66話:夢の始まり
〜これまでのあらすじ〜
かつての仲間である勇者カリヴァとその妹のシオンを探すため、ゲリラ部隊である魔王討伐隊の長"勇者"となった青年アルス……
・落ちこぼれの貴族少女"レヴィン"
・魔族狩りの異名を持つ大男"ウォルフ"
・聖職者の少女"フィルビー"
彼は癖のある仲間達と出会い、まとめ上げ────ヴァイゼン村、城塞都市クヴィスリングにて魔族達と戦い着実に戦果を上げていった。
やがて辿り着いたのは大陸の中心である"宗教国家アミナス教国"。
そこで僅かばかりの幸せを謳歌したのも束の間、突如魔王が襲来したことにより人類と魔族の総力戦に巻き込まれてしまう。
激しい戦いの末、限界を迎えたアルスは暴走しかけるが……フィルビーの尽力によりなんとか止められ深い眠りへと着くのだった────────
これまでの冒険で窮地に陥る度、何度も選択を迫られてきた。
ヴァイゼン村でのシルクとの戦い、城塞都市クヴィスリングでの紅い竜巻との戦い、そして全能のフォルリアとの戦い……
自身の正体が露見するリスクを、この世界から居場所を失う覚悟をしてでも全力を出すべきか常に頭を悩ませてきた。
……その果てが今のザマだ。
「いやあああああああああああああッッッ!!!!」
──────レヴィン……君にだけはそんな顔、してほしくなかった……
「お前は今まで俺らのこと……ダマしてたのか!?」
──────違うんだウォルフ!俺は……
「お願い……信じて……!」
──────やめろシオン!俺を庇えば君まで……
「帰ってきて……アルスッ!!」
──────フィルビー……君は……!
…………。
気が付けば、目の前に広がるのは真っ暗な闇。何も見えない深淵の中、あるのはただ深く深く……水の底へと沈んでいくような感覚だけ。
何も見えない。聞こえない。感じない。
一体どうしてこうなってしまったんだろう。
輝かしくも暖かった日々は失われ、残ったのは孤独と無力感……そして強い後悔のみ。
ただ、近くにいる人を守りたかった。笑っていてほしかった。ただ、それだけだったのに……
『守りたい?笑っていてほしい?綺麗事を抜かすなよ』
不意に声が聞こえた。それは自身の憧れにして、ずっと追いかけてきた親友の声。
彼本人ではない。これは自らの無意識が彼の姿を象って姿を成した幻影……謂わばアルスの罪悪感の象徴だった。
『お前はそんな真っ直ぐな奴じゃない……自分でも理解っているだろう?本当のお前はもっと情けなくて、醜悪な……』
彼の言葉はいつもアルスの心を的確に抉る。親友と生き別れたあの日からずっと……
だからこそ、今まで耳を塞ぎ目を背け続けてきた。レヴィン達と出会ってからは夢に現れる事も減り、鳴りを潜めていたが……
『思い出せ、そして向き合うんだ……!お前が犯した罪と、今まで目を背け続けてきた自らの過去と……!』
正体が露見し仲間達と見限られつつある現在、アルスの心を守ってくれる存在はいない。
暗闇へと落ちていく中、青年の意識は幻影の声に諭されるがまま完全に手放され……闇に覆われていくのだった───────────
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「ねぇ……ちゃんと聞いてる?」
「……うぅ……ん?」
微睡みから覚め、視界に広がったのは沢山の机と椅子が備えられている無機質な色合いの部屋。周囲には自身と同年代の子達の姿が何人か見られたが、中でも目を引くのは目の前にいる……自身に声を掛け、心配そうに見つめる一人の少女の姿。
落ち着いた色合いの茶髪、大きな二重の目、そしてその中心に光る宝石のような瑠璃色の瞳……一見して可愛らしいと言える容姿を持つ彼女の名前は……
「シオン……?」
そう、彼女は……口から衝いて出た名は、少し前にアルスと知り合い友達になった女の子のものだ。
周囲の景色と目の前のシオンの二つを見たことで、アルスは自身が今いる場所を思い出すに至る。
"フェルシング孤児院"
アルスが生まれ育った国……ファーレン王国にある、身寄りなき子供達が集まり教育を受ける施設。
アルスは物心付いた時からこの施設にいた。施設の職員から聞いた話によると、両親は魔族との戦いで亡くなったらしい。
「すごい魘されてたけど……怖い夢でも見てた?」
「……うん、多分……」
「へぇ……どんな夢だったの?」
「え?あーっと……」
自身が現在置かれている状況を認識し始めた時、不意に前にいる女の子から聞かれたのはついさっきまで見ていた夢の内容についての話だった。
すぐに思い出そうと頭の中を必死に捻るも中々出てこない……──────夢の内容はいつの間にか忘却の彼方へと消えてしまったらしい。
「なぁんだ……忘れちゃったの?」
「ごめん……ところでさ、その本は何?」
「あ!そうだった!アルスにも見てほしくて……!」
忘れてしまったものは仕方ない……そうやって気持ちを切り替えて最初に目に付いたのはシオンが持つ一冊の本。
気になって聞いてみると、すぐに彼女は目を輝かせて机に本を置き勢いよく広げる。
──────そこには角張った構造物、そして同じデザインのローブを見に纏った……アルス達よりも少し年上と思われる少年少女達の写真が散りばめられていた。
「これは?」
「学校よ!学校!遠く離れた国にはこんな施設があるんだって!」
「……これ、なんでみんな同じ服着てるの?」
「制服って言うらしいわ……先生達が着てる服と似たようなもんじゃない?」
「ふぅん……その学校ってどんな場所?」
「私達みたいな子供が一緒に過ごして……お勉強出来る場所らしいわね」
「なんだ、それなら此処と一緒じゃん」
「ここで教えてくれるの、戦いの事ばっかりじゃない……学校は他にも道徳とか歴史とか芸術とか、色んなことを教えてくれるのよ?」
余程興味のある内容なのか、本のページを捲りながら捲し立てるように話すシオン……
彼女の言う通り、アルス達が暮らすフェルシング孤児院では最低限の一般常識と魔族との戦いに必要な知識・技能の習得に教育の重きを入れている。
理由は……アルス達が住む大陸北部が魔王軍との戦いの最前線を現在進行形で張っている危険地帯で、一刻も早く魔道士・戦士の育成が必要だからとのこと。
「羨ましいなぁ〜……私ももっと色んな事学んだり、オシャレしたり友達と遊んだりしたいわぁ……それで卒業して大人になったらお花屋さん開いたりとか……!」
「それは流石に難しいんじゃ……こんなご時世だし」
ある時、施設の職員達の会話を聞いて知った。
アルス達孤児には基本的に職業選択の自由はない。
衣食住の面倒を見てもらい、教育をしてもらう代わりに強くなり国のために戦う。それが身寄りのない自分達に出来る唯一の恩返しなのだと。
成績優秀者であれば国の正規兵に推薦され将来安泰だが、反面……そうでない者は過酷な戦場送りになるとも。
────そのような裏の事情など知ることもなく、笑顔で自身の夢を語る彼女を見て……アルスは一人表情を曇らした。
「だったら作ればいいじゃないか」
不意に側で声を掛けられる。
暗い感情が心に影を落としかけた時、光の如く差し込まれた爽やかな声色の持ち主はアルスのよく知る人物だった。
「もうっ兄さん邪魔しないでよ!せっかくアルスと二人で話してたのに……」
「当然だ、邪魔しに来たんだからな」
「なんでさ?カリヴァ」
「大事な妹に悪い虫が付いたら大変だからだよ、アルスくん?」
「うへぇ〜……きもちわる」
「はは……シオン、兄ちゃん傷付いちゃうぞ?」
"カリヴァ"────少し癖のある銀髪に加えてシオンと同じ蒼い瞳が特徴的な、アルスより少し年上の……シオンの兄。
彼もまた、シオンと同じ時期に仲良くなった友達だ。
キッカケは数ヶ月前に孤児院周辺で起きたある事件……珍しく一人で孤児院から出ていくシオンのことが気になって付いて行ったところ、偶然魔獣に襲われている場面に出会したのだ。
当然助けようと間に入り必死に抵抗するも、まだ身体が小さいアルスには魔獣の相手は荷が重く……力及ばず殺されそうになった。
そんな時、颯爽と駆け付けて救ってくれたのがシオンの兄であるカリヴァだったのだ。
「……ってか、作るって何をさ?」
「俺達の夢が叶えられる世界をだよ……前に言ったろ?俺と組まないかって」
「あれ……本気なの?」
あの時、カリヴァは倒した魔獣の上からアルスに誘い掛けてきた────将来、自分と共に魔王討伐隊を組まないかと。
それ自体は嬉しかったものの、アルスにとっては疑問だった。カリヴァは自分と違い、いや周りよりも圧倒的に才に秀でていたから。
孤児院での成績は戦闘知識・技能共に文句なしのトップ……彼が希望すれば国の正規兵になるのも容易いだろう。
それにも関わらず彼は魔王討伐隊員となり、過酷な戦場に身を投じる事を希望している。その理由はまだ教えてもらっていない。
「勿論さ……こんな狭い国早く出て、俺達の手で理想郷を作ってやろうぜ」
「まーた兄さんが夢物語言ってるよ……でもそーだなぁ……もし夢が叶って学校行ける世の中になったら、アルスも私と一緒に行こうね」
「え?僕も……?」
「私の王子様なんだから当然で……しょっ!」
「ちょ、シオン!急に抱き付かないで!」
「あはは!照れちゃって可愛い♪」
「……」
「カリヴァ!?目が怖いよ!?」
しかしそんな些細な疑問も、目の前で繰り広げられる楽しげな会話を前に泡沫のように消えてしまう。
アルスはカリヴァとシオンのことが大好きだった。
いつだって明るく自分を引っ張ってくれる太陽のような存在……そんな二人に対して抱くのは"いつまでも一緒にいたい"という純粋な気持ちだけ──────
この時、アルスの齢は10歳だった。
・・・
「いよいよこの日が来たな……準備はいいか?シオン、アルス」
「勿論!」
「大丈夫だ、問題ない」
時が経ち、アルスの齢は15……この日、遂に運命の時がやってきた。
孤児院を出たアルスはシオンと共にカリヴァと合流し、"魔王討伐隊・カリヴァ隊"を結成したのだ。
「ぶっ!」
「……っっ」
「な、なんだ……?俺、変な事言ったか……?」
「アルス、その口調……やっぱ似合ってないないって……っ!その俺ってのも、もしかして兄さんの真似……っ?」
「ぷっくく……可愛いとこある奴だなぁ、お前も」
「ッッ!!いいだろう、別に……」
三人はいつものように軽口を叩き合いながら歩みを始めていく。
これがアルスにとっての夢の始まり……冒険の最初の記憶だった。




