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第29話

Another Story

  綾野 祐介

第29話


 恩田の話はこうだった。


 恩田の妻、つまり新山教授の娘さんである

恩田沙織さんが末期の子宮がんと診断された

のだそうだ。転移が酷く治癒の見込みがない

状況で鎮痛だけを考えるレベルだった。その

時からこの計画は始ったらしい。


 まずは新山教授が人工的に動物を冬眠させ

るシステムを人間用に作り替えた。理論的に

はある程度進んでいるが人体実験はほぼ実施

されていない物を教授が独自の理論をもって

完成させたらしい。一番の問題は脳をどうす

るか、ということだ。コールドスリープによ

る冷凍は細胞を破壊する可能性があり、現実

的ではなかったので別の方法で冬眠させるこ

とを選んだのだがそれでも覚醒後元の意識の

ままでいられるかどうかが一番の問題だった。


 それを解決しようとしたのが新山教授が考

案した脳だけをある溶液に浸しておく、とい

う方法だった。溶液の成分については口外さ

れなかったが、その様子からすると何か冒涜

的なものである可能性が高い。


 そして、その措置が取られたのがちょうど

沙織さんが呼吸器を付けなければならなくな

ったタイミングで行われた。冬眠させた上で

患部を全て入れ替え、完治させて覚醒させる

つもりだったのだ。しかし沙織さんが目覚め

なかった。というか、今でも眠り続けている

というのだ。


「君たちも気づいていたことと思うがツァト

ゥグアとの密約によって私はツァトゥグアの

知識の一端を貸し与えられることになった。

密約の内容は言えない。言って君たちを巻き

込みたくないからだ。あまりにも冒涜的であ

り廃退的であり、世間に公表されたなら犯罪

者になってしまう類のことだから。それで彼

の者からの手助けを得て沙織を目覚めさせる

つもりだったのだ。だが、どうしてもうまく

いかない。死んではいないし、脳波も正常な

のだが目覚めないのだ。」


 悲痛な叫びだった。父親の苦悩だった。


「それで私たちにどうとろと?」


 続きは恩田が引き取った。


「もう一度、ツァトゥグアに会って話をした

いのです。そこに何かしらの解決策が見つか

るのではないかと一縷の期待を持っているの

です。私は付いて行ってなかったので、そこ

がどんな場所なのか想像もつきませんが。」


 新山、恩田、両名の希望はもう一度あのヴ

ーアミタドレス山に行ってツァトゥグアに会

いたい、ということだった。


「それは無理です、とお答えするしかありま

せんね、残念ですが。あの時、私たちはどう

もツァトゥグアに呼び寄せられたようで、だ

から容易にヴーアミタドレス山に到達できた

のだと思います。ツァトゥグアの思惑は今で

もよく判りませんが。向こうから呼んでくれ

ないと行けない、というのが現状なんです。

こちらからの呼びかけに応えてくれるとも思

えません。」


「打つ手はないと?」


「そうです。どこの誰にアクションを起こせ

ばツァトゥグアに伝わるのか、皆目見当が付

きません。向こうからのアクセスを待つ以外

には。」


 新山教授と恩田助教授は落胆の表情を隠せ

なかった。


「現在の娘さんの状態はどうなのですか?」


「今は脳だけを取り出して、ツァトゥグアか

ら教えられた液体につけてある。脳波には問

題ない。身体の方は、ここからは聞かなかっ

たことにして欲しいが傷んだパーツを取替え

て問題を無くした。そして脳を元に戻そうと

したのだが、目覚めないのだよ。所謂植物人

間状態ということだ。死んではいないが目覚

めることもない。」


「脳だけを保存して移動するシステムは確か

ラヴクラフトも言及していましたよね。」


「そうだ。その方法を私はツァトゥグアから

教えられたのだ。ただ、彼の者の方法では脳

は保存できても完全体として蘇生させること

がどうしてもできない。何か、もう少し別の

要因が必要なはずなのだ。私はそれがどうし

ても知りたい。知らなければならない。」


 新山教授の悲痛な叫びだった。しかし、聞

いていた恩田の顔色が変わった。


「新山教授、いや、お義父さん。今、蘇生、

と仰いましたね。それはどういう意味ですか。」


 新山教授は、しまった、という思いを顔に

出して答えた。


「恩田君。申し訳ない。実は君にも隠してい

たのだが沙織は一度完全に死んだのだよ。そ

して身体を別で保存したうえで脳だけを蘇生

させたのだ。」


「そっ、そんな。」


 恩田沙織さんは既に亡くなっていた。それ

を禁断の技術によって蘇生させたというのだ。


「その辺りは僕が説明しなければいけません

ね。」


 杉江統一が話し始めた。


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