46話:女神降臨の儀
〜前回のあらすじ〜
聖地・アミナス教国での日々は、戦い続きだった勇者アルス一行にとって身体も心も癒せる幸せなものだった。
そして一年に一度の祭事"降臨祭"にて、勇者になってから今までで一番の幸せをアルスが噛み締めた時……内に抱えた過去の幻影が現れ、歯車を狂わせていくのだった。
あれからどれだけの時が過ぎたのだろう。
気付けば、先程まで二人しかいなかったテラスに数多くの人達が集まっていた。
「!!始まるみたいだぞ……」
「あれが、巫女……!」
「お美しい……」
「絵画や聖像、そのままのお姿だ……!」
次々に恍惚とした言葉を述べる人々……
彼等の視線の先────アルス達のいる場所とは異なるヤーラ大聖堂の屋上……中央テラスに目を向けると、そこにあったのは何人もの美しいエルフ族が並び立つ光景。
どうやらいよいよ女神降臨の儀式が執り行われるようだ。
「皆様……本日は降臨祭にご参加頂き、誠にありがとうございます」
エルフ達の中心に立つ一人のエルフ……巫女であるレイアがゆっくりと口を開く。
距離は離れ、大きく声を上げているわけでもないのに不思議と彼女の言葉が透き通るように耳に響くのを感じる。
これも一角獣の騎士が言っていた奇跡とやらの力だろうか。
「今年もまた……この日を迎えられて大変嬉しい思いです」
そんな彼女が今身に纏っているのは、普段の巫女としての聖装とは異なる布面積の少ないやや扇状的な衣装……
他のエルフと比べても際立つ圧倒的な美しさに人々の視線は釘付けになっていた。
「……」
────しかし、その中で勇者アルスだけが唯一人……浮かない顔をしていた。
誰もが目を奪われるであろう光景を前にしても、胸の中で渦を巻くのは暗澹たる思いだけ……
その原因は間違いなく、先の一件。
自身を責める親友の幻影、自身が振ってしまった女の子の涙……
浮ついた気分になど、なれる筈もなかった。
「それではいよいよ"降臨の儀"を執り行います……皆様どうか、お祈りの準備のほどを……」
しかしいくら後悔しても、時を巻いて戻す術はない。
そうしてる間にもエルフ達が巫女を中心にそれぞれ位置に付き、構える姿勢を取る。
遂に始まる……一年に一度の、聖地・アミナス教国の祭儀────女神降臨の儀が。
「……っ!」
アルスは息を呑んだ。
目の前で繰り広げられるエルフ達の舞踏、そして歌声に。
静かだが耳に透き通る綺麗な歌声、風の力を用いた空中で舞う妖精を思わせる舞踏、そして……まるで演出のように彼女達の周囲を彩る水飛沫、それに伴って発生する光る雫──────
美しい。
こんな時、芸術家であればきっとスラスラと多様な感想を述べるのだろう。
しかしその時に赤髪の青年が抱いた想いはシンプルな……飾り気のないありのままの気持ち。
だがそれでも、その光景はアルスの心の傷を一瞬だけ忘れさせてくれた。
「綺麗……それにこの歌……なんだろう?意味はよく分からないけどすごく、心が洗われる感じ……」
隣に立っている幼馴染────シオンもまた、感嘆とした声を上げる。
彼女の言う通り、エルフ達が歌っているのは大陸で使われている言語とは異なるようで……その詳しい意味は理解出来ない。
しかし何故だかなんとなく、アルスには理解るような気もした。
この歌は……祝福しているのだ。
民を、今を生きる人々を、子供達を、そしてこれから生まれてくるあまねく生命……その全てを。
「神々しい……!」
「見て、光が……」
「く、来るぞ……!」
「祈りの準備を……!」
……やがて空の舞踏が終わり、舞っていた光の粒子がある一点へと集まり始める。
────麗しき巫女、レイアの下に。
『愛しい我が子達……漸く会えましたね』
眩い光に包まれた彼女……レイアはゆっくりと目を開けて口を開く。
声が先程よりも更に遠くへと反響して聞こえる。
それに明らかに雰囲気が変わった。
どうやら儀式は無事終えたようだ。
『今宵もまた……この場に帰ってこられたことを喜ばしく思います』
巫女の身体を依代として、現世に女神の意識を召喚する──────それが降臨の儀の全容らしい。
『この大陸に魔族が現れてから既に長い年月が流れました……今日という日までこの母なる大地が守られてきたのは、間違いなくみんなの努力が成した奇跡でしょう……よく頑張りましたね、さすがは母の子です』
巫女は、まるで本当に自らの子をあやすような優しい口調で人々に語り掛けている。
光を纏いながら慈愛に満ちた言葉を口にするその姿は…… 正しく女神そのもの。
『未だ脅威は残っているようですが、怖がらなくて大丈夫……あなた達にはこの母の加護と騎士団の子達が付いています……どうかこれからも彼等の言う事をよく聞き、力を貸してあげて…… 然すれば、来年もきっとまた会えます』
一年に一度、女神を降臨させて啓示を受ける────それこそがアミナス教国で催される降臨祭の最大の目的であり、大陸中の全ての人間にとっては生きる希望を貰う大切な行事であった。
『そろそろお時間のようです……母はいつでも愛しいあなた達のことを見守っています……どうかみんなに、我が祝福があらんことを……』
そんな幸せな時間もやがて過ぎ……最後の言葉と共に巫女は再び深く目を瞑る。
瞬間、彼女を覆っていた神々しい光は粒となって散り…… 跡形もなく消え去っていく。
その間も、その場にいた全員が彼女に向かって手を合わせ祈り続けていた。
「皆様、ありがとうございました……以上で降臨の儀を終幕とさせていただきます」
次に声が聞こえた時、見えたのは元の様子に戻った巫女の姿。
無事に務めを果たした彼女に、人々は拍手を送り出した……
「きゃあっ!!」
「なんだ!?」
「また演出か……?」
「何の光!?」
「ブラボー!!」
────その直後の事だった。
突如として、上空が眩い閃光に包まれたのだ。
余りに唐突な出来事に一部で悲鳴が上がったが、すぐに歓声によって掻き消されてしまう。
どうやら皆、今のを演出の一部だと思ったらしい。
やがて光が散り……静まり返った空気の中、巫女はゆっくりと口を開いた。
「皆様、落ち着いて聞いてください……今のは演出ではありません」
瞬間、場に一気に緊張が走る。
今の激しい光が演出ではないのなら、その理由は一つしかない。
「これは魔法による攻撃……謂わば敵襲です」
敵による攻撃────当然、それが分かると同時に人々は動揺を露わにし始める。
場が混乱状態に陥り掛けた時、再び巫女の声が人々の間を透き通っていく。
「戦える者は戦闘準備、そうでない方は避難を……緊急事態につき、今現在国内にいる魔導士は全てスーヤ騎士団の指揮下に入って頂きます」
他者の心を落ち着かせる優しい声色……それは人々の心を溶かしていき、気が付けば混乱も落ち着いていた。
これも巫女のカリスマの賜物か。
「……俺達も準備しよう」
「そうね……他の皆も宿に戻るだろうし」
エルフ族が人々の誘導する姿を見て、アルスも行動を開始しようとシオンに声を掛ける。
そして階段に向かう途中……不意に中央テラスの方から僅かに、エルフ達の声が漏れ聞こえてきた。
「報告します!街の被害は防げたようですが、森に少々被害が出たようです」
「魔法が降ってきたのは北側……弾道から発射源はトロイアイトかと」
「となると、そこはもう……」
「騎士団の他国への巡回が薄くなるこの時期に……偶然でしょうか?」
「そもそも距離が遠すぎる……!本当にそんなことが可能なのか?」
「可能性があるとすれば、まさか……」
「えぇ…たった今、魔力を感知しました……これは間違いなく、宣戦布告でしょう」
「レイア様、それって……」
「魔王ハイル……この世界でこれ程までに強大な魔力を持つ存在……奴以外に考えられません」
────こうして、人と魔族の争いの歴史において……近年最大規模の戦いが幕を開けようとしていた。




