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夏至祭の時空の彼方  作者: 有嶺 哲史
第三章 インテルメディオの崩壊
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第16話 大避難

 さきほどから気温が上昇に転じた。

雲が全く無い空が不自然に明るくなってきた。

人々が騒ぎ出した。


「あーっ! あれを見よ! あれを見て!」


天空の光源天体が異様に近づいていた。

まだ遠いのでゆっくり見えるが空間の収縮崩壊は物凄い速度かもしれない。

ここにいると古代ローマの伝説のポンペイのように蒸し焼きになると、誰もが直感した。

残ると確実に死ぬ、おれの演説が理解できなくても住民達は皆早く行きたがった。

住民たちは皆素直でかつ勇気があった。

チャンネルの入り口は地下へのトンネルみたいに見え、それは両公国の間の人跡未踏の藪の中にあった。

アマゾネス軍団が公国の住民を集め、大勢がぞろぞろとトンネルめざして壮大な巡礼の行列を作った。

人々の荘厳な決意が現れていた。

皆どんどんトンネルに飛び込んでいく。

召使セナイダが来た。

物凄く太ってきたミーヤを見て涙を流し名残を惜しんだのちにセナイダ婆さんは


「お嬢様。あの方と繋がりを持ち続けてくださいね」


「なぜ?」


「あの方はいつかお嬢様を元の美しいお姿に戻してくれますよ」


ミーヤは手を一杯振って見送った。

セナイダ婆さんは最後にフリアーナの方に一瞬険しい目を向けた。


 元女公爵は小高い所からしばらく皆の様子を見ていた。

人前なのに股間の痒い所をボリボリ掻き始めた。

ドン・ミゲルが寄ってきて抱きしめると彼女は眼を閉じて笑みを浮かべ気持ちよさそうにしている。

これは何を意味するか? 

ひょっとしてこの二人は秘密同盟していたのか、と考えていたとき貫禄女が笑いながらおれに近づいて馴れ馴れしく肩をバンと叩いて去った。

悪い人間では無さそうだった。

このとき気づいた。

そうか、貫禄女は関ヶ原における小早川秀秋の役割だったのだ。

フリアーナの秘密の合図で飛び出し、第一、第二軍団を後ろから攻撃して敵軍と共同して挟み撃ちにする計画だったのだ。

つまりわざと負けようと企んでいたのだ。

秀吉びいきの多い〝大阪〟では裏切った小早川秀秋と家康は数百年間(ののし)られ続けていると聞く。

貫禄女が秘密の合図を待っていたところに、そんな深いたくらみを全く知らないおれが突然出しゃばってきて貫禄女から軍をとりあげてしまった。

おれの第十軍団迂回作戦によってドン・ミゲルはあっという間に敗北し、この陰謀は失敗に終わった。

しかしフリアーナはまだドン・ミゲルを信じている。

そのミゲルを操ったカルメンは天才だ。

そういえばカルメンの姿が見えない。


 ドン・ミゲルとフリアーナは手を取り合ってトンネルに入ろうとしていた。

とっさに或ることを思い出し、フリアーナに聞いた。


「いつかあなたは私に服の裾を持ち上げて体の奥を見せようとしましたね? 何を見せようと思ったのですか?」


フリアーナは無言でおれを横目で見ながら含み笑いをしていた。


「乳首も臍も見せていただいた後でした。股間に女性器が付いているのを見ても私は驚きません」


「フ、フ、フ。あなた、アンドロギュノスという言葉を知っている?」


「知りません」


「じゃあ、言わない方がよさそうね」


彼女がこの言葉で何を言おうとして止めたのかさっぱり見当がつかなかった。


当たり前のようにパイヤ猫が一緒についてゆこうとした。

フリアーナは猫を蹴飛ばして追い返した。

おれは震えるパイヤを抱き上げた。

猫は悲しそうに鳴いていた。

消えてゆく彼女は転生すれば再び現世界でも絶世の美女になるだろう。

しかしあの男と一緒では幸せになれない。

いつも最高の美女として転生を繰り返すのは神の呪いではないかと思った。



 約束通りドン・ミゲルは避難するためトンネルに入れ、と自国民に公爵命令を出していた。

既にエスクード公国のほぼ全住民はイシドロの手配により集結していた。

死んでも動かぬ、という少数の者には残っているうまいもの食べ放題の権利を与えて放置したそうだ。

イシドロはおれに近寄ってきて世界が崩壊中とは思えない笑顔で言った。


「転生して相撲の盛んな国に行きたい」


「現世界にはある。きっと行ける」


彼は最後の別れの挨拶を言った。

信心深いおれの故郷でも使われている慣用句に似ていた。


「アルマンよ。人々を見届けよ。しばしの間、神と共に留まれ」


「イシドロよ。人々を率いよ。神と共に行け」


おれの説得によって総勢五万の人々が転生という意味で命を繋ぐ。

白い母による神託はここに成就された。

おれは使命を果たしたと一人で感激していた。


 崩落は続いている。

ここの歴史は後世に何も残さず消える。

インテルメディオはまもなく重力崩壊して点に落ち込む。

正しい王統を復活させるおれの望みは成就する直前で断たれた。

それでも広大な母宇宙の中の小さな泡が潰れただけだ。

後世の歴史家が所在地を論争しても大きさも重さも無い点になり果てて漂っているインテルメディオは鼻先にいても見つからないだろう。


 ほとんどの人がトンネルに入った。

残っている人数も僅かになったころ眉目秀麗な若者に介添えされて一人の老人がやってきて言った。


「宇宙ごと壊れては、ワシらはここで全滅するところじゃった。あんたの演説によると個人の記憶は転生するとき継がれないそうじゃな。思ったよりあっさりしとるの! 一見死と同じ。じゃが、転生とは子が生まれるようなものと思えばそれで十分じゃ。ずーっと寝とっても誇り高い生き物であることには変わりなし」


彼等にも先祖の残した異世界の知識はあったのに、彼等だけでは滅亡しただろうというのだ。


「昔アルコ公が亡くなり後継者問題が起こった。そのドサクサに乗じてワシらは併合を企んだ事があった。そのときは結局ウヤムヤになったが今回は成功する見込みがあると思って行動を起こした。そこに思わぬ伏兵がおった。あんたじゃ。わしらの野望は見事に粉砕されたわい。ところであんたがアルコ家の血を引いておらぬことは実はバレまくっておった。わしらは覚えとる。父であるはずの先代公爵と顔が全然違う。あんたの即位式なんぞやったら大騒ぎが起こってえらいことになったじゃろうの。今あんたは皆の命を繋ぐ逃げ道を示してくれた。お若いの、よき働きじゃった!」


あの穴に飛び込むことはおれがいなくても出来ることかもしれない。

おれのしたことは、あの穴の意味を明らかにしたことだ。


「あなたはどなた?」


「先代のエスクード公爵じゃ。お若いの、あっちの世界でまた逢いたいのっ!」


介添えの青年が言った。


「あなたの戦い方を見て大変勉強になりました」


にこやかな青年の涼やかな声の奥に、未来の恐るべき将才が潜んでいた。

おれは、はなむけに言った。


「君の天才は逃げっぷりにも見えた。また戦争があればおれは君に勝てないかもしれない。だがもう戦争は無い」


彼等は同意して笑った。

それから老人は何かの鉱物をおれに渡してくれた。


「インテルメディオ創世時に出来たといわれる〝安定の島〟の土産物じゃよ。何の役に立つかしらぬが。ホウーッ、ホッホ」


謎めいた言葉を残し、楽しげに握手をして去っていった。

いろいろな人が挨拶に来て、そして別れた。


 人々の避難を見届けた。

長くは無かったがインテルメディオの想い出が次々甦ってきた。

馬車が壊れたミーヤとの出会い、藪の中のマリサ、フリアーナとの穏やかな日常、一騎打ちと戦争、そして大避難へ。


 最後に女護衛官とおれの三人がトンネルの前にいた。

まずミーヤに避難を促した。

逡巡するので再度促して入らせた。

残りはおれとマリサの二人だけになった。

既に崩落が近くまで迫っていた。


「マリサ!」


おれは強く呼びかけ武具を捨てると彼女も武具を捨てた。

さらに彼女は自らの肉体を壊れゆく世界の生贄(いけにえ)に捧げるかのように全裸になった。

鍛えられた体は現世界の女の理想の形だった。

彼女が兜を脱ぐと驚くべき美女が出現した。

金髪は真夏のように暑くなった風に吹かれて長く美しく翻った。

あちこち火を噴き崩壊しつつある故郷を見て美しい女騎士は悲しみに耐えられずおれに縋りついて泣いた。

避難を促すとマリサは夢見るようにおれを見つめ、焦るように


「現世界に行ったら私たち恋人になれる? 結ばれる?」


「必ずのぞみは叶う」


マリサは心から美しい笑顔を見せた。

そのとき後ろから走ってきてマリサを剣で突こうとする人間に気付いて身を伏せた。

一瞬かわされたカルメンが剣を握ったまま空中を飛んで絶叫しながらトンネルの中に落ちていった。

怒った猫のパイヤが猛スピードで追いかけトンネルに飛び込んだ。

マリサはおれの右手にしがみ付いて一緒に暗いトンネルに入った。

すると入り口には先に行ったはずのミーヤが待っていた。

彼女もおれの左腕に強くしがみ付いてきて言った。


「同じ場所に転生して、お兄様に絶対再会する!」


「いずれ強い潮汐力で体がばらばらになるよ」


心はボロボロのミーヤが明るく言った。


「ばらばらになってお兄様と入り混じるの!」


さらに肥満が進行したミーヤをかかえながら暗いトンネルを進んでいた。

先に入って遠くにある物体ほど速く流れるようだ。

事象の地平線はもう少し先だ。

このブラックホールではスパゲッティ現象が無いのか。

その連想で突然おれの心の中に本で読んだ声が聞こえた。


〝ブラックホールに入った人間は死ぬ〟


「或る本に〝ブラックホールに入ると人間は死ぬ〟と書いてあった。ひょっとして、おれは中間界の全ての人々を騙して死に追いやったのか、何てことをしてしまったのだ」


慄然として膝を落とし嘆き始めたおれを二人の女性は優しくなだめてくれた。


「古謡にもあるわ。大丈夫よ。あなたを信じているわ」


「いっしょに行きましょう、お兄様」


「……インテルメディオは今どうなっているのだろう」


振り向けば遠くなった入口に中間界全体が見えた。

そこは激しい収縮による灼熱で既に真っ白になっていた。

三人は顔を見合わせた。帰ることは出来ない。


「転生に賭けよう」


思いなおして進んだ。

真っ暗になったトンネルの中で、やっぱり物凄い潮汐力が掛かってきておれは遂に引き裂かれると思った。

薄れる意識の中で、この世界であったことは誰にも知られることは無く全て消えてしまう、しかしこれから現世界で人生が新たに始まるのだ、と思いながら消えていった。

女公爵の最後の謎めいた言葉の意味は第二部の中の挿話に登場しますが、その挿話はこのサイトでは削除しています。アルファポリス版では載せています(R18です)。

老人から貰った石の意味は第三部に登場します。

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