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夜叉丸党

 男の股間など見飽きている。

 

 初自身、元は男の身だし、大学の飲み会では、翌日、全裸で目覚めることも珍しくなかった。この時代に来てからも、宴席では家臣たちが裸踊りを始めるし、漁師たちに至っては基本、ふんどし一丁か、素っ裸で漁に出るのだ。

 

 数々の経験を経た初は、各々のサイズを比較できるくらいには、目が肥えていた。


「んー、歳の割には小ぶりかなぁ? やっぱこう、全体的に栄養が足りてない感じが」


 ふと、真顔でこちらを見下ろす夜叉丸に気付いて、初は肩を叩いた。


「ま、気にするな。これから身体が大きくなれば、一緒に大きくなるって」

「大きく……」

「そうそう。ちゃんと栄養のある食事をとれば、まだ望みはあるから」

「望み……」


 小屋の入口に固まった子分たちは、なぜか顔を引きつらせていた。「えげつねぇ」「人の心がねぇよ」得体のしれないものを見るような顔をして、囁き合っている。


 完全なる無と化していた夜叉丸は、はっ、と我に返ると、


「き、貴様っ……わしを侮辱する気かっ!」


 全裸のまま、小屋の隅に走り寄った。夜叉丸は、積み上げられていた藁束に手を突っ込み、一本の刀を抜き放った。


「そこに直れ! この阿婆擦れ、なますにしてやるっ!」


 錆びついて、刃毀はこぼれした刀を振り上げる夜叉丸に、子供たちは悲鳴を上げた。


「やめろ、青大将! 俺たちを巻き込むな!」

「誰か、あのほっかむりを押さえろ! 俺たちまで、とばっちりを食うぞ!」

「相手は、ただの蛙じゃ! 叩き潰しちまえ!」


 子供というのは、つくづく残酷なものである。


(ていうか、こいつ。実は、人望ないんじゃ……)


 半眼になった初の前で、夜叉丸は小刻みに震えている。


「お、お前ら……全員叩き切って!」

「やめといたほうがいいぞ、夜叉丸」


 逆上した夜叉丸を押しとどめたのは、伊助だった。

 頭に血が上った夜叉丸は、歯を軋り合わせながら、伊助に刃を向ける。


「なにを腑抜けとるんじゃ、伊助! だいたいこれは、お前の恥を雪ぐためであって……」

「この人、安宅家の姫なんだ。もし手ぇ出したら、武士だけじゃなくて、海生寺の衆人しゅとまで出てくるぞ」

「海生寺?」

「ほれ、青涯和尚の」


 夜叉丸は、ぎょっと身体を仰け反らせた。


「お前、海乱聖かいらんひじりの女か!?」

「は? かいらん?」


 なんだそれ? と、初は眉根を寄せる。

 話の流れからして、青涯和尚のあだ名だろうか? しかし、安宅荘では聞いたことない単語である。


「海生寺って、あの恐ろしい坊さんがいるっていう……」

「怪しげな術を使って、人を呪い殺すらしい」

「俺は、犬神人いぬじにんや巫女を使って、わっぱをさらうって聞いたぞ」

「そんな奴の女に手を出すなんて……」


 怪訝な顔をする初に、子供たちは、おぞましいものでも見たような顔を向ける。

 子分たちから、一斉に視線を向けられた夜叉丸は、一瞬、怯むような素振りを見せた。


「……っか、関係ねぇ! 相手が誰だろうと、俺ぁ引き下がらんぞ! 朋輩がやられたんじゃ、その落とし前をつけさせて……」

「俺、この姫様には命を助けてもらって」

「それを早く言え、馬鹿野郎!」


 夜叉丸は、伊助の頭を殴った。


 錆び付いた刀を小屋の隅に放る。夜叉丸は素っ裸のまま、その場に平伏した。


「このたびは、とんだ勘違いを! 朋輩の命の恩人に刃を向けるなど、知らぬこととはいえ許されざる所業でございます! かくなるうえは、この私めが腹、掻っ捌いて!」

「いや、いいからそういうの」

「しかし!」

「ほんとにいいから。それよりも、お前は早く服を着ろ。そんな格好じゃ、寒いだろ」

「なんと、お優しいお方でしょうか! この夜叉丸、ますますあなた様に心服してっ」

「だから、さっさと服を着ろって言ってんだろ! その見苦しいものを振り回すな!」


 にじり寄ってくる夜叉丸の顔を踏みつける。全裸の男に迫られたって、何一つ嬉しくない。


「お前ら、何をぼさぁっとしとる!? この方は、朋輩の命の恩人じゃぞ! もてなさんか!」


 子供たちは、その場で顔を見合わせた。表情に戸惑いを見せながらも、夜叉丸に急かされて、あたふたと動き始める。


「すみませんねぇ、こいつら気が利かなくて」

「お前は、先に服」


 いそいそと着物を拾いに行く夜叉丸。それと入れ違いに、年少の子供たちが近寄ってきた。


「なあなあ、あんた姫なのか?」

「姫って、なに? えらい人?」

「この着物売ったら、美味いものが」

「わかった! あとで何か食わせてやるから、髪に触らない!」


 ぐいぐい距離を詰めてくるのは、どこの幼子も変わらないらしい。


 幼児たちから距離を取りつつ、初はざっと子供盗賊団の面々を観察した。


 当然のことながら、皆、粗末な格好をしている。垢じみた衣服は、すでに元の色がわからないレベルだし、安宅荘にいる同年代の子供に比べて痩せている。


(ただ、貧しい割には表情が明るい)


 目の前で群れる幼児たち、小屋の中を片付けようと走り回る子供たちを見て、初は意外を感じた。


 堺や大坂へ行く道中では、それなりに貧しい者たちを見る機会があった。道端に座り込んだり、小走りにすれ違っていく者たちに共通していたのは、過度の無気力か、あるいは警戒心だ。


 何もかもを諦めたように、虚ろな目をする者。反対に、周囲のすべてを睨みつけ、一分の隙も見せまいとする者。いずれも明るさや朗らかさとは、無縁の表情をしていた。


 それに比べて、と初は小屋の中を見やる。


「もてなしって、どうするんだ? 酒でも出すか?」

「んなもん、どこにあるんだよ。とりあえず、昨日捕まえた、バッタとイモリを焼いてだな」

「馬っ鹿、武家のお姫様ひいさまがそんもん食うかよ! お前ら、ひとっ走り川向うまで行って、猿の肉を」

「あ、猿はちょっと」初は言った。

「ほれ見ろ、猿はダメだって言っただろ! 狸だ、狸! あと犬と川獺かわうそ!」

「おい、ごん爺さんが蛇を分けてくれたぞ! これをみんなで食おう!」


 わいわい騒ぎながら、もてなしの準備をする子供たち。幼子たちは、何やら美味いものが食べられそうだと、すでに涎を溢れさせている。


「あのう。これ、食べますか?」


 おずおずと、岩太が差し出してきたものを受け取る。木の根っこらしきものを手にして、初は小さく微笑んだ。


「これは、ちょっと……」

「そうですか……」


 すごすごと下がっていく岩太を目にして、初は懐に手を入れた。


「おい、夜叉丸」

「はい、なんでございましょう!」


 妙に愛想のよい夜叉丸に、初は紐で綴った銅銭を投げ渡した。


「それで、なにか買ってこい。ここにいる全員分な。あ、猿、犬、川獺、狸以外な。妙なものを買うんじゃないぞ」


 しばらく呆然と手のひらの上を見つめていた夜叉丸は「おい、聞いてるか」初に声を掛けられて、跳び上がった。そのまま風除けの筵を跳ね除けて、外に飛び出していく。他に数人の子供たちが、夜叉丸の後に続いた。


「……よろしかったんで? あいつ、あのまま銭を持ち逃げするかも」

「その時は、その時だ。その程度の奴に、一党の長は務まらんだろ?」


 振り返った初に、伊助は小さく目を見開いた。

次回の更新は、7月10日です。


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