42.5話:天使達の懐古
今回はグラシアと騎士団長ペルデール────二人のエルフ達の会話がペルデール視点で語られる番外編です。
時系列はアルス達がスーヤ騎士団の訓練に参加した後〜異端審問会の間です。
「──────以上となります」
「ふむ、ご苦労だったな……下がれ」
「……」
「……?」
それはある日のスーヤ騎士団本部・騎士団長室でのこと。
"城塞都市クヴィスリング襲撃事件"や"大陸南部領主による魔王討伐隊員暗殺未遂疑惑"に関する調査を粗方終え、一角獣の騎士────グラシアの口より報告が為された後に起こった。
報告が終了したにも関わらずその場から動こうとしない彼女を見て、騎士団長ペルデールは「どうした?まだ何かあるのか?」と訝しげな視線を送る。
「その、気になっていることがありまして……」
「なんだ、言ってみろ」
「最近……レイア様とのご関係はどうですか?」
「……!」
それに対して返ってきた問いは、彼にとって触れられたくない部分……思わず目を見開き、作業中の手を止めてしまう。
「……」
「そう、ですか……昔はあれ程仲がよろしかったのに」
沈黙。それが問いに対する答えだと受け取ったグラシアは悲しげに目を伏せる。
────かつて、巫女"レイア"がまだ騎士団員だった頃……現騎士団長ペルデールと彼女は親しい仲だった。
別に仲違いしたわけではない。何かしらの確執が出来たわけでもない。
ただ……彼女が巫女として即位したあの日から、彼女と自分の間に何か壁のようなものが生まれたように感じている。
その事を、古くからの彼女を知るグラシアは薄々勘付いていたようだ。
自身より遥か年下の弟子に見透かされた事を内心恥じながら、ペルデールは現在の様な関係性になってしまった理由を顎に手を当てて考え込む。
「巫女は多忙だ……それに立場上、以前のようにはいかないさ」
そうして出てきたのは至極当然な話。
スーヤ教の巫女とは、実質的にこの国────大国アミナス教国の国王でもある事を意味する。
君主と臣下……いくら過去に親しい仲だったとはいえ、立場がそれを許さなくなったのだろう。現に、彼女は騎士団長として自身を重用してくれているように思う。
ただ、個人的な会話がなくなっただけだ。
「分かります……けど、私は二人には仲良くしていてほしいのです……昔のように」
「グラシア……」
「お二人は……私を救ってくれた恩人で、新しい家族みたいな大切なヒトでしたから」
そんなペルデールの諦観に対し、グラシアは一定の理解を示しつつ静かに首を振る。懐かしがるような口振りの彼女の淡い瞳は今、その能力通りに過去を映しているのだろうか……
──────あの、三人で過ごした平穏な日々を。
『うぅん……お母、さん……お父、さん……』
『あらあら、やっと寝たみたい……よかった』
『大分寝付きが良くなったな……お前の子守唄のおかげかもな』
『もう……ペルデールも見てばかりいないで少しは手伝ってよ』
『勘弁してくれ……子供は苦手なんだ』
魔族の襲撃を受けた村からグラシアを救ってしばらくは……彼女は夜によく魘されていた。
幼い身で家族を、知り合いを全て失ったんだ。今思えばそれも当然の事だった。
『師匠!今日も稽古お願いします!』
『熱心なのは良いが、何故そこまで剣に拘る?お前には十分に奇跡の才があるだろう……グラシア』
『私は……いつか騎士になりたいので!』
『騎士?』
『はい!大切なヒトを守れる!御伽話に出てくるような騎士に!そして魔族の手から皆、守りたいのです!』
『ふっ……ならそろそろ、俺から一本くらいは取ってみろ』
それから少しグラシアが成長した後、彼女はよくペルデールに剣の稽古をせがむようになった。
筋は良く、教えた事をよく吸収する。動機も清く、正しいもの……彼女は将来立派な戦士になるだろうと当時のペルデールは笑みを浮かべたものだった。
『巫女に選ばれた?』
『えぇ……まさか私が、ちょっとびっくり……でもすごく嬉しいわ』
『おめでとうございます……!!』
『ありがとう……グラシアも、一角獣の騎士への就任おめでとう』
『まさかお前が本当に騎士になるとはな……』
『まさか、は余計ですよ団長』
『ふふっ……許してあげてグラシア?この人、私と二人の時はアナタのことベタ褒めしてたんだから』
『なっ……よ、余計な事を言うな……!グラシア、お前も何を笑っている』
『いいえ別に?ただ、これからは私が騎士として巫女をお守りするので……団長は自分の業務に専念してもらって結構ですよ』
『余り調子に乗るなよ……!グラシア』
『こらこら、喧嘩しないの……じゃあ、二人で私のこと……ちゃんと支えて頂戴ね?』
やがてグラシアが当時の巫女に見初められ、奇跡の力を与えられて新たな眷属となった後────その時はやってきた。
あの日が来るまでの毎日は、本当に楽しいものだった。
「俺達二人で支えていこう……彼女を」
「……え?」
不意に静寂に包まれた部屋の中を言葉が響いた。自身の声だ。
過去に想いを馳せる中、ペルデールは彼女が言っていた言葉をそのままなぞるように呟いていた。
「今はまだ、昔のようにはいかない……でもいつか、この戦争を終わらせ世界を平和に導けば……彼女も肩の荷が下りて前のように戻るかもしれん」
「……!」
「彼女は今、きっと巫女として張り詰めている……だからこそ、今は俺達が彼女の側に立って支えるべきだ」
「そう、ですね……すいません、団長」
「気にするな。お前のおかげで大切な事を思い出せた……今はお互い、やるべき事をやろう」
「はい……では失礼しました」
そしてグラシアが部屋から出て行った後、ふと窓の外へと視線を向ける。
その先には巫女の棲まう城……"ヤーラ大聖堂"の堂々たる姿があった。彼女は今もあそこで人々の為、巫女としての成すべきことを成しているのだろうか。
ならば自分も今は、スーヤ騎士団の団長として成すべきを成すだけだ。そしていつか……必ず平和と彼女の笑顔を取り戻してみせる。
──────広々とした自室にて、ペルデールはそうした強い想いを胸に抱き、騎士団長としての自身の業務に再び腰を据えて向き直るのだった。




