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舞台裏の歌姫

二人の、初めての依頼。

馬車に揺られて到着した目的地――王立学校の前に立った私たちは、その圧倒的なスケールに完全に息を呑んでいた。

そびえ立つ壮麗な銀の柵門をくぐれば、そこはまるで、どこかの王の城や宮殿だと言われても誰も疑わないほどの高さを誇る学び舎だった。

「初依頼の舞台にしては、ちょっと規模が大きすぎませんか……?」

校内へと足を踏み入れると、そこは学校というより、国営のオペラハウスかと思うほどの広さと荘厳な装飾に満ちていた。ここが学校であることを、一瞬で忘れてしまいそうになる。

呆然とする私たちを出迎えたのは、モーリスと短く自己紹介をした、この学校で教鞭を執っているという男性教師だった。

モーリス先生の説明は拍子抜けするほど端的なもので、「とにかく、ステージで一曲歌ってくれればそれで良い」ということだけだった。

私たちはそのまま、舞台裏にある広々とした衣装部屋へと案内された。

「一時間後に迎えに来ます。それまでに準備を」と言い残し、先生は私たち二人を置いて足早に去っていった。

完全な二人きりの空間になり、私はようやく小さく息を吐いて口を開いた。

「なんか……色々と予想外でしたね。学校の行事だから、もっとこぢんまりとしたものかと思っていました」

「……別に、どこで歌おうと同じだろ」

ハル様はそうぶっきらぼうに返しながら、部屋の壁一面に広がるウォークインクローゼットへと歩み寄り、そこに掛けられた色鮮やかな衣装の数々に手をかけた。

そこには、きらびやかなドレスをはじめ、仕立ての良いコートや学生の制服、異国の民族衣装、さらには重厚なマントまでが豊富に揃えられている。貧民、平民、貴族、あるいは王族にだって、何にでもなれそうだ。まるで、移動サーカス団の舞台衣装部屋に迷い込んでしまったかのような錯覚を覚える。

ハル様はいくつかの衣装を品定めするように眺めていたが、やがて一着の衣装を手に取ると、私を振り返って冷たく言い放った。

「――んじゃ、着替えるから。お前、外に出てて」

「あ、はい! 失礼します!」

いくら見ていて飽きない美少年とはいえ、主の着替えまでじっくり覗き見る趣味は私にはない。私は慌てて部屋を飛び出し、パタンと扉を閉めた。

扉の前に背を預け、周囲の見張りを兼ねつつ、私はただ静かに待つ。

手持ち無沙汰な時間のなかで、脳裏に去来するのは、あのルーファス家での息苦しい日々だった。

ハル様の監視役を無理やり押し付けられていた、あの頃。日陰にある西向きの窓から見下ろすお屋敷の景色は、いつも少しだけ寒く、寂しく感じられたものだ。それが今では、こうして彼のモリテとして、並んで歩いている。人生とは分からないものだと、しみじみ思っていると――。

「おい。着替えたぞ」

中から主の涼やかな声が響き、私は我に返って「失礼します」と部屋へ戻った。

だが、扉を開けて振り返った瞬間、私の思考は完全にフリーズした。

そこには――豪奢なドレスを完璧に着こなした、一人の美しい『少女』が佇んでいたからだ。

「……あ、すみません! 部屋を間違えました!」

私はあまりの美しさにパニックになり、考えごとをしているうちに違う部屋へ入ってしまったのだと思い込んで、慌てて回れ右をしようとした。他人の空似というには、あまりにも出来すぎているけれど。

「待て。どこへ行く、ちゃんと見ろ。僕の声くらいで分かるだろ」

背後から呆れたような声がして、私は恐る恐る視線を上げた。

水色――まるで、雨上がりの薄曇りの空をそのまま織り上げたかのような、淡くも気品のある明るいドレス。そこから伸びる白磁のような肌、艶やかな髪、しなやかな腕。

見れば見るほど、どこかの由緒正しき公爵家あたりから、お忍びでやってきた御令嬢にしか見えない。

「ひ、姫……ですね。これは、本物の……」

私が本気で圧倒されていると、何か不穏な空気を察したのか、ハル様はあからさまに嫌そうな顔をして身構えた。

「お前、何か変なこと疑ってないか? これはあくまで『顔バレ』を防ぐための変装だ。僕にそういう趣味があるわけじゃないからな!」

ハル様は言い訳するように早口で言うと、鏡の前で頭から薄いヴェールを被り、さらに目元を覆う精巧な仮面を身につけて見せた。

「いえ、そういう意味で言ったのではなくて……。なんというか、本物の『歌姫』って感じがして、ちょっと綺麗すぎて、私まで妬ましくなっちゃうな、と……」

「お前な――」

コンコン、と絶妙なタイミングで外からノックの音が響き、ハル様の言葉が遮られた。

「お待たせいたしました。そろそろ開演となります。舞台袖へご準備を」

スタッフの声に、私たちは顔を見合わせた。いよいよ、初舞台の幕が上がる。

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