第14話 大戦争、インペラートル
引き返すと味方の軍からおれは大歓声を受けて英雄みたいになった。
皆の心は一つになったと思って感激していたらいつの間にか両軍の小競り合いが始まった。
何か些細なことがきっかけになったようだ。
女軍団の兵たちは女指揮官の号令で自然と密集隊形になって歓声を上げ笑みさえ浮かべて突進していた。
普段力仕事をしているためか戦の経験は全くないのにアマゾネス軍団は恐ろしいほど腕っぷしが強くて豪傑軍団のようだった。
総数で比べると二倍はありそうでも密集していない敵の男兵達を樫の棒でしばきまくって蹴散らしていた。
どちらにも戦死者が出ない戦闘だった。
おれは両軍各部分の動きを頭の中で予測していた。
「こちらが優勢です」
得意げにフリアーナに言った直後のこと、予測が外れ始めた。
「アーッ」
声を出して驚愕した。
敵の男兵達は美人のアマゾネスを見つけては数人がかりで襲っていた。
暴力ではなくおだてるのだ。
口がうまいのだろう。
取り囲まれた美人アマゾネスはうっとりしている。
敵兵と見合って微笑んでしまうと即座にアマゾネスは戦線を離脱し始めた。
同じことがあちこちで始まった。
兵の数では敵側が圧倒的に多い。
そのうち見境が無くなりブスにまで手を出しはじめた。
味方の兵力が減少してくる。
この世界には火器が無いから加速的に殲滅されるおそれはないが、後日再び戦争が起これば人口の増えた敵国の優位はさらに増す。
性の違いを利用するなんて、こんな作戦があったのだ。
本で読んだ古典的な戦争形態ばかりを考えていてこれに気づかなかったおれは迂闊だった。
遠くの小高い所にドン・ミゲルとカルメンが並んで立っていて、満足そうに戦況を眺めていた。
フリアーナと三人の騎士は別の少し高い場所にいた。
敵の男たちが女公爵に気づいて攻め寄せてきた。
そのころには一部で敵味方入り交じった乱戦になり始めていた。
騎士の三人はフリアーナを三方から囲んで守った。
マリサは掛かってくる男達を皆一撃で叩きのめした。
まさに女戦士、戦いの女神だった。
ミーヤは、元は可愛かったのに今や太った顔が兜に入らなかった。
そのせいか男のおれとミーヤは敵の男達に敬遠された。
そのとき第十軍団が後方にいて始めから全く動いていないのに気づいた。
フリアーナに作戦を提案した。
「第十軍団が後ろで待機したままです。私が彼女等を率いて敵の後ろにまわります」
フリアーナは驚いて凍り付いた表情をしたが無言だった。
初めて見るその表情におれは驚きながらも、もう待てない。
勝手に黙認されたことにして軍団の所に行った。
第十軍団のアマゾネス兵たちはずっと待たされてじりじりしていた。
率いていたのは、あの太った年配の貫禄女だった。
おれの顔を見ると貫禄女はサッと緊張し弁解がましく言った。
「なぜか急に太っちゃったのよ。体が重くなっちゃって動けないのよ」
「そうだろうと思った。あとはおれがやる。休んでいいよ。おれの戦いぶりを見てくれ」
「フリアーナ様は何も命令されていないから軍団は勝手に動けない」
「おれはフリアーナ様の命令でここに来たのだ」
貫禄女はまだ納得しない。
参謀の中佐女が言った。
「中将の軍を元帥が統帥するんだから問題ないよ。心配いらないからここで休んでね」
それでも動かない貫禄女はとうとう女軍団兵たちに囲まれて睨まれた。
貫禄女はやっと指揮権を移譲した。
おれはまず軍団を二つの分団に分けた。
敵の戦い方を説明し仲間を孤立させるな、と注意した。
いきり立った美女兵達は皆すこぶるきれいだ。
そしてこの後の作戦計画を説明した。
「相手に逃げると誤解させるためにまずは戦場と違う方向に徒歩で不揃いに進む。この歩き方を第二種前進と言おう。起伏を利用し、敵から見えなくなったところで隊列を整え全速で走り彼等の後ろに回る。そこから匍匐前進で敵司令部を背後から包囲するように迫る。合図とともに全員突撃して司令部を蹴散らした後、直ちに第一軍団、第二軍団と戦闘中の敵を背後から挟撃する」
「匍匐前進ってなんなの?」
やり方を実演して彼女たちにもやらせてみた。
すると女たちは皆尻を天に向かって突き出してしまう。
ここの女の股は左右に開きにくいので這う時も尻を持ち上げざるを得ないのだ。
これでは目立ち過ぎて敵にすぐ発見されてしまう。
「匍匐前進はやめ、かわりに低い姿勢で小走りする」
合図などを決めたのち、軍団兵は闘志溢れる鬨の声をあげた。
皆にこやかで恐怖心は微塵も無いようだった。
「第十軍団、第二種前進!」
貫禄女一人を残し、ザクザク足音をたてて全員が進軍を開始した。
戦場から離れるように見せ、敵から見えなくなった所で方向を変え全力で走った。
大回りしてドン・ミゲルのいる小高い場所の背後に来た時、姿勢を低くして小走りで近づいた。
彼等にしても本格的戦争は初めてだ。
勝利目前の敵は目の前の戦線を見守ることに夢中で、おれたちの廻りこみに気づいていない。
斥候も放っていなかった。
包囲接近したころ合図とともに飛び出して襲い掛かった。
彼等は突然後ろからの大軍の出現に驚いた。
「ひぇー」
「やり方が汚ねえぞ!」
などと喚きながら戦いもせず慌ててバラバラに逃げ散った。
直ちに苦戦している味方の方面に向かわせた。
第十軍団を二つに分けた分団それぞれが苦戦気味の第一軍団、第二軍団の方に向かい、夢中で戦っている敵軍の背後に新手のアマゾネス達が喚声を上げて襲い掛かった。
いきなり後頭部を樫の木で叩かれた敵は前後から挟まれ恐怖に襲われた。
この世界では身軽になっているおれは人々の頭上を飛び越えながら、味方が苦戦しているところに行って叱咤激励し、敵が崩壊寸前のところでは味方を勢いづけてまわり、戦線が崩れないように気を付けた。
途中で女軍団兵が敵わないマッチョで大柄な敵兵が暴れているのを見つけた。
おれはそいつの服を握った。
柔道の心得は無かったがまねごとで背負い投げをやってみた。
すると敵兵は空中を十五メートルほど飛んでいった。
周りから〝おー〟という声が上がった。
統帥ということをあまり考えていないような敵に組織的戦いはなくなりバラバラに潰走して見えなくなった。
どこかに隠れているドン・ミゲルたちもいずれは捕まえられよう。
逆転大勝利だった。
おれが金色の騎士服を着て活躍する様子は遠くの兵からもよく見えた。
アマゾネスたちは大喜びでおれをかつぎあげて行進した。
あらゆる場所から歓声が上がった。
小高い丘の上で金色の鎧兜に美しい赤いマントを羽織り、両手を上げて笑顔で四方の歓声にこたえた。
見ていた人々から口々に
「インペラートル! インペラートル!」
の声が掛かった。
その中に敵だった一人の眉目秀麗な若者がいた。
おれたちが敵の司令部を後ろから攻撃したときから、逃げながら彼がおれの動きをずっと注視していたことに気付いていた。
さてこの歓声は皆がおれを最高軍司令官と認めたことを意味する。
カエサルと同じ立場になったのだ。
普段は着用を許されない赤マントだが凱旋将軍だから今だけなら許されるだろう、と思っていたとき遠くにフリアーナ達が見えた。
おれに向かってミーヤとマリサが大喜びしていたその間でフリアーナはぞっとする冷たい表情でおれをじっと見ていた。
さっきと同様、今まで見たことのない表情だった。
勝ったのだから嬉しくないはずはないのに何だろう、しかしすぐ忘れた。
おれは思った。
敵軍を打ち負かした今並び立つ者もなく、軍団兵の信望が集まっている。
エスクード公国はもはや軍事力が無い。
ドン・ミゲルも捕まるだろう。
アマゾネス兵達は皆おれの命令通り動くようになった。
インテルメディオのほぼ全ての軍事力を一手に握ったことになった。
おれは母が後添えになってから生まれたことになっているのでアルコ家本来の血を引いていると思ってもらえる。
それが嘘だと知っている人物は三人の女性以外極僅かだ。
他に跡取り男子はいない。
ゆえに公国の統治権を預かることは納得されるだろう。
いつのまにか邯鄲の枕のような夢想に浸っていた。
…………全住民を集めかつてない規模で即位式を執り行う。
ミーヤに冗談だからと言って玉座に座らせようとするが彼女の太りすぎた尻が椅子に納まらない。
王でもないただの騎士だからといって彼女は横に立った。
式が始まるとドン・ミゲルとフリアーナは両公国の支配権を示す指輪をおれに譲る。
おれはアルコ家の血を引く嫡子であり、今最高の地位に就いたと宣言する。
歓声が上がる。
しかし玉座には就かない。
おれは民衆を見渡している。
ざわつく人々の前でインテルメディオの忘れられた真実の歴史を公表し、民衆の驚きの中でミーヤに指輪を譲る。
誰よりも驚愕するミーヤは指輪をはめた瞬間それまで縦横同じサイズにまで太っていた体が突然スマートになり玉座に納まる。
ここで、ミーヤが女王ミカエラ、すなわちミカエラ・アルバ・レイナ・デ・インテルメディオになった、とおれは宣言し使命を悟ったミーヤは立ち上がる。
朝日に輝く気高い玉座のミカエラ女王から発する威光は灼熱のように民衆の心を焼く。
いつの間にか大人びてフリアーナを凌ぐ美貌になった新女王ミカエラは正当性の証として眩い王冠と紫と金の美しいマントに纏われ渦巻く歓呼はいつまでも続く。
かつて望郷の念に駆られて最初に来た時の、長い道のある大草原をさまよったことがあった。
故郷のような地平線に続くなだらかな畑も偉大で急峻な山脈もなかった。
いくら探しても元の世界に繋がりそうなトンネルはなかった。
現世界に戻れる見込みがないと思い一時は憂鬱に沈んだ。
だが思い直した。
過去は忘れて、あまりに人が良過ぎる新女王ミカエラを補佐してここに骨を埋めよう…………




