音のない世界で
───────………声が聞こえた。
いや、音が聞こえたが、俺はそれが何かを認識することができず、しばしの時間を要してからようやく誰かの声だと分かった、と言う方が正しいかもしれない。
そもそも俺は、右も左も、自分の頭がどこにあるのかすらも分からない状態で、思考すら放棄してただただ死んだように浮かんでいた。いや、沈んでいたのか?
今となってはよく分からないが、とにかくその"声"が聞こえるまで俺は自分が俺であることを知らなかったのだ。
「……◾️◾️◾️◾️◾️…………◾️◾️◾️◾️……」
なんと言っているのかは分からないが、これが人間の声であることはようやく俺にも理解できた。
少しずつ状況が分かってきた。
俺は、"何も見えていない"のだ。目の前には一片の光もなく、何かがそこにあるのか、それとも何もないのかも分からない。これが「闇」というものなのかもしれないが、そもそも俺は闇が何色なのかも知らないのだ。
ん?「色」とは、なんだ…?朧げに頭の中に浮かんできたが、言葉にするとまたよく分からなくなってくる。そもそも見える見えないとは、どういうことだったのか。
またよく分からなくなってきた。
面倒くさい。
もう考えるのはやめておく。
「◾️◾️◾️◾️………◾️◾️◾️あ………」
またあの声だ。
うるさい。
せっかく眠りについた俺を起こしてくる、厄介な奴だ。
いや、眠りについた、ということは、つまり俺は「先ほど起きていた」、ということか…?
今は何もかもがよく分からないが、そういえば長い長い時間、眠っていたような気がする。
そして、俺はそもそも眠ることを望んでいなかったような。
となると、初めのあの声は、俺を起こしてくれたのか。
深い眠りから俺を呼び起こしてくれたことに、感謝するべきなのかもしれない。
「………◾️◾️◾️………ぅ…◾️◾️……。」
時間を掛けて思案している内に、"俺"は少しずつ"俺"のことを思い出し始めた。
そういえば俺は、生まれたときはこんな状態ではなかったような気がする。
たしか世界が見えていたし、自分の足で歩けていたのだ。
足…?そうだ、体の部位の名だ。
俺には足だって手だって、肩だって、顔だって、頭だって、耳だって…そうだ、色々あったはずで…。
俺は今、思考できている、ということは、少なくとも『生きてはいる』はずだ。
何らかの原因によって、自分のことを殆ど忘れてしまっており、目も見えず、平衡感覚も失っているようではあるが。
「………◾️◾️◾️イ……………◾️◾️………………」
そうだ、視覚や触覚は失ってはいるが、聴覚は健在なようだ。
今の俺に与えられる情報は、この声だけだ。
今まではただの音の羅列だと聞き流していたが、そういえば"声"には意味があるものもあったような、ないような…。
俺がこの状況を理解するためには、この声が何と言っているのかを聞き取るべきか。
もしかするとこの声は、俺を眠りから醒まそうとする、いわば救世主の声なのかもしれないのだ。
俺は、しばらく止んだかと思えば突然聞こえてくる、この謎の声に意識を集中させることにした。
幾重もの失敗を重ねたが、俺が思案を続ける内に語彙を取り戻し始め、それと同時期にようやく聞き取れて意味が分かるようになってきた。
「…誰か助けて、お願い…。私の声を聞いて…」




