38話:アルス隊の今後
〜前回のあらすじ〜
宗教国家アミナス教国での事情聴取を終えた後、国の祭事である降臨祭まで身体を休めるアルス達を呼んだのは……スーヤ教の巫女レイアだった。
これまでの討伐功績を認められての一行の昇格、大陸北部の陥落、それを成した魔王の魔法────様々な大きな情報を伝えられた後、巫女からのある提案に勇者アルスが出した答えは……
※前半はレヴィン視点、後半はアルス視点です。
"スーヤ騎士団に入りませんか?"
崇拝の対象である巫女から言われたその言葉に、レヴィン・トゥローノは胸の高鳴りを抑えられなかった。
本来ならば魔法学校卒業時に漸く得られる中級魔導士の資格を与えられただけでも夢みたいな話なのに、まさか仲間達の活躍のおかげとはいえ自分があのスーヤ騎士団に誘われるとは……と。
「魅力的な提案に感謝します……差し支えなければ考える時間を頂きたい……自分と、皆の」
────しかし、その提案に対する答えは勇者であるアルスの進言により一先ず先送りにされる事となった。
・・・
「……てか、なんでアルスとシオンの姓名が同じなのよ?」
「そりゃあ私達、家族ですから!」
「いや、同じ孤児院出身の関係だよ」
そして現在、レヴィン達は改めてスーヤ騎士団に入るかどうかの相談するために寝泊まりしている宿屋の一室に集まっている。
アルスは幼馴染の冗談を軽く流すと、「それで……皆はどうしたい?」と本題に入ってきた。
「私は入るの賛成…かな、普通は入りたくても入れないんだし」
レヴィンの答えに迷いはない。
大陸最強の騎士団であるスーヤ騎士団は全魔法使いにとっての憧れであり、自身の家族も入隊を夢見ていた。
家族のことは嫌いだが、その想いについてはレヴィンも同じだ。
「迷うこたねぇんじゃねーか?しがない魔王討伐隊の俺らがあのスーヤ騎士団に入れんだろ?こいつは…これ以上ない上がりってやつじゃねぇか?」
次いでウォルフが拳を握って発言する。
珍しくレヴィンと同意見のようだ。
「オメーの親友を探すにしても悪くねー話な筈だぜ?騎士団の情報網を使えるだろうし、それがなくてもスーヤ騎士団は大陸中を駆け回るみてーだからな」
「それもそうだな……シオンとフィルビーは?」
「私はアルスに任せるわ」
「わ、私も……」
「ふむ……シオン、少し話がある……付いてきてくれ」
「?いいけど」
「皆、悪いが少し待っていてくれ……フィルビーは本当に俺に任せていいのか、よく考えておいてくれ」
────仲間の意見を一通り聞いた後、アルスは徐に立ち上がり……シオンを連れて部屋を出てしまった。
場に残されたのはレヴィン・ウォルフ・フィルビーの三名だけ。
「ここで話せばいいのに……アタシ達の前じゃ出来ない話なのかな」
「アイツらは俺らより前から仲間だったからな……そういう話もまぁあんだろ」
「幼馴染……少し羨ましいです」
二人の姿が消えた後、レヴィンの口から漏れたのは薄暗い不満の色。
一方で、ウォルフとフィルビーの二人は少し寂しそうな顔をしながらも受け入れていた。
大人だな……と感じると同時に、未だ子供みたいな事を言う自身が情けなく悔しさが込み上げてくる。
「アルス……私達のこと信じてないのかな」
「レヴィン……?」
「急にどした?最近おかしいぞお前」
「だって……」
その結果、レヴィンは城塞都市クヴィスリングの戦いで自身が感じた疑問を二人に話す事を選ぶ。
自身が一部始終を目撃した勇者アルスと上級魔族の紅い龍───フラストの戦い。
紅龍は確かに此方に攻撃の狙いを定めていた筈が、実際に放たれた熱線のような魔法は何故か明後日の方向へと空を切った。
その隙に勇者アルスが接近し、紅龍にトドメを刺したのだが……状況から考えて彼が敵の攻撃を何とかしたとしか思えない。
それなのにアルスはその事についてはぐらかしていた……何かを隠しているのは明白だ。
「なんで何も教えてくれないんだろ……私が頼りないからなのかな」
────もっと信じてほしい、頼ってほしい。
そんな切実な想いを吐くと、それまで神妙な面持ちで話を聞いていたウォルフが「ハッ」と鼻で笑う。
「バカお前……今までアイツの何を見てきたんだよ?」
「え?」
「ヴァイゼン村で戦った時のこと覚えてるか?あの時アイツはオメーの魔法に当たる危険も構わずに前に出た……オメーらを守るためだ」
「あ……」
「クヴィスリングでも、私達を守るためにたった一人で上級魔族に挑まれましたよね」
「そうだ……いつだって、アイツは俺達のために必死に身体を張ってくれたろうが」
二人の言葉を聞いて、レヴィンは思い出す。
自分を守ろうと必死に戦ってくれたアルスの後ろ姿。
自分の悩みに親身に寄り添ってくれたこと。
自分の魔法を頼ってくれたこと。
……どうして忘れていたんだろう。
「もし何か隠してることがあるとすりゃあ、それは俺らを信じてないんじゃなく……俺らのことを考えてのことだと思うぜ」
「待ちましょう……言ってくれるその日まで」
「……そっか」
多分、焦りからだ……とレヴィンは感じた。
日に日に自分の中で大きくなっていく赤髪の青年の存在。
そんな中、幼馴染の女性────シオンが現れたことで動揺し、いつの間にか彼を信じる気持ちまでもが揺らいでしまっていた。
……アルスはずっと、自分のことを信じてくれたというのに。
「ごめん……私バカだった」
その事に思い至ったレヴィンは反省し、自身の頬を軽く叩いて立ち上がり……二人に向かって宣言する。
「決めた……!私、スーヤ騎士団に入りたいけど……アルスが違う答えを出したら、私はそれに付いていくよ……!」
「俺も同じだ……元よりアイツだから組んだわけだしな」
「そうですね、私も同じ気持ちです……アルス隊は私にとって大切な居場所ですから」
「うん…!」
その決意に笑みを浮かべて同意してくれた二人。
彼等にレヴィンは笑顔を見せて頷き……心の中でもう一つの決意を密かに固めた。
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「そう……だったんだ」
「あぁ……」
勇者アルスは全てを語った。
幼馴染の二人と生き別れてから何が起きたのか、どうやって生きていたのか、今日この日までに至る道程を……全て。
今まで二人きりになる機会がなかったが故に打ち明けることが出来なかったその内容に、シオンは驚いた顔をしつつも取り乱すことなく最後まで話を聞いてくれた。
「それ……他の子達にはもう言ったの?」
「言えば負担を背負わせしまう……それに怖いんだ」
「私には……いいんだ?」
「シオンはあの時のことを、俺がどうなったかを知っている……嘘はつけない」
「……そっか」
────その理由を伝えた時の彼女の微笑んだ顔は何故か、どことなく憂いを帯びたもののようにアルスには見えた。
「シオン、改めて聞く……カリヴァはどうなったんだ?君はあれからどうやってクヴィスリングに?」
「……わからない」
「なに?」
「兄さんはあの時、たった一人で敵を足止めをして私を逃がしたの……」
そして自身の話をした後に、いよいよと切り出したのは……親友の妹であるシオンに今まで聞けていなかった勇者カリヴァの行方に関する話。
当時の状況を思い返すに、彼女であればその手掛かりを知っているかもしれない────そう考えたアルスの淡い希望を乗せた質問に、彼女は首を横に振ると共に持っていた手荷物からある物を取り出した。
「あの日、貴方に会うまで私は一人で戦ってきた……"魔力吸収"もそうやって戦ってるうちに身に付けたものよ」
────それは"勇者カリヴァの盾"と"勇者の証である紋章"の二つ。
盾の方は親友からシオンに手渡された時よりも損傷が強く……言葉通り、彼女が新たに勇者としてこれまで一人で戦い抜いてきた事を証明していた。
「だからごめん、私も知らないの……兄さんの行方」
「……そうか」
話を終えた後、アルスは口元に手を当てて今後の方針について考えを巡らす。
ウォルフの言う通り、スーヤ騎士団に入ればその広い情報網を使って親友の行方を探すことは出来るかもしれない。
しかしそうすれば自分達の行動の自由は今より遥かに制限される筈。
なにより入団せずとも、騎士団に勇者カリヴァの捜索を依頼するという形でもその情報網は使うことは可能だ。
シオンから得られるカリヴァの行方の手掛かり次第では……と思ったが、残念ながら何一つ掴むことは出来なかった。
それならば親友と再び会うために今、自分に最大限出来ることは……
「それで……これからどうするの?」
考えが纏まった時、聞こえてきたのは目の前にいる少女の声。
此方を見つめる彼女に、アルスは意を決して自身が選ぶ道を伝えようと口を開いた。
「俺は……このまま旅を続けるよ」
「……それで本当にいいの?あの子達と別れることになるかもよ?」
「それでも……待っているだけではいたくないんだ」
カリヴァ達を失った後に待っていたのは、自分の行動次第では何か変わったのではないかという後悔ばかりが頭を過ぎる……アルスにとって耐え難い毎日だった。
────だからこそ、かつての仲間の一人だったシオンと再会するという光明が差した今、もう待ちの姿勢でいることは勇者アルスには出来なかった。




