Act.0 霧深い街の噂
その街は国の外れにあった。首都から離れたその街はどこか退廃的な雰囲気が漂う。霧深いそこは、“霧の街”ともその空気から“魔女の街”とも呼ばれていた。 実際街には古めかしい教会もあるし、隣接された墓地もある。そして、魔女の名がつくに相応しい黒々と聳え立つ塔も。
そしてまことしやかに流れる噂が一つ。
―――“そこには、魔女が営む葬儀屋がある”と。
“魔女が営む葬儀屋は特別な者しか入ることができない”、“魔女が葬儀を執り行えるのは死者のみ”。そんな摩訶不思議な噂が流れるものの、その魔女とは誰なのか、どこにそれがあるのか、わからないのだ。多くの者は霧深い街に引かれてそんな眉唾な噂が立ったのだろうと考えた。
そして彼女もその一人であったはずなのだ、今日までは。
◇ ◇ ◇
「…それで、貴女はどういったご用件なのですか?」
目の前の青年がひた、とこちらを見据える。その鋭いとも言える眼光に彼女は見透かされそうになりながらも、己を叱咤して唇を開く。
「…私の、死んだ双子の姉が夜な夜な枕元に立つのです。姉の葬儀はすでに終わっております。両親や親類、姉を慕う多くの方に見送られて埋葬いたしました。ですのに…」
「今貴女の前に現れているのですね、貴女の姉君は」
「はい」
「貴女はその姉君が怖いのですか?」
「え?」
唐突に尋ねられて彼女はきょとりとした。目の前の青年はさも当然のような顔でテーブルに置かれた紅茶のティーカップに手を伸ばしている。
「いくら亡くなられているとはいえ、貴女の双子の姉君なんでしょう? そんなに恐ろしい亡くなり方や、形相をなさっているのですか?」
「いえ、姉は―――パトリシアは事故死でした。ですが、死に顔は恐ろしいものでもございません。私の元に現れるときも…どちらかというと、恨みつらみという顔ではなく、ひたすら、悲しんだ顔なのです」
「それでも恐ろしい、と」
「恐ろしい、という言葉が合っているかはわかりませんが、すでに葬儀も済んだ姉がいつまでもこの世を彷徨っていると思うといたたまれないのです。そして悲しんでいる。私は姉の未練が何か残っているのなら、それを取り除いてやりたいのです。ここは、“そういう葬儀屋”ですよね?」
「ええ、まぁ。“死者の為の葬儀屋”、ですね」
彼女の言葉に青年は一口紅茶を飲んでから頷く。
そして、青年は自らの後ろの方、窓際に置かれたソファセットに座る男女を見た。
「…お引き受けする案件かと思いますが、いかがいたしますかヴァレリ」
青年の問いかけに一人掛けソファに座っていた、黄金色の巻き毛の少女が立ち上がる。
「え」
「初めまして、お嬢さん。私がこの“ファルブロス”の代表、ヴァレリ・オーベルジーヌです。貴女のご依頼、お引き受けしましょう」
まさか。こんな、己と同じかそれより年下に見える少女が葬儀屋の代表というのか。驚き瞠る彼女から疑問は察したらしい葬儀屋の代表は安心させるような笑顔を見せる。
「私、見た目よりはずっと年がいっているのよ。貴女の倍、はね?」
「まさか…」
「最初にヴァレリを見た方はみなさん同じ感想を持たれますね。貴女が特段おかしいわけではありませんから、ご安心を」
青年の言葉に彼女は視線を青年に戻す。
「貴女の案件を担当するのは彼よ。後は彼の相方」
「アカシ・カナドメと言います。そしてサポートをするのがこの男です」
青年がそう言えば、ソファセットを立ち上がったもう一人の細身の青年。
「ヤシロ・ミナイといいます、レディ」
彼女の手をとり、さり気なく指先に唇をつけるヤシロと名乗った青年はにこりとした。それから、問うた。
「失礼、レディのお名前をまだお聞きしていませんでした。お教えくださいますか?」
「…カトリシア・レーメといいます」
そう言えば名乗っていなかった。と言うより、名乗らせてもらえなかった。この葬儀屋に入ってソファに座るよう促され、修道女に紅茶を供され。目の前に陣取るように座ったアカシという青年に用件を聞かれ。名乗る隙もなかった。
「…ああ、うちでは用件を聞いてから引き受けるか受けないかをヴァレリ―――所長が判断しますので。聞く前に名前を名乗られても無意味になることもあります」
「なるほど…」
そういうものなのか。機転がきくのだろう、カトリシアが疑問を口にする前に回答されるのはいささか不気味ではあるが。
「では改めて。ようこそ、カトリシア様。“魔女の葬儀屋”、ファルブロスへ。貴女様の憂い、総て晴らしてみせましょう」
そう優雅にお辞儀をした葬儀屋達に、カトリシアは小さく「よろしくお願いします」と言うのがやっとだった。




