Act.4 姉妹の真実
「あの、ヤシロさん…」
「なぁに?」
「これからどこに行くんですか」
「ふふ、それは秘密。レディに吃驚してほしいからさ。サプライズだよ」
「はぁ…?」
真夜中になる凡そ1時間くらい前だろうか。眠っていたカトリシアをアカシの相方だと名乗った青年が起こし、外へと連れ出されたのは。
ヤシロ・ミナイと再度名乗ってくれた青年はアカシよりも優しく、また紳士的だった。アカシは見目麗しけれどどこか事務的な(と言ったら悪いのだろうが)感じだったからだ。そんなヤシロに手を引かれ、カトリシアは夜も更けてささやかな月影が照らす道を歩いていた。
どうも手持無沙汰でカトリシアは導くヤシロを見上げる。
身長はアカシと同じくらいだろう、彼も長身だった。しかし体格はアカシと比べればいささか華奢であった。だがヤシロの身のこなしを見るにつくべき部分の筋肉はしっかりとあるのだろう、着やせするたちなのかもしれない。
彼もまたその容貌は東洋系のものだった。夜闇を溶かしたような射干玉の髪、雪花石膏もかくやという肌、鼻は尾根のようで髪と同じ色の柳眉と睫毛が彩っている。違うのは虹彩の色だった。アカシは黒檀のような瞳であったが、ヤシロは反対に色素が抜け落ちたような銀灰色であった。彼は東洋と外つ国とのハーフかなにかなのかもしれない。
髪の毛はアカシよりいささか短めに切りそろえられており、これまたアカシとは逆の右耳に金色の十字架のピアスがあった。十字架の中心には紅玉だろうか、小さな石がはまっている。
服装は何故か黒の燕尾服に白のワイシャツと白の蝶ネクタイ。葬儀屋なのに。どちらかというと結婚式の新郎のような服装に首を傾げた。
「レディ、歩き疲れたりしてない?」
「あ、いえ、大丈夫です」
ヤシロがこちらを見下ろして優しく笑った。我に返りながらも月に照らされた青年に頬が知らず熱くなる。
こういう対応の男性には慣れない。姉のパトリシアは清楚でこうした場面をよく見たものだが、お転婆なカトリシアは年頃の少年たちからもほぼ同列に扱われていたからだ。少しだけ姉を羨ましく思った気持ちがないでもなかった。
「はい、到着。暗いから足元に気を付けてレディ」
「はい」
見渡せば見覚えがある場所だった。
「……ここ……」
「レディが知ってる場所だよ。2週間前にレーメ家のご葬儀が行われた場所だからね」
そう、確かにそうだった。事故にあって死んだ姉の葬列がこの道を通った。カトリシアは半ば呆然としながらその様子を他人事のように眺めた。
突然すぎて零す涙さえ分からなかった。
そんな苦くて苦しい思い出のある場所へなんでまた。
「……理由はもう少ししたらわかるよ。レディ」
「え」
「こちらへ」
再びヤシロに手を引かれて歩く。葬列と同じように教会に隣接された墓地へと続く、レンガ敷きの小道を歩く。幼い頃、何も知らなかった頃はこの道がオズの魔法使いに出てくるエメラルドの都へ続く道のように見えた。姉にそう話せば、姉は目を輝かせ、それは素敵だわ、と頷いてくれた。
だがしかし、この道はエメラルドの都に続くものではなく、モノクロに彩られた静謐な眠りの都に続くものである。
キィと小さな音を立てて開いた鉄の扉を押し開け、小道から今度は草地へと進む。そうして進んでいけば、開けた場所についた。
目の前には真新しい、草も生えていない土と立つ墓標。
その横に立つ、真っ黒な青年。
「アカシさん…?」
そこは、パトリシアの眠る場所だ。
ふ、と雲が切れる。霧深い街にしては珍しく、月光が明るく照らした。
アカシの手元にはランタンがある。ぼんやりとした橙色の光は、ヤシロとは反対の色のアカシを浮かび上がらせた。
黒の帽子、黒の燕尾服、ダークグレーのワイシャツ、黒の蝶ネクタイ。
「あの、これは一体…」
「カトリシアさん」
言いかけたカトリシアを遮るようなアカシの声が静かな墓地に響く。
「この墓標はどなたのものだと思われますか?」
「え、姉の…パトリシアのものですけど…」
面喰ったカトリシアは小さな声で答える。
「……いいえ、違うわカトリシア」
割って入った声はカトリシアの声と酷似していて。アカシはす、と墓標の横から離れ、ランタンの灯りを奥の暗闇に向ける。
柔らかな草を靴が踏む音とともに、暗がりから現れたのは。
「パトリシア……?」
青ざめた肌のカトリシアの双子の姉だった。パトリシアはしずしずとこちらに歩いてくる。カトリシアは思わず後ずさった。そのカトリシアの肩に置かれた手。ヤシロのものだ。
「だめだよレディ」
「いや! 離してください、パトリシアが、死んだ姉が…!」
「逃げないで、カトリシア」
そういうパトリシアが近づいてくる。カトリシアは恐怖に濡れた瞳でヤシロを見上げた。ヤシロは真っ直ぐにパトリシアを見ている。
「なんで、ヤシロさん…!」
「カトリシア」
はっと気づけば己とよく似た相貌の姉が目の前にいた。ヒッと引き攣った空気が喉奥から漏れる。
パトリシアの手が伸ばされる。
カトリシアは恐怖のままに双子の姉を突き飛ばそうとした。
「嫌っ!」
するりと。
瞳を見開く。
なんで、どうして。
―――どうして私の手がパトリシアの身体をすり抜けるの。
「…漸く、話せた」
泣きそうな顔のパトリシアがこちらに触ろうとする。しかし触れることは叶わず、カトリシアの頬のあたりに手のひらがあがるに留まった。
「カトリシアさん。もう1度お聞きします。この墓標は…どなたのものですか?」
巡る。
記憶が渦巻く。
カトリシアの中を走馬灯が駆け巡る。
そしていきついた記憶の終着点は。
「……わたし……しんだの…?」




