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夏至祭の時空の彼方  作者: 有嶺 哲史
第三章 インテルメディオの崩壊
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第11話 エスクード公国のドン・ミゲル公爵

 少し前から原因不明で徐々に気温が低下し始め、この日初めて朝もやが出ていた。

まるで天変地異の前触れみたいだった。

戦争と重なりそうな嫌な予感がした。

 フリアーナの楼閣は朝日に美しく輝いていたが地上の空気にはいつもと違うただならぬものがあった。

リリオ公国の民衆は楼閣の下に多数集まっていた。

何かを祈っていたのかしばらくしてから彼女が出てきて戦う決意を表明した。

名演説だったが最後しか憶えていない。


「……だから皆さーん、やっつけちゃいましょう~」


「やーっ、おーっ!」


大部分が女なので甲高い気勢だった。

おれにまつわるあの噂など忘れたように民衆は気勢を上げ熱気が溢れかえった。

何だか楽しいお祭り騒ぎのようでもあった。

しかし本当の戦争は誰も知らない。

公国軍の創設と訓練はおれに一任された。


 この世界には弓も剣もありチャンバラのようなことは行われていたが組織的集団戦闘の技・思想は忘れられていた。

戦乱の絶えない現世界から来たおれは頼りにされていると思い込んで衷心から戦いのやり方などを話していた。

軍隊の知識も忘れ果てていた彼らである。

やがて周りからおれは元帥と呼ばれ始めた。

その用語を教えたのはおれだが。

おれの故国は徴兵制を止めていたので従軍経験は全く無いが、面白がっておだてる人々の声を真に受けてどんどんその気になっていった。

だが誰もが戦争の予感をもっていたので協力的だった。

環濠の周辺に色々な罠と仕掛けを作り、木を伐り出して槍と楯を作った。

こういうことには心優しすぎる男達も進んで協力した。

槍といっても実際はただの棒だ。

足の速いもの十人を選抜したらこれも全員女だった。

彼女らを情報収集役兼伝令にした。

軍の組織を作り命令を決め騎士達が行進と槍の訓練をした

軍服は女たちが考えた。

マリサやミーヤの騎士服に倣ってデザインされたが煌びやかな装飾は無かった。

兜はギリシャ戦士のものを真似た。

軍人には免税と特別な日当の支給を決めた。

国の蔵にはまだまだ貨幣が唸っている。


 初めてのことに参加者達は怖さ半分興味半分でノリが良かった。

怯える感じは微塵もなかった。

男女混成で募集したはずだったが結果的に戦うのはアマゾネスばかりになった。

女たちの勇気、なんという国防意識の高さ、愛国心の強さ、おれは勝手に解釈して感激した。

 一軍団あたり百人の軍事組織にした。

それは本来なら中隊の規模だ。

リリオ公国の人口は約二万人。

平均的には六百人の兵力があってもよさそうだが、それまで全く軍事的蓄積の無かったリリオ公国では人口に関わらず短時間で装備の準備や訓練ができるのは三個軍団が限界だった。

武器の材料である樫の木もそれ以上は採れない。

金属材料は全然足りなかった。

点呼のため整列させてそれぞれ軍団名を叫ばせた。

軍団の女兵達の叫びは雄たけびと言えないような、なまめかしいものだった。


〝第一ぐんだ~ん!〟、〝第二ぐんだ~ん!〟、〝第十ぐんだ~ん!〟


えっ? 第三軍団でなくて第十軍団? カエサル麾下(きか)の最強軍団にあやかりたいのか。

ふーむ、古代ギリシャ・ローマの歴史的知識はいくらか伝わっていたらしい。

スパイが勘違いして十個軍団いる、と報告するだろうからそのままにした。

軍団の指揮官には役目にふさわしく中将の階級を与えたが本来の規模からすれば大尉だ。

それ以下は参謀役を中佐とした以外は面倒だから無階級とした。

頼もしく見えたが実戦経験はない。

百人ずつの軍団内はずいぶん仲良しになり井戸端会議をよくやっていた。

軍団は運動会のグループ分けのようにも見え、何か楽しいことが始まりそうな雰囲気はどうやっても消えなかった。

 おれは各軍団長とその参謀を集めて作戦会議を開いた。

集まったのはおれより年を取った女ばかりだった。

ミーヤも同席した。

兵員に男はいなかった。

やっぱりここの男たちは頼りにならない。

おれは彼女たちに聞いた。


「皆は十人の侍という映画を見たことがあるか?」


女軍団長たちは顔を見合わせた。


「侍って何なのよ?」


「映画って何?」


「十人って多すぎない?」


「あっ……話を変えよう。陣形の話だ。歩兵同士の闘いは密集した方が強い。その陣形だが」


ここから大事な話に入る、と言う時に一番貫禄のある女が半笑いで話の腰を折った。


「元帥、あなたは戦争の経験があるの?」


「無いが本で多くを学んだ」


「それじゃ机上の空論ってやつね」


否定できないおれは気分が腐って何も言えなかった。

軍議を中止するとほぼ皆喜んで拍手した。

おれは虚仮にされていた。

ずいぶん肥満して来たミーヤでもその貫禄女には敵わないようで、自分が虚仮にされたようにべそを掻いた。

実は剣の試合でマリサを負かして優勝したのはこの貫禄デブ女だった。

あとでフリアーナはミーヤから会議の様子を聞いたという。

 それにしてもこんなに虚仮にされては作戦を立てて演習するどころではなかった。

初めての戦いなので相手の手の内も分からないが、それは相手も同じ。

戦場になりそうな場所は起伏があまりない。

互いの軍勢はよく見えそうだ。

ならば作戦など無くてもいいかと楽観していた。


 リリオ公国の手前に広い草原といくつかのなだらかな丘があった。

草原は大きな川と丘陵地帯で囲まれていた。

開戦が予想された日、草原には(もや)が立ち込めて何も見えなかった。

そこで敵の進軍の様子を情報担当に聞いた。

やっぱりそこが野戦場になると思った。

野の朝靄が消えるとまだ誰もいなかった。

おれは金色の鎧に身を固め、固い樫の木の棒を手に取った。

やがて敵がやって来た。

海産国の敵はコンブ、ワカメなどの黒っぽい地味な植物性の武具・軍装でやってきた。

一目見てあまりの文明の遅れに笑ってしまった。

これなら恐るべき秘密兵器など無いだろう。

武器も同じようなものだ。

敵はおよそこちらの軍勢の二倍くらい。

彼等から仕掛けたので準備の時間があったからか動員兵力の人口比はリリオ公国の二倍だ。

騎馬武者はいるがポツポツ散在しているので騎馬軍団はいない。

我がリリオ公国側には騎馬兵が無い。

女たちの声が聞こえた。


「あれっ、あれがエスクード公爵なの?」


「白髪の老人だったのに。ふーん、代替わりしたらしいね」


立派な白馬に乗った敵国の支配者ドン・ミゲル・クレスタ・デ・ニエベ(雪の峰のミゲル公)が丘の上に見えた。

前線指揮をする彼は髭だらけで、まるでギリシャ神話のゼウスみたいだ。

驚いたことにドン・ミゲルの足元にパイヤ猫がいてこちらを見ていた。

やはりパイヤはミゲルのスパイだった。

おれとフリアーナの最接近があった日に足元でタヌキ寝入りをしていたパイヤ猫が知らせ、それで隣国の誰かがあの壁紙撹乱作戦を思いついてやったのだろう。

言葉がしゃべれなくても意思の伝達手段はあるから。

飼われていたのに何と恩知らずなことか。

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