22 さみしい
青年は、ずっと孤独だった。
比較的裕福な家に生まれ、祖父母から充分な教育の機会、文化活動に触れる機会を保障され、社会的な不自由を感じることなく育ったが、肉親との縁に恵まれていたとは言い難かった。
祖父母は、充分な関心を示してくれてはいたが、どこかにぎこちなさを抱えていた。
母は、青年を生む際に生死の境をさまよい、生還したが……以降、青年のいない世界を生きていた。
父は、わからない――否、わからないと言うことになっていた。青年は、母が母の姉の夫と無理矢理関係を結んで得た子供だったが、うっすらと真相に気付いた時には既に、母の姉夫婦は亡くなっていた。よしんば、生きていたとしても、母のしたことの意味が分かれば、とても親子の名乗りをあげられるものではなかっただろう。
いわゆる訳アリの子供であると理解していた青年は、孤独を受け入れて育った。
「元気にしておいでかね?」
自室の縁側の掃き出し窓を開け放ち、風を通しているうちに寝転がってうとうとしてしまっていたらしい。声をかけられて瞼を上げると、窓辺に姿勢良く腰を下ろす人影があった。
季節的に、内心で期待するものがなかったわけではないので、驚きはしなかった。
白味の強い夏物の着物の背中に、襟足で束ねた黒髪が流れている。月影に照らされた面は、ほっそりと繊細で儚げにも見えるほど端正だった。
年に一度、夏の夜に現れる若者だった。いつの頃からの習慣だったか、実はよく憶えていないが、血縁に繋がる誰かでないことは、かなり早くに自ずから気づいていた。
幼い頃には、暑さに眠りが浅くなるおり、枕元に端座し団扇で風を送ってくれていたこともあるし、ひとり庭先で手持ち花火をもしているところに、一本おくれでないかと現れたこともあった。ふらりと現れ、じゃぁねと去っていく。
穏やかな声色で青年のその時分の日常を尋ね、時にはなにをしゃべるでもなく一緒に月や星空を眺めてくれた。
どこの誰なのかとの疑問が浮かぶこともあったが、詮索したい気持ちはなかった。もとより、自身が訳アリである――青年としては、隠し立てする必要も感じていなかったので、訊かれれば訊かれた分だけを教えてかまわないつもりではいたが、それでもすべてを訊き明かそうと食い下がられれば多少の面倒も覚えなくはない。
ただ、それを差し置いても――若者の正体を知らねばならぬと思ったことは、不思議となかった。
気づけば、青年は若者の背に追いつき、追い越そうとしていた。
そして、あの夜――若者は、青年の元から本当に去っていった。
自分の寿命を引き替えにしてくれと、あの若者に乞うた。
以来、変わってしまった身体。もしかしたら、他にも変質してしまったのかもしれない――ひとの内側に見える淡く光るものとその輝きを狙う暗がりからの視線、光は時に濁り歪に育ち、やがて洞のような闇に呑み込まれる……目に見えているはずのないものを見るようになっていた。
しだい理解するに、淡く光るものは、ひとの魂であるらしかった。後に出会った少年は、硝子玉のようだと言っていたので、見る者が持つイメージを脳が再生してそのように見せているのかもしれない。
あの若者もまた、それを見ていたのだろうか?
青年の母が、闇に呑まれていく様を見守っていたのだろうか。
闇から己を守るため、青年の命のいくらかを贄に投じた母を。
あの若者が青年の前に現れたのは、母を見舞うついでだったのかもしれない……。
「知りたいなら、あいつを捕まえればいいよ」
少年に唆されるまでもなく、望むところだった。
あの若者は、真実に青年を孤独にしたのだから。
破滅の獣を招き入れるもの、死人に花を咲かせるもの……いびつに歪み毒々しく濁った魂の近くに、あの若者の気配の残滓を覚えた。
母を看取ったように――呼び寄せた闇をすべて呑み込んだ魂の禍々しく崩壊する様を……あの人は、見たいのだ。
そこにあるのが、怒りか悲しみか愉悦かは知らないが。
『お前さんが、不憫に思えてしまってねぇ……』
質したいことは、山ほどある……。
捕まえて、一晩中でも問い詰める――きっと。
それ以外に、青年の孤独はもう埋まらないだろうから。




