39話:嫌な記憶
〜前回のあらすじ〜
「スーヤ騎士団に入りませんか?」
事情聴取を受けた後、勇者アルス一行が受けたのは魔法使いとしての等級の昇格と大陸最強の騎士団への勧誘。
その魅力的な提案を前に、アルスは一旦宿で全員に今後の相談をし……最終的には外でのシオンとの話し合いの末、親友カリヴァの捜索を続けるために冒険を続けることを決める。
一方、宿に残ったレヴィン・フィルビー・ウォルフの三名も話し合い、何があろうと勇者アルスの後に付いて行くことを誓い合うのだった。
※前半はアルス視点、後半はレヴィン視点です。
シオンと二人きりで話し合った後、アルスは仲間が待っている宿へと戻り……改めて自身の決断を皆に伝えた。
結果、スーヤ騎士団への入団の誘いは断ることになったのだが……後日答えを伝えにヤーラ大聖堂へと再び赴くと、巫女レイアは少し残念そうな顔をしつつも此方の考えを尊重し受け入れてくれたのだった。
「本当によかったのか?」
「当たり前じゃん」
大聖堂を出た後、仲間達に再度意思の確認をすると、一番入団に乗り気だった筈の貴族の少女───レヴィンは長い金髪を揺らしながら晴れやかな顔で頷く。
最悪意見が割れた場合、入団希望者だけでも入れてもらえるよう巫女に嘆願するつもりだったが……有難いことに皆、勇者であるアルスに付いていくという見解で一致していた。
「……ありがとう」
その事にアルスは純粋な喜びを覚える。
幼馴染の二人を探すために勇者になったことから始まった関係だが、短い期間とはいえ共に様々な苦楽を共にしてきた仲……今ではレヴィン達はアルスにとって、幼馴染と同じくらい大切な存在になっていた。
「じゃあ俺はこれから騎士団本部に行ってくる……皆は自由に……ん?」
これからもなるべく長く一緒にいたい────そんな想いを噛み締めつつ、正式にスーヤ騎士団に勇者カリヴァの捜索依頼を出すべく一先ず皆と別れようとしたところ、ふと周囲から妙な視線を感じる。
「見ろよ……噂のアルス隊だ」
「大聖堂から出てきたわ……騎士団からお誘いが掛かったって本当なのかしら」
「有り得ないだろ!?討伐隊が……」
「それが……既に上級魔族を三体も討伐したらしい」
「え!?じゃあなくなってた手配書の魔族ってまさか彼等が……!?」
「たった五人で……?信じられん」
「なんでも、あのカリヴァ隊の構成員が二人も在籍してるらしい」
「あの最強の!?それならもしかすると……」
気付けば大聖堂の前には人集りが出来ていた。
何処の誰が話を流したのか分からないが、噂というのは回るのが早いようでアルス達はすっかりアミナス教国の人々の注目の的らしい。
「ふふっ、キミ達の活躍……すっかり話題になってるみたいね」
「なんだか、落ち着かないです……」
「堂々としてりゃいいんだよ」
「そうよ!正当に実績を積み上げた結果なんだから!」
人々の視線にソワソワするフィルビー……その一方でシオンとウォルフの二人は落ち着き払い、レヴィンに至っては腰に手を当て誇らしそうに胸を張っていた。
「……レヴィン?」
────そんな時、不意に後ろから聞こえてきたのはレヴィンによく似た声。
「レーニス…姉様……ッ」
振り返った先にいた……その声を発したであろう人物を見て、レヴィンは目を大きく見開いていた。
片目まで隠れた流麗なウェーブ掛かった金髪、黒い三角帽子とローブ、それに加えて手に持っている長い杖……如何にも魔法使い然とした格好だが、どことなくレヴィン・トゥローノに似た雰囲気を持っているように見える。
「……」
「……」
対面した直後、訪れたのは数秒の沈黙。
まるで時が止まったかのように……二人は微動だにせずお互いを見つめ合っていた。
「は?おいおい……似てると思ったらマジで家族なのかよ」
「妹がいるなんて言ってなかったじゃんかよ」
「ちょっと待てよ!この人ら……もしかして今噂のアルス隊じゃないか?」
「え、じゃあこの子も……?」
「レーニス!お前も鼻が高いな!」
────それを打ち破ったのはゾロゾロと近くに集まってきた……レーニスと呼ばれた女性の仲間と思わしき兵士達の賑やかな声。
それでも依然として二人は無言を貫いていたのだが、やがて「俺達にも自慢の妹を紹介してくれ!」と周りの声が強くなると、彼女は諦めたように溜め息を吐いてその口を開く。
「私の妹のレヴィンよ……ほら、挨拶なさい」
「は、はい」
そうして姉に促され、レヴィンは言われるがまま兵士達に挨拶して回り出したわけだが……その表情は終始、強張っているようにアルスの目には見えた。
「アルス隊の方々、なんですって……?ごめんなさいね?突然こんなことになってしまって」
突然の事態に付いていけず他の皆と同様に困惑の色で固まる中、不意に此方に話しかけたのは今し方レヴィンの姉を名乗った女性。
こうして見ると雰囲気自体は彼女に似ているが、物腰がとても柔らかそうで……端的に言ってレヴィンに比べて大人っぽい印象を受けた。
そんな風にどこか妖艶なオーラを漂わせる彼女はアルス達に向かって軽く会釈すると、改めて自身の身分を名乗り出す。
「お初にお目に掛かりますわね、アミナス兵団所属のレーニス・トゥローノと申しますわ……今し方申し上げた通り、レヴィンの姉です……以後、お見知り置きを」
"アミナス兵団"
アミナス教国の軍隊にして、スーヤ騎士団の下部組織でもある。
構成員はスーヤ騎士団とは異なり、アミナス教国に住む人間が大半を占めていると聞く。
「皆様のお噂は兼ね兼ね、お会いできて光栄ですわ……この子ご迷惑お掛けしてるでしょう?魔法の制御が全然出来ないんだから」
「とんでもない、凄く助けられてます」
「あらまぁ……お優しいのね」
名乗り終わった女性───レーニス・トゥローノは笑みを見せて此方に絡んでくる。
一見友好的……だが蛇のように絡み付き此方を品定めするような視線に少し嫌なものを感じ、アルスは彼女からの言葉を軽くいなす。
……すると、レーニスは挨拶し終わったらしいレヴィンの肩に手を置き、続けて口を開いた。
「あの……少しだけこの子、お借りしてもよろしいかしら?」
「え……」
「久しぶりに会えたんですもの、ちょっとお話がしたくて……」
────瞬間、その言葉を切っ掛けに側の兵士達がザワザワと反応し出す。
「おいおいレーニス!見回り中だぞ!」
「まぁいいじゃないか少しくらい……せっかくの仲睦まじい姉妹の再会なんだ」
「ちぇっ、分かったよ……ま、どの道国内は平和で暇だしな」
「んじゃ俺らはこの近く回っとくから、終わったら合流しろよな」
「えぇ……ありがと」
結果、止める間もなくレーニスは妹のレヴィンを連れて……群衆の波の中へとその姿を消してしまった。
「あ、ちょっと……私、様子見に行ってきます!」
余りの急展開に唖然とするアルス────そんな中、レヴィンと仲が一番良いフィルビーがいち早く反応し足早とレヴィンの後を追って人混みの中へと踏み入って行った。
「大丈夫だろうか……」
その後ろ姿に思わず心配が口を衝いて出てしまう。
アルスには、姉に連れられたレヴィンを心配するフィルビーの気持ちがなんとなく理解出来ていた。
両者が対面した時の緊張した空気……何よりあの時のレヴィンの酷く怯えた顔。
それに加え過去に彼女から聞いた身の上話から察するに、彼女は家族に良い思い出を持っていないのは間違いない。
流石に国内で手荒な真似をするとは思えないが、一応自分も様子を見に行くべきか……
「俺も行く……オメーらは捜索依頼の方、出しに行ってくれや」
────そんなアルスの思いを察したのか、ウォルフが人々を掻き分けながらフィルビーの後を追い出した。
「ありがとうウォルフ、頼んだぞ」
「何だか嫌な雰囲気……何もないといいけど」
レヴィンの事は心配だが、一先ずウォルフとフィルビーの二人が様子を見に行ってくれるなら安心だ。
アルスは仲間達を信じ、改めて勇者カリヴァの捜索依頼を出しにシオンと共にスーヤ騎士団本部へと向かった。
――――――――――――――――――――――――
「……」
「……」
連れられて来たのは人気のない路地裏……先程とは異なり、場を支配する空気は静寂そのもの。
そして目の前にはレヴィンをここまで連れて来た張本人────依然として一言も発さず此方をジッと睨め付けるその姿に、レヴィンは嫌な記憶を思い出し冷や汗を掻く。
"レーニス・トゥローノ"
レヴィンの実姉で、家族の中では一番レヴィンへの当たりがキツかった相手だ。
武勲を立てるために他所の国へ渡ったと聞いたが、まさかアミナス教国にいたとは……
────出会ってしまった自身の運の無さをレヴィンは呪った。
「あの、お姉様……ひっ!」
気まずさに耐えかねておずおずと口を開くレヴィン───刹那、『カァンッ!』と不機嫌そうな音色が地面に奏でられ、反射的に身体が強張る。
「……忘れたのかしら?お前を妹とは認めないと言ったはずよ……!」
地面を強く蹴ったレーニスの声色は、先程とは違って酷く冷めたもの。
────この声は……家にいる時に何度も聞いたものだ。
その声が……レヴィンの過去の悪夢を次々と呼び覚まし、彼女の身体を委縮させる。
そうしてすっかり身動きの取れなくなったレヴィンに、レーニスは更に詰め寄っていく。
「表ではともかく、二人きりの時は二度と呼ばないで……分かったわね?」
「は、はい……ごめんなさい……!」
「……ねぇ、一つ聞きたいんだけどあの噂って本当なの?」
「あ、あの噂って……?」
「アンタらがスーヤ騎士団に誘われた話に決まってるでしょ?察し悪いわね……あぁ、イライラする」
「そ、それは……本当…です」
「……は?」
────次の瞬間、レーニスは突如レヴィンの服の襟を掴み上げて凄んできた。
余りに恐ろしい形相に思わず涙が出てくる。
「なにそれ……なんでアンタみたいな愚図が騎士団に誘われんのよ……!?」
「ご、ごめんなさ……」
「どうせ他の隊員のお零れでも貰ったんでしょう……!?弱いくせに周りから守られて……!!」
違う、とは言えなかった。
結局のところ、スーヤ騎士団から声が掛かった理由────上級魔族の討伐の実績は他の皆が成し遂げたものだ……自分ではない。
その結論に至った瞬間、レヴィンは全てを諦め……姉の横暴にただ涙を流し、謝罪の言葉を吐き続けた。
「─────何してるんですか?」
不意に、路地裏にレヴィンのよく知る声が響く。
その人物は……
「フィ、フィル……」
「あらまぁ……さっきのお仲間の方じゃない」
レヴィンの親友である黒髪の少女───フィルビー・マーガレット。
彼女の存在を認識した途端、姉はレヴィンから手を離し……先程と同じように張り付けたような笑顔で対応し始める。
……その瞳は一切笑っていない。
「これは私達家族の問題……他所の方は口を挟まないで頂いてもよろしくて?」
「お断りします……レヴィンは私の…大切な友達ですから」
「友達……?こんな愚図が……?アハッ、面白いご冗談を言うのねぇ……貴方」
「……どうしてそんな酷いことが言えるんですか?血を分けた家族なのに……!」
「家族?私はそうは思わないわ……コイツは我が一族の恥よ……!魔法の制御が出来ないなんて、魔法使いとしての欠陥だわ!」
「……」
「ねぇ、正直に言ってしまっていいのよ?足手纏いで鬱陶しいって、目の前から消えてほしいって……!」
レーニスの嘲笑うような言葉に、哀しそうな表情を浮かべながらも一歩も引かない様子のフィルビー。
そんな彼女にレーニスは意地悪そうな笑みを浮かべて更なる口撃を行うが、フィルビーは一切取り乱す様子なく真っ直ぐに目を向けて口を開く。
「……レヴィンがいなければ、私達は今ここにいません」
「……?」
「それに私は知っています……!レヴィンがずっと頑張っていること……修行も、お勉強だって毎日欠かさずに……」
「そんなの……成果が出なければ全部無意味よ……!」
「私はそうは思いません……それに成果ならもう出ています」
「……なんですって?」
「言いましたよね?レヴィンがいなければ私達はここにいないって……上級魔族の討伐は私達の誰か一人でも欠けていれば成せませんでした」
「フィ、フィル……っ」
その優しい言葉は……まだ何も成せていないと思い込んでいたレヴィンにとって、心に沁みる魔法だった。
「……レヴィンに謝ってください」
沈み切っていた心が少しだけ軽くなる。
同時に、何も出来ずにただ涙を流すだけの今の自分が凄く情けないものにレヴィンは感じた。
「……貴方、さっきから聞いていれば討伐隊の分際で誰に向かってそんな口を利いてるの?私は名門トゥローノ家の貴族よ……!」
……しかし、そんな彼女の言葉もレヴィンの姉には全く響かない。
それどころか肩をわなわなと震わせ、再びレヴィンの方を睨み付けながら詰め寄ってくる。
「アンタがお友達にちゃんと教育しないからよ……!とっても不愉快だわ……罰としてアンタがお友達にちゃあんと訂正させなさい……!」
「もうやめて、お姉様……ッ」
「あらまぁ、私に口答えするの?それもあのお友達とやらのご影響かしら?そんな悪い子には、お仕置きが必要ね……!」
「ッ!やめなさい!!」
しかし拒否した次の瞬間、フィルビーの絶叫が場に響き渡る。
理由は明白────姉がレヴィンに向け、腕を振り上げたからだ。
どうやら彼女の逆鱗に触れてしまったらしい。
────あぁ、いつものやつだ……
レヴィンはこれから自分の身に起きることを察すると共に、反射的にその身を屈めたのだった。
「……?」
しかし、痛みは襲って来なかった。
「おいおい、やりすぎだろ……!」
「ウォルフ……!」
いつの間にか目の前まで来た彼が、彼女の振り上げた腕を止めたからだ。
刹那、レーニスの魔力が膨らむ。
「汚い手で触らないで……!」
「うおっ!!」
「ウォルフさん!大丈夫ですか!?」
「おぅ…ギリギリな」
直後、雷の魔力が彼女の身体を覆い強制的にウォルフは飛び退かされる。
あのまま触れていれば間違いなく感電していただろう。
「チッ……おいレヴィン、イカれてんのか?オメーの姉ちゃんは」
「え、いや……」
「……イカれてんのはそっちでしょ?"魔族狩り"」
「俺を知ってんのかい」
「とんだ狂犬を飼ってたものだわ……やっぱりまともな集まりじゃなかったようね……!」
続けて現れた二人目の助っ人の登場にレーニスは心底不愉快そうに顔を歪めると、路地裏の外へ向かって歩き出す。
「はぁ、興が醒めたわ……退いて頂戴」
そしてすれ違い様にわざとらしくフィルビーに肩をぶつけると、最後に吐き捨てるように呟いた。
「他の隊員もまともじゃないでしょうね……上級魔族を倒した実績も嘘くさい……何か汚い手を使ったに決まってるわ…!」
「待って!!」
──────気付けば声が出ていた。
レヴィン自身も思いもしなかった行動に、たった今立ち去ろうとしたレーニスは足を止め「なに……?」と怪訝そうに振り向く。
その顔を見た瞬間、再び恐怖に挫けそうになるが……レヴィンはなんとか立ち直り、眼前の相手を真っ直ぐに見据える。
泣いてばかり……仲間に守られてばかり……そんな自分にも絶対譲れない、守りたいものがある────その思いを胸に、精一杯に口を開く。
「私のことはいい……でも私の大切な仲間を侮辱するのは……たとえお姉様でも許さない……!!」
言った。言ってやった。
過去に何度も打ち負かされたトラウマに、自身の思いの丈をぶつけたのだ。
「……!」
その行動が意外だったのか、流石の姉も一瞬目を丸くした。
────が、すぐに意地悪そうな笑みを浮かべ口を開く。
「へぇ、言うじゃない……ならアンタ、私と決闘してみる?」
「け、決闘……?」
「もしもアンタが勝ったら謝るし、一つだけ……望みを何でも聞いてあげる」
「私が負けたら……?」
彼女が提示した条件にレヴィンは違和感を感じ、すぐに聞き返す。
勝った場合の条件があるという事は、その逆も然りと言うことだ。
……その予想通り、レーニス・トゥローノは続けて悪魔のような条件を出してきた。
「アンタが負けたら……お友達とサヨナラしなさい」




