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海賊の姫 ──熊野海賊興亡記──  作者: うつみ いっ筆
第二章

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河原

 子供盗賊の一団は、右に左に進路を変えた。

 後を追跡されないためだろう。おかげで初は、藪の中をどう通ったのか、途中からわからなくなっていた。


 藪から伸びた小枝が、初の顔を、手足を叩く。あまりの鬱陶しさに、大男に肩から降ろすよう頼むが

「や、夜叉丸に聞いてからでないと……」と、取り合ってくれない。


 散々藪の中を歩き回った末、ついに開けた場所へ出たとき、初は思わず、ほっと息を吐いた。


 大男の尻を眼下に見ながら、初は周囲の景色に目をやった。

 歩くたびに、かすかに土埃のあがる道を、大勢の人が行き交っている。大男に担がれた初に目を向ける者もいるが、視線が合うと、そそくさと立ち去ってしまう。


「薄情め」


 舌打ちしつつ、初は音にも集中した。


 水の流れる音がする。おそらく川だろう。


 大小いくつもの河川が流れる河内と和泉の周辺には、無数の湊が存在する。ここも、そうした川湊の一つだろう。辺りに見える建物の多さからは、比較的大きな町があると見受けられた。


 あまり裕福そうではない人の列に混じり、子供盗賊団は、掘っ立て小屋が建ち並ぶ河原へと降りていった。


(大きい川だな。舟の数も、かなりのもんだ)


 事前に、頼定や宗陽から聞いていた周辺の地形と、目の前の景色を照合する。

 これほど規模の大きな湊は限られる。大坂周辺となると、おそらくは渡辺津わたなべのつあたりか。


 川には、橋が架かっていた。立派な橋だ。初が、この時代に来て見た中では、もっとも大きな橋だろう。


 橋の下のわずかな土地には、粗末な小屋が建っていた。小屋といっても、橋を天井にして、橋桁からむしろを垂らしただけ。これでは風は防げても、暑さ寒さは防げまい。何より、河原に発生する虫の類には、何の意味もないはずだった。


「おい、お前らぁ! 棟梁のお帰りだぞ、出迎えはどうし……」

「あーっ、伊助だぁ!」

「伊助が帰ってきた!」

「何か食いものよこせ、伊助ぇー!」


 筵が跳ね上げられ、小屋の中から幼い子供たちが飛び出してくる。出迎えを期待した夜叉丸を無視して、子供たちは伊助に飛び掛かっていった。


「……って、お前もいたのか、伊助!?」


 今の今まで気付かなかった。驚く初に、伊助は子供たちに圧し掛かられながら、申し訳なさそうに会釈した。


「声を掛けるきっかけがなくて……」

「そういう問題か! ていうか、早く下ろしてくれ。さっきから、こいつの肩が腹に食い込んで痛い……」

「ねえ、この人だれぇ?」


 初は、幼い声に振り返った。


 まだ五、六歳ほどの男児が、大男に担がれた初を、物珍しそうに見上げている。男児の声に気付いた子供たちが、わらわらと近寄ってきて、初は急速に嫌な予感が膨れ上がった。


「伊助の女かぁ?」

「ばーか。こんなきれいな姉ちゃんが、伊助を相手するわけないだろ。きっと、夜叉丸がさらって来たんだよ」

「綺麗な着物ぉ。売ったら、うまいものが食べられるかなぁ?」


 子供たちの手が、初へと伸びる。無数に蠢く小さな指先に、初は悲鳴を上げた。


「やめろ、こら! 髪の毛を掴むんじゃない! 痛い、毛根が抜ける!? 着物を引っ張たら破れるから……待て、お前なにしようとしてる!? 待て、洟は、洟はダメ! それだけはヤメぎぃゃあぁぁぁぁーっ!?」

「おいっ! お前ら、俺を無視するな! 俺は、お前らの棟梁だぞ!?」


 夜叉丸が、群がる幼子たちを掻き分ける。

 いろいろなもので髪を汚され、気を失いかけた初を指さして、夜叉丸は叫んだ。


「こいつは、伊助を捕らえた奴らの一味じゃ! 朋輩が受けた恥辱は、我ら夜叉丸党が晴らさねばならん。この女には、相応の罰を受けさせるんじゃ!」

      









 子供盗賊団のねぐらは、あばら家というのも、おこがましいほどの有様だった。


 壁代わりの筵をめくると、むっと汗の臭いが漂ってくる。筵自体も穴だらけで、小屋の中には縁の欠けた木椀やら、桶の残骸。地面の上に敷かれた筵は泥で汚れ、小屋の隅には、何やら得体のしれない物体が積み上げられていた。


(スラム街って、こんな感じなのかな)


 現代では、画面の向こう側でしか見たことのない世界に、初は憂鬱になった。

 こんな場所で幼い子供たちが、身を寄せ合うようにして暮らしている。しかも、盗みを生業にして生計を立てているのだ。現代的な価値観を持つ人間なら、誰だって胸を痛めるだろう。


(先生は、ほんとにすごい人だったんだな。安宅荘の人間だけじゃなく、その外にまで救いの手を差し伸べてるなんて)


 戦乱で焼け出された人々を保護し、貧しいものに食事を与え、仕事を提供する。口で言うのは簡単だが、実際に成し遂げられる人間など、どれだけいるだろうか?


(俺の知識も、ちょっとは先生の役に立ってるといいんだけど──)


「おい、聞いてんのか女!?」


 物思いにふけっていた初は、耳障りな声に顔をしかめた。


「うるせぇな、おい。大声でわめくな。耳が悪くなったらどうすんだよ」

「こんのっ……お前、自分の立場が分かって!」


 こぶしを振り上げようとした夜叉丸を、周囲の者たちが止めにかかる。


「離せ、お前ら! 俺には、この女に報復する義務がだなっ」

「馬鹿か、お前!? 相手は、武家の姫だぞ。手ぇ出したら、どんな目に遭わされるか!」

「おめぇだけならともかく、俺たちまでとばっちりを食うのは勘弁じゃ!」


 取りついているのは、盗賊団の中でも、年長の者たちだ。


 顔を真っ赤にして暴れる夜叉丸を取り押さえながら、子分たちは、ちらちらと初の様子をうかがっている。初が視線を向けると、途端に顔を赤くして、うつむいた。


 まあ、こういう見た目だしなぁ、といつもの反応に、初も慣れつつあった。


「命あっての物種じゃ! 伊助だって帰ってきたんだから、こんな女、今すぐ放り出してっ」

「だからダメなんじゃ、お前らはっ!」


 狭い小屋の中で暴れるものだから、無駄に埃が立つ。


 初は、着物の袖で口元を覆った。泥やら残飯やらを引っかぶった夜叉丸が、自ら前のめりに倒れると、それに合わせて子分たちも転がる。揉みくちゃになった子分たちを蹴り飛ばし、殴りつけて、夜叉丸は吠えた。


「俺たちは、ガキの集まりじゃ! 頼る相手もいなければ、後ろ盾もない。わずかでも隙を見せれば、たかられ、嬲り者にされるっ!

 俺たちは皆、舐められたら終わりなんじゃ! 相手が武家だろうが大名だろうが、我らを侮った奴はタダではおかん! それが世の中の道理というものよ!」


 演説をぶつ夜叉丸に、初はわずかながら感心した。


 こいつもこいつなりに、仲間を守ろうとしているのか。考え方はアレだが、この時代では一般的な価値観ともいえる。


 肩を怒らせた夜叉丸は、おどおどと、一連の成り行きを見守っていた伊助を振り返った。


「朋輩の屈辱は、俺たち全員の屈辱じゃ。伊助、お前もこいつの一党に捕まって、酷い目に遭わされたんじゃろう?」

「いや、別にそんなこと……」

「さあ、相当そうとうの義じゃ、相当の義! 伊助の屈辱を、俺たちが晴らすんじゃ!」


 気炎を上げる夜叉丸に、子分たちは顔を見合わせる。


「……相当って、どうすんだよ?」

「まさか、武士の屋敷に乗り込むつもりじゃ」


 不安がる子分たちに、夜叉丸は不敵な笑みを浮かべた。本人はキメ顔のつもりだろうが、やや出っ張り気味の前歯のせいで、妙なおかしみが感じられる。


「決まっとるじゃろう。この女に、俺たちが味わったのと、同じだけの屈辱を味わわせるんじゃ。よう見とれ!」


 言うなり夜叉丸は、垢じみた衣服を脱ぎ捨てた。黄ばんだふんどしも取り去り、素っ裸になって仁王立ちした。


「どうじゃ、声も出まい。蝶よ花よと育てられてきた姫様では、目にしたこともなかろうて」


 うんうんと、一人うなずく夜叉丸をよそに、初は股間にぶら下がったものを、まじまじと観察した。


「俺のフグリは、大枝山おおえやまに住む鬼も裸足で逃げ出す一品よ。今からこれを、存分に味わわせて……」

「小さいな」


 ぽつり、初は漏らした。思わずこぼれた本音だった。

次回の更新は、7月7日です。


今週も、なかなか執筆時間が取れない……しばらく三日ごとの更新が続きそうです。


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