけだったのだろう。そんなこと考えながら、日々を綴っていく。
そんなとき、扉が開いた。
食事を運びに来た兵士以外に会うことはなかった。
だが、そこにいたのは見覚えのない漆黒色の髪の男だ。
「こんにちは、聖女様。今なら出れるよ?」
男は飄々としていた。
簡単には信じられないが、確かに男以外の人気はない。
本当に出られるのだろうか。
「どちら様でしょうか?」
警戒心のこもった声だった。
当たり前だ。見覚えのないということは、おそらく侵入者なのだから。
「そんなことどうでもいいでしょ? ただ、原初の聖廟で懇談会を開く予定があるからねー」
それだけ言って、男はまるで最初からいなかったかのように消える。
幻覚でも見ていたのだろうか、そう考えた。
だが、本当に人気がない。それは明らかな事実だった。
「……」
黙って塔の外に出た。
清々しいほど闇に包まれた周囲を照らすのは、たった一つの紅い月だった。
いつもよりも文学的にしてみました。
是非感想をお聞かせください!




