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モノクロ・エレジー~葬儀屋哀歌~  作者: 千聖
第一章 モノクロ・レクイエム
3/6

Act.2 雨の日の出来事



「どうぞ、お入りくださいませ」

「失礼いたします」

 扉を開けたカトリシアに断り、するりと玄関扉を抜ける。中は想像と違わず広く、立派な造りであった。置かれている調度品も趣味のよいもので、屋敷と合っている。入ってすぐは吹き抜けのホールになっており、二階からは陽光が差し込むようになっているようだ。霧深いこの街では僅かな日光も欲しいところなので、それを見越しての設計なのかもしれない。しかし。

「…陰鬱ですね」

 思わずそう感想を漏らす。カトリシアがそれに苦笑いをした。

「反論できません。姉が亡くなってからこの家はとても静かになりましたもの。空気が澱んでしまっているようで嫌なのですが…家人が開けたがらないもので」

「家人?」

「ええ。一応メイドがいますので、掃除などは彼女に任せています。明るいとても気の好い人なんです」

「そうですか…」

「ほら、来ましたわ」

 カトリシアが言えば、奥から物音に気付いたのだろう女性が一人ぱたぱたとやってきた。彼女がカトリシアの言うメイドだろう。

 アカシはシルクハットを取り、丁寧にお辞儀をする。メイドは慌てたようにお辞儀をする。

「申し訳ございません、わたくしとしたことがチャイムの音が聞こえなかったようで。お客様をお待たせしてしまいました」

「いいえ、構いません。驚かせてしまったようでこちらこそ申し訳ない。お邪魔させていただいています」

「それで、ミスター、我が家にどういったご用件でございましょうか? 旦那様や奥様から来客があるとはお聞きしておりませんでしたが、旦那さま方へのご用事でしたら御取次ぎさせていただきますわ」

「いえ、この家のご主人への個人的な客というわけではありません」

「でしたら一体?」

 不思議そうにするメイドにアカシはひたりと黒檀の瞳を据える。

「私はアカシ・カナドメと言います。この家のご令嬢、カトリシア様からご依頼があって参りました」

 アカシの言葉にメイドが固まる。次いで、みるみる血の気が引いていった。

「カトリシア、お嬢様から、ですか…?」

「はい。カトリシア様から一筆いただいておりますが、確認いたしますか?」

「…いいえ、お嬢様がそんなことをおふざけでもする筈がございません。至急旦那様に取り次がせていただきますのでお待ちくださいまし」

 青ざめたメイドは振り絞るような声音でそう言い、アカシをゲストルームへと案内する。その後ろをカトリシアがしずしずとついてきた。

 お辞儀をしてメイドが部屋を辞した後、カトリシアが寂しそうに言葉をこぼした。

「最近、ずっとああなんです。私の名前や、姉の名前が出るたびに青ざめて怯えるんですよ」

「あの方はこちらに勤めて長いんですか?」

「長いですね。私と姉が生まれる前からこの屋敷で両親に仕えていたと聞きます」

「貴女と姉君ととても親しい仲だったんですか」

「彼女はメイドですが、私たちの乳母でもありました。私たちをとても可愛がってくれています」

「そうですか…」

 ふむ、とアカシが顎に手を当てる。カトリシアはその様子を見つめる。

「時にカトリシアさん」

「はい?」

「貴女が姉君の姿を見かけるのは夜と言っていましたね」

「そうです」

「貴女以外のご家族は見たことはないのでしょうか? また、それを家族に聞いたことはありますか」

「両親は分かりませんが、メイドは見たことがあると思います。彼女が酷く恐ろしいものを見たと母に話すのを聞いてしまったことがあって。姉の葬儀が終わってすぐのことだったと思います」

「そうですか…。わかりました」

 アカシはカトリシアの言葉に頷き、また考えに耽っているようだ。アカシの横顔を眺めながら、つくづく容姿の整った男だと思う。カトリシアも年頃、異性への興味はある。そしてそれが、エキゾチックな雰囲気を持つ美青年ならなおさら。

 そうしているうちに、ゲストルームの扉が開く音がした。

 没頭していたアカシも気づいたのだろう、居住まいを正す。

「失礼、お待たせして申し訳ない」

「こちらこそ、突然のご無礼をお許しください」

 部屋に入ってきた初老の男性にアカシは立ち上がり、礼をする。白髪混じりの茶髪の男性だ。どことなくカトリシアに似ている。彼がレーメ姉妹の父親。

「私はこの家の当主、アルベルトと申します。貴方が娘が依頼をしたという葬儀屋の方ですね」

「アカシ・カナドメと申します。此度は依頼主カトリシア様のご依頼について伺いに参りました」

「どうぞおかけください、ミスター・カナドメ」

 アルベルトに勧められ、再びソファに座る。そこに先ほどのメイドがカップを置いた。置かれたカップは2脚。なみなみと注がれた琥珀色の紅茶からふわりと匂い立つ。

 それにアカシの瞳が細まった。

「急ぎで済まないが、本題に入らせていただいてもよろしいか」

「はい、構いません」

「娘は―――カトリシアは貴方に一体どのような依頼をしたのでしょうか」

「カトリシア様からお聞きしたのは、夜な夜なカトリシア様の元に双子の姉君のパトリシア様が現れるという話です。カトリシア様に向かって悲しそうな顔で何かを訴えている。カトリシア様は姉君の憂いを晴らしたいと仰っておりました。姉君の憂いを晴らすには祈りと弔いだとお考えになったのでしょう。そうして我々の営む葬儀屋にいらっしゃったのです」

 アカシが静かに伝えれば、アルベルトは白い面を伏せる。

「カトリシアは…パトリシアが悲しんでいると…?」

「そう仰っていましたね」

「…私たちが悪いのです。あの日、あの子たちから目を離さなければあんなことにはなりませんでした」

 アルベルトの言葉に、ソファに座っていたカトリシアが心なし小さくなる。

「あの日は、いつものように霧深く、そして雨が降っていました。私たちと娘たちでオペラを鑑賞しに行く予定だったのです。娘たちは朝からそわそわしていて…とても楽しみにしていました。移動のために家を出て、汽車に乗ろうと駅についた時です。妻がオペラのチケットを玄関先に置いてきてしまったと言ったのです」


―――幸いにも、チケットを取りに戻る時間はありました。急げばなんとか間に合うだろうと。

 私は妻と娘たちにチケットを取りに戻るからホームで待つようにと言い聞かせました。しかし、お転婆な気質もあったカトリシアは自分が取りに戻ると言って聞きませんでした。

 私が行くよりカトリシアが戻ったほうが早い。駆けて戻ってくるからと。

 でも雨は強くなっていて、とてもではないが娘だけで家に戻すのはできなかったのです。

 そのうち、パトリシアも一緒に戻ると言い始めました。一人でだめなら二人で行くからと。

 私は娘たちを止めなかった。二人なら大丈夫だろうと私も妻も思ったのです。

 駅の入口までついていき、娘二人に傘を持たせて見送りました。気を付けるんだよ、雨の日は事故が多いのだからと言いました。

 娘たちはうなずき、二人そろって戻っていきました。ですが、待てど暮らせど帰ってこない。汽車の出発時刻をとうに過ぎても娘たちの姿は見えない。

 私も妻も不安になり、一度家に帰ることにしました。どこかで道草をしているのかもしれない、チケットが見当たらなくて探しているのかもしれない。嫌な予感を誤魔化すように考えながら戻りました。

 家まで半分ほどまでの距離に来たときです。にわかに通りが騒がしいのに気付きました。

 あんなに、心臓の音が大きく聞こえたことはありません。何かに急かされるように私と妻はその通りに出ました。

 着いて目に入ったのは傘。私と妻が、娘たちに持たせた傘でした。茫然とする私たちに近くの野次馬が気づいたのです。野次馬の中には近所に住んでいた者がいました。そうして、私たちを悪夢に突き落とす一言を告げたのです。


「…『おたくの双子の御嬢さんが事故にあった』と」

 アルベルトの声にカトリシアがいたたまれなさそうに、それから小さく「ごめんなさい、お父様」と呟く。

「娘二人は通りを渡っていたところを雨と霧で視界が悪く見えなかったために減速せずにきた馬車とぶつかりました。見ていた者によると娘たちの身体は勢いよく跳ね飛ばされ…人形のようにべしゃりと落ちたのだそうです。瞬く間に広がる血だまりの中に、パトリシアを守るように抱きしめたカトリシアが倒れていたと聞きました」

「…その後は」

「娘たちは病院に運ばれましたが意識は戻らず…。一人は亡くなりました。そして、もう一人は双子の片方が亡くなったと同時に意識が戻りました」

 アルベルトの話にアカシは瞑目し、小さく頭を下げる。

「…おつらいでしょうに、ありがとうございました、ご当主」

「…今でも、考えてしまうのです。こうしてお客様と話しているとカトリシアがやってきて後ろからパトリシアも来て。扉から覗き込んでいるような気がするのです」

「ご当主は娘様たちをとても愛しておいでだったのですね」

「目に入れても痛くないほどでしたから。妻はあの事故以来、葬儀が終わると同時に崩れるように体調を悪くしてしまいました。今も臥せっています。メイドもどこか怯えたような素振りをしていまして…。八方塞がりとはこのようなことを言うのでしょうな」

 自嘲気味に笑ったアルベルトはアカシの見つめ深々と頭を垂れる。

「ミスター・カナドメ。どうか、娘を安らかな眠りにつかせてやってくださいませんか」

「…お任せください。我々は一度引き受けたご依頼を中途に投げ出すことはいたしません」

 アカシがきっぱりと言い切れば、アルベルトは漸く笑みを見せた。それでも疲れたようなくたびれた笑顔ではあったが。

「アカシさん、私からもお願いします。どうか、姉を神の御許にお導きください」

 カトリシアも頭を下げ、それを視界に入れたアカシは首肯してみせた。


「…つきましてはご当主。無理を承知で言いますが、奥方様にお目通りはかないますか」

「…妻、ですか?」

「短い時間で構いません、どうしても奥方様に一つお尋ねしたいことがあるのです」

 アカシの申し出に首を傾げたアルベルト。

 アカシはその黒檀に不思議な光りを宿していた。

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