河原
子供盗賊の一団は、右に左に進路を変えた。
後を追跡されないためだろう。おかげで初は、藪の中をどう通ったのか、途中からわからなくなっていた。
藪から伸びた小枝が、初の顔を、手足を叩く。あまりの鬱陶しさに、大男に肩から降ろすよう頼むが
「や、夜叉丸に聞いてからでないと……」と、取り合ってくれない。
散々藪の中を歩き回った末、ついに開けた場所へ出たとき、初は思わず、ほっと息を吐いた。
大男の尻を眼下に見ながら、初は周囲の景色に目をやった。
歩くたびに、かすかに土埃のあがる道を、大勢の人が行き交っている。大男に担がれた初に目を向ける者もいるが、視線が合うと、そそくさと立ち去ってしまう。
「薄情め」
舌打ちしつつ、初は音にも集中した。
水の流れる音がする。おそらく川だろう。
大小いくつもの河川が流れる河内と和泉の周辺には、無数の湊が存在する。ここも、そうした川湊の一つだろう。辺りに見える建物の多さからは、比較的大きな町があると見受けられた。
あまり裕福そうではない人の列に混じり、子供盗賊団は、掘っ立て小屋が建ち並ぶ河原へと降りていった。
(大きい川だな。舟の数も、かなりのもんだ)
事前に、頼定や宗陽から聞いていた周辺の地形と、目の前の景色を照合する。
これほど規模の大きな湊は限られる。大坂周辺となると、おそらくは渡辺津あたりか。
川には、橋が架かっていた。立派な橋だ。初が、この時代に来て見た中では、もっとも大きな橋だろう。
橋の下のわずかな土地には、粗末な小屋が建っていた。小屋といっても、橋を天井にして、橋桁から筵を垂らしただけ。これでは風は防げても、暑さ寒さは防げまい。何より、河原に発生する虫の類には、何の意味もないはずだった。
「おい、お前らぁ! 棟梁のお帰りだぞ、出迎えはどうし……」
「あーっ、伊助だぁ!」
「伊助が帰ってきた!」
「何か食いものよこせ、伊助ぇー!」
筵が跳ね上げられ、小屋の中から幼い子供たちが飛び出してくる。出迎えを期待した夜叉丸を無視して、子供たちは伊助に飛び掛かっていった。
「……って、お前もいたのか、伊助!?」
今の今まで気付かなかった。驚く初に、伊助は子供たちに圧し掛かられながら、申し訳なさそうに会釈した。
「声を掛けるきっかけがなくて……」
「そういう問題か! ていうか、早く下ろしてくれ。さっきから、こいつの肩が腹に食い込んで痛い……」
「ねえ、この人だれぇ?」
初は、幼い声に振り返った。
まだ五、六歳ほどの男児が、大男に担がれた初を、物珍しそうに見上げている。男児の声に気付いた子供たちが、わらわらと近寄ってきて、初は急速に嫌な予感が膨れ上がった。
「伊助の女かぁ?」
「ばーか。こんなきれいな姉ちゃんが、伊助を相手するわけないだろ。きっと、夜叉丸がさらって来たんだよ」
「綺麗な着物ぉ。売ったら、うまいものが食べられるかなぁ?」
子供たちの手が、初へと伸びる。無数に蠢く小さな指先に、初は悲鳴を上げた。
「やめろ、こら! 髪の毛を掴むんじゃない! 痛い、毛根が抜ける!? 着物を引っ張たら破れるから……待て、お前なにしようとしてる!? 待て、洟は、洟はダメ! それだけはヤメぎぃゃあぁぁぁぁーっ!?」
「おいっ! お前ら、俺を無視するな! 俺は、お前らの棟梁だぞ!?」
夜叉丸が、群がる幼子たちを掻き分ける。
いろいろなもので髪を汚され、気を失いかけた初を指さして、夜叉丸は叫んだ。
「こいつは、伊助を捕らえた奴らの一味じゃ! 朋輩が受けた恥辱は、我ら夜叉丸党が晴らさねばならん。この女には、相応の罰を受けさせるんじゃ!」
子供盗賊団のねぐらは、あばら家というのも、おこがましいほどの有様だった。
壁代わりの筵をめくると、むっと汗の臭いが漂ってくる。筵自体も穴だらけで、小屋の中には縁の欠けた木椀やら、桶の残骸。地面の上に敷かれた筵は泥で汚れ、小屋の隅には、何やら得体のしれない物体が積み上げられていた。
(スラム街って、こんな感じなのかな)
現代では、画面の向こう側でしか見たことのない世界に、初は憂鬱になった。
こんな場所で幼い子供たちが、身を寄せ合うようにして暮らしている。しかも、盗みを生業にして生計を立てているのだ。現代的な価値観を持つ人間なら、誰だって胸を痛めるだろう。
(先生は、ほんとにすごい人だったんだな。安宅荘の人間だけじゃなく、その外にまで救いの手を差し伸べてるなんて)
戦乱で焼け出された人々を保護し、貧しいものに食事を与え、仕事を提供する。口で言うのは簡単だが、実際に成し遂げられる人間など、どれだけいるだろうか?
(俺の知識も、ちょっとは先生の役に立ってるといいんだけど──)
「おい、聞いてんのか女!?」
物思いにふけっていた初は、耳障りな声に顔をしかめた。
「うるせぇな、おい。大声でわめくな。耳が悪くなったらどうすんだよ」
「こんのっ……お前、自分の立場が分かって!」
こぶしを振り上げようとした夜叉丸を、周囲の者たちが止めにかかる。
「離せ、お前ら! 俺には、この女に報復する義務がだなっ」
「馬鹿か、お前!? 相手は、武家の姫だぞ。手ぇ出したら、どんな目に遭わされるか!」
「おめぇだけならともかく、俺たちまでとばっちりを食うのは勘弁じゃ!」
取りついているのは、盗賊団の中でも、年長の者たちだ。
顔を真っ赤にして暴れる夜叉丸を取り押さえながら、子分たちは、ちらちらと初の様子をうかがっている。初が視線を向けると、途端に顔を赤くして、うつむいた。
まあ、こういう見た目だしなぁ、といつもの反応に、初も慣れつつあった。
「命あっての物種じゃ! 伊助だって帰ってきたんだから、こんな女、今すぐ放り出してっ」
「だからダメなんじゃ、お前らはっ!」
狭い小屋の中で暴れるものだから、無駄に埃が立つ。
初は、着物の袖で口元を覆った。泥やら残飯やらを引っかぶった夜叉丸が、自ら前のめりに倒れると、それに合わせて子分たちも転がる。揉みくちゃになった子分たちを蹴り飛ばし、殴りつけて、夜叉丸は吠えた。
「俺たちは、ガキの集まりじゃ! 頼る相手もいなければ、後ろ盾もない。わずかでも隙を見せれば、たかられ、嬲り者にされるっ!
俺たちは皆、舐められたら終わりなんじゃ! 相手が武家だろうが大名だろうが、我らを侮った奴はタダではおかん! それが世の中の道理というものよ!」
演説をぶつ夜叉丸に、初はわずかながら感心した。
こいつもこいつなりに、仲間を守ろうとしているのか。考え方はアレだが、この時代では一般的な価値観ともいえる。
肩を怒らせた夜叉丸は、おどおどと、一連の成り行きを見守っていた伊助を振り返った。
「朋輩の屈辱は、俺たち全員の屈辱じゃ。伊助、お前もこいつの一党に捕まって、酷い目に遭わされたんじゃろう?」
「いや、別にそんなこと……」
「さあ、相当の義じゃ、相当の義! 伊助の屈辱を、俺たちが晴らすんじゃ!」
気炎を上げる夜叉丸に、子分たちは顔を見合わせる。
「……相当って、どうすんだよ?」
「まさか、武士の屋敷に乗り込むつもりじゃ」
不安がる子分たちに、夜叉丸は不敵な笑みを浮かべた。本人はキメ顔のつもりだろうが、やや出っ張り気味の前歯のせいで、妙なおかしみが感じられる。
「決まっとるじゃろう。この女に、俺たちが味わったのと、同じだけの屈辱を味わわせるんじゃ。よう見とれ!」
言うなり夜叉丸は、垢じみた衣服を脱ぎ捨てた。黄ばんだふんどしも取り去り、素っ裸になって仁王立ちした。
「どうじゃ、声も出まい。蝶よ花よと育てられてきた姫様では、目にしたこともなかろうて」
うんうんと、一人うなずく夜叉丸をよそに、初は股間にぶら下がったものを、まじまじと観察した。
「俺のフグリは、大枝山に住む鬼も裸足で逃げ出す一品よ。今からこれを、存分に味わわせて……」
「小さいな」
ぽつり、初は漏らした。思わずこぼれた本音だった。
次回の更新は、7月7日です。
今週も、なかなか執筆時間が取れない……しばらく三日ごとの更新が続きそうです。
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