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 人魚を見に行こう!…と盛り上がった。

 近頃、海辺で人魚が目撃されていると話題になっていた。噂を聞き付けた動画配信者たちがこぞってライブ撮影に挑戦し、空振りしては呆れられたり罵られたりしていたが、彼の妹の通う高校では臨海学校の夜、海に面した宿舎の窓から目撃してヒステリー状態になったクラスもあったらしい。

 見に行ってみよう!…盛り上がったのは酒の勢いだったが、これはチャンスだと彼は思った。

 彼と恋人と友人と、三人は義務教育の頃から一緒につるんできた。恋人とは、高校時代の夏になんとなくそういう仲になって以来の付き合いで、そのうち子供でも出来たら結婚を考えてもいいかと思っているが、そんな自分たちにいつまでもふたりに付いてまわる友人のことはそろそろ鬱陶しく感じられていた。

 要領の悪いのろまな子供だった友人は、それでも学業成績だけはいつもトップクラスで――それだけで、彼の親は二言目には友人を見習えと彼を説教した。就職活動に追われる現在も、友人は既に地元の大きな企業の内定を勝ち得ていて、地元に貢献したいと殊勝なことを口にして周囲の賞賛を集めていた。

 さらには、時おり、彼の恋人とふたりで会っている気配もなくはなく――もちろん、恋人に問うてみれば、身内の女性への贈り物についてだの気のある女性についてだのの相談を受けていただけだと、当たり障りのない答えが返されてはいたが、ちらちらと視線を泳がせる恋人が、彼と友人の仲を気遣って嘘にならない程度に事情をぼかしているのだろうと推察していた。

 つまりは、恋人に色目を使っているのだ――。

 それは、三人でいる時、よりはっきりと恋人が彼に身を寄せてくることでも明らかに思われた。

 そろそろ、思い知らせてやらなければ……。


 人魚は、水難事故で死んだ女子高生だという噂もあった。

 海は、とかく事故が付き物ではないか……。

 防波堤から転落する釣り人など珍しい話でもない――まして、酔っぱらって転落する大学生など、ニュースにもならないほどどこにでもいるだろう。


 小さな漁港に近くなると街灯は疎らになってくるが、入り江の反対側の端から続く浜辺は海水浴場になっていて、隣接した宿の窓から漏れる多くの光が波に弾けるおかげで、防波堤はうっすらと白く浮かび上がって見えた。

 ざわざわと遠い波音とちゃぽちゃぽと近くのテトラポッドで消える波音が混じり合う。

 薄曇りで月は見えなかったが雲が明るいのか、防波堤の先端から臨めば、沖と空の境目は判別できた。

「あ! おい……!」

 適当な方を指さし、友人の気を引く。

 のろまな友人は、ほいほいと彼の傍にやってきた。

「いた?」

「あぁ。あっち! あれ!」

 身を乗り出すように指さすと、友人は指先を追って爪先立つ。


 間抜けヤロウが……。


 テトラポッドの隙間に落ちれば、水面に顔を出すのも難しいと聞く。落ちたときに頭でも打てば、まず助からない。


 事故だ、事故――。


 トン……友人の肩を押す。

「ひゃぁ!」

 情けない奇声を上げた友人の身体が傾いだ。


 とたん、彼は自分の足の裏が、地面を踏んでいないことに気がついた。


 本能的に身体をひねって仰向く視界に、これまで見たことのない冷めた目をした友人の姿があった。

 確かに自分のいたはずの場所に、友人が立っていた。

 悲鳴を上げて駆け寄る彼女の身体が浮き上がり、彼の上に降ってくる。

 それは、きっと――瞬きの間もなかった。


 光をひとつ灯した暗い海が盛り上がり、友人が呑み込まれたのも。


 背中に重い衝撃を受け、荒れた波に揺すられた意識が途切れるまでの――束の間の出来事だったのだろう。

 もちろん、彼には思い返して確認するその後(・・・)は存在し得なかったが。



 翌朝――。

『自分で呼んだのだから、満足だろうさ』

 朝靄に包まれた防波堤から立ち去る白髪頭の和装の老人に、活気づく漁港で立ち働く人々が気付くことはなかった。



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