少女は
少女との会話を重ねて、俺は色々なことを知っていった。
まずは場所だ。
少女がいるのは『大神殿』らしい。
普通の神殿ならそこらかしこにあるが、大神殿となればごく僅かだ。此処はその内一番王城に近い、ルノーア大神殿だという。
大神殿ともなれば、国中の人々が"救い"を求めて押しかける場だが、都市部となれば貴族連中も大金を引っ提げてやってくるため、普通の民に"救い"の番がやってくるのは相当後だろう。
神官のクソ共はもっともらしい建前を述べるくせして、実際は金のあるやつしか相手にしないゴミ虫だからな。…ん?理由は思い出せないが、何故かそんな気がした。
そして少女は、自分が『神官見習い』であることも教えてくれた。
神殿で働くのは通常、数十人の神官とその中で一番強い魔力…じゃなかった、神聖力とか言うやつを持つたった1人の大神官だが、その他にもたくさんの神官見習い達がいるらしい。
神官見習いには、将来神官を志している大の大人もいれば、素行が悪い貴族のガキもいるらしい。大方貴族のガキの場合は、素行の悪さが家門の格を下げる前に数年間大神殿に閉じ込めて矯正させてやろうという親の目論見があるのだろう。
神官になるには高い治癒力が求められるため、並大抵の魔法使いではまずなれない。見習いで治癒魔法の基礎を数年かけて学び、地道に試験を受けるのが一番の道のりだ。そのため、神官を志してもう何年も年だけ食ってる大人も相当いるようだ。
少女の場合は、神官を志しているわけでも、貴族出身のガキなわけでもなく、己を
「罪人の娘」だから神殿で罪を償っている
と話していた。
少女の名は、「ユナ」と言うらしい。
貧しい出自のため姓は無いそうだ。
ユナは今8歳で、神殿に来てもうすぐ三年になるらしい。
父親のことは全く記憶にないが、母親のことは覚えていると話していた。
ユナの母親は、美しい踊り子であった。
学がなく、買い物の釣り銭の勘定すらできずにユナにやらせていた女だったが、すれ違う者の目を釘付けにするような圧倒的な美貌を持っていたらしい。
貴族の催しに呼ばれてその美しさを振り撒いて踊れば、紙幣が降り注いできたそうだ。
母親は稼いだ金を服やアクセサリーに注ぎ込んでさらに己の美しさに磨きをかけて、商品としての価値を高めていった。
そうして自分の美と才を切り売りしながら、ユナとの日々も大切にしてくれた母親との生活の思い出を、ユナは優しい声で語っていた。
ユナの声が陰ったのは、母親と引き離された時の話をし始めた頃だ。
貴族共に呼ばれてその目を楽しませていた美しい踊り子を、とある貴族の妻は快く思わなかったらしい。
ユナからすれば母親はただ「踊っていた」だけだった、という認識だろうが、俺からすれば貴族が大金を叩いて呼んだ美しい踊り子に対して、ただ踊らせるだけで済んでいたとは考えられない。…が、ユナの話を邪魔する必要はないため俺は黙っていた。
とにかくその貴族の妻は、踊り子にとある罪を着せて世に訴えたのだ。
「魔族と姦通し、我が王国に引き入れようとしている」
と。
大罪の疑いをかけられた踊り子に対して、世間は容赦無かった。
あれだけその美貌に熱を上げていた貴族たちは一斉に顔を背け、踊り子を知る人々は「あの美しさは魔族と契約して得たものに違いない」とありもしない出鱈目を真実かのように語った。その燃え上がる悪意の中には当然嫉妬の炎もあったのだろう。
昨日まで優しかった人間たちに蹴り飛ばされて、母親は牢に入れられ、ユナは母親と引き離されてそれきり会っていないらしい。
罪人の娘などは本来真っ当な仕事に就くことはできなくなるため、せいぜいどこかの売春館で住み込みで働くか、道端で物乞いをしながら泥水を啜って生きるかしか道がないが、ユナには運良く救ってくれる人が現れた。
それがルノーア大神殿の大神官、イルアス・ローサだった。
ユナの言葉をそのまま使うのであれば、イルアスの考えは、本来親の罪は子の罪とはならないが、魔族と姦通した罪人の娘であればその思想が根付いている可能性があるため、神殿で引き取ってその考えを矯正する、とのことだ。
そのためユナは、10年間神殿で神官見習いとして過ごし、他者を救うために献身することの素晴らしさや、正しい見識を持ち魔族と関わらずに生きていく意志を身につけていく という約束をイルアスと行った。
ユナにとって、生活する場所を与えてもらえることはある意味での救いだった。
…が、同時にユナを苦しめるものでもあったようだ。
大神殿に連れてこられたユナは、他の見習いに会う前に、イルアス大神官からとある魔道具を渡される。
それは、黒字に白色と金色の線で奇妙な模様が描かれている不気味な面であった。
つければ何も見えなくなりそうだが、魔道具であるため視覚はそのまま保たれるらしい。
イルアスの言い分はこうであった。
「お前は今にもその体から溢れ出しそうなほどに魔力が強いから、魔道具に魔力を吸わせて抑える必要がある。適切に力が使えるようなコントロールできるまでは、その仮面で力を抑えるのだよ」
ユナは自分に魔力があったことすら知らなかったために驚いたそうだ。
だが同時に、自分の母親が何故根も葉もない噂のせいで罪を被せられたのかも理解できた。
ユナの魔力が強いために、本当に父親が魔族だったのではないかと疑われてしまったのだ。
母親はもう鉄格子の中にいて、自分は神殿に連れてこられた今そのことに気づいてもどうすることもできないが、ユナは絶望した。
お母さんは、私のせいで捕まってしまったんだ。
ユナは優しく背中をさする大神官の言葉に従い、吸い込まれるように仮面を付けてしまった──────………それがおよそ3年前だそうだ。
ここまで静かに人の話を聞いたのがいつぶりか俺は思い出せないが、どうしても話を遮ってしまった。
やはり腑に落ちないのは、その魔道具とやらである。
「魔力なんて強けりゃ強いほどいいのに、何でわざわざ抑え込むような真似をするんだ。お前の魔力が強いからだと言うが、俺だって魔力は相当だったが、暴発なんてしたことはなかったぞ。その魔道具とかいうやつは、本当に意味があるのか?」
ユナの声は少し戸惑いの色が混ざっているように聞こえた。
「でも、大神官様が私には必要だって仰っているから…。魔力が強すぎると、私みたいに未熟な者は上手く扱えずに暴発してしまうことがあるから危険だって…。」
駄目だ。また同じ返答が返ってくるだけで話にならない。そもそもこれはユナの考えではなく、大神官がユナに刷り込んだ答えなのだろう。…その真意は分からないが。
俺はまた聞き役に徹し、ユナは話を続けた。
───……その魔道具の仮面は、大神官の魔力により付けたものであるため、ユナの力では外すことができないらしい。
魔道具の力により、視覚はそのまま保たれているので目は見えているし、空気も吸えるため、生活において支障はないとのことだ。
……………ある一点だけを除いて。
「……この魔道具は、私の声を吸収してしまうので、他の方には私の声が聞こえないのです」
「………………はあ!!??」
俺の驚く声に、ユナからも「え!!?」という驚きの声が返ってきた。
そういえばそうだった。初めてユナと会話した時も、そんなようなことを言っていたな。
その時は『魔道具』という言葉が聞き慣れていなくてすっかり流してしまったが、そういえば説明されていたのだった。
俺は自分が忘れていた恥ずかしさを紛らわすために咳払いで誤魔化したが、多分ユナにはバレていただろう。
「…そういえばそうだったな。それで、何故わざわざお前の声を奪うような代物なんだ?」
百歩譲って、魔力が膨大すぎて本人に扱えないから抑える、というのはまだ分かる。だが子どもの声を奪う必要性が分からない。
ユナはまた、大神官に刷り込まれたであろう"回答"を口にする。
「それは…私が魔族と姦通した疑いのある罪人の娘だからです。私が同じように魔族と姦通したり、または他の方を惑わせたりしないように、と…。」
俺は一瞬で頭の中がカッと燃え上がるように暑くなるのを感じた。
わずか8歳の小娘に、一体何ということを。
そもそもこの調子だと、ユナは『魔族と姦通』が一体何を指すのかすら分かっていないだろう。こんな年端もいかない娘に一体何ができるというのか。魔族の方だって人間のガキなんて御免だろう。
それに、他の人間を惑わせるとは何なのか。もし8歳のガキに誑かされるような人間がいるなら、そいつの方が狂っている。
そんな馬鹿げた理由で、子供から声を奪うなんて大の大人が、それも大神官とも呼ばれるような人間がやることなのか。
あまりの怒りに俺のこめかみの血管が音を立てそうになっているところに、ユナの心配そうな声が届く。
「………妖精さん?大丈夫ですか?」
一気に力が抜けた。
妖精さん。
俺はまだ自分の記憶を取り戻せてはいないが、いくら何でもそんなに可愛い呼ばれ方をしたことはなかっただろう。
すっかり毒気を抜かれた俺は、あまりにも俺と不釣り合いな妖精という単語に思わず笑ってしまった。
「クックック…。妖精さんか。この俺が…」
俺の声が聞こえたことでユナはほっとしたのか、可愛いらしい声が返ってくる。
「ふふっ… だって、妖精さんのことは見えないので、どんなお姿か分からないんですもの。声は確かに聞こえるのに、どこを探しても見つけられないんです。だから、もしかしたら妖精なのかなあって思うようになりました」
ハッとする。
そうか、俺の姿は見えていないのか。
そういえば俺はユナのことばかり気にして聞いていたが、そもそも俺のことが見えるのかどうかを確認していなかった。
ユナが神殿にいるなら、俺も神殿またはその周辺にいるのだろうか。
何故姿が見えないのに、こんなにハッキリと声が聞こえるのかも気になる。
正直に伝えるべきか迷ったが、俺には今俺を知るための手がかりとなるものがユナしかいない以上、ありのままを伝えることにした。
「実は俺も、俺が誰だか分かっていないのだ。俺は何も見えていないし、ここがどこだかも分からない。目が覚めたのもつい先ほどだ。唯一分かるのは、お前の声だけだ」
「そうだったのですね……。では、私が妖精さんのことを見つけ出してあげます!声が聞こえるからきっと近くにいるはずです。どうして魔道具をしている私の声が届くのかは分からないけど、その謎もきっと解いて見せます!」
ユナは決心したように、力強く返事をしてくれた。
なんとも心地よいものである。
俺は依然としてこの不自由な場所から抜け出せてないことに変わりはないが、己を助けようとしてくれる味方がいることはありがたいことだ。
たとえそれが、馬鹿げた仮面に魔力と声を奪われている、哀れな8歳の子供であっても。
すっかり気を良くした俺に、ユナは再び声をかける。
「それじゃあ、もう夜も遅いのでそろそろ寝ますね。…………おやすみなさい、妖精さん」
そうか、もう夜だったのか。
おやすみ、ユナ。




