『ウンディーネさんと深淵の谷 ②』
深淵の谷、出発当日の朝。
イールフォリオの東門をくぐると、ベリアさんとリアットさんの姿か見えました。
どうやら、わたしたちのことを待ってくれていたようです。
そこで朝の挨拶を交わします。
「ベリアさん、リアットさん、おはようございます」
「おはようさん」
「お嬢サマ、おはようっす」
「今日はよろしくお願いしますね。では、行きましょうか」
わたしはいつものようにシュヴァルツさんの背中の上。
そのシュヴァルツさんの足が、大きく前に一歩進みました。
それを見ていたベリアさんが、突然声を上げたのです。
しかも、かなり慌てた様子で。
「ちょっと、お嬢ちゃん?! どこに行くんだい?? そっちは門とは逆さね」
あ……ベリアさんたちには、神具の腕輪のことを話してませんでしたね。
ここで説明するわけにもいかないので、笑って誤魔化しながら言葉を返します。
「アルファルムンへ行く前に、神殿に寄りたいんですよ」
「なんだい。それなら、そうと言っておくれ」
「すいません……あはは」
そして、ベリアさんとリアットさんも一緒に神殿へ。
神殿に入ると、お二人を祭壇の前に誘導しました。
「ではこれから、アルファルムンに行こうと思います」
「……は? お嬢ちゃんは、ナニを言ってるんだい??」
「そうっすね。ワケわかんないっす」
ベリアさんとリアットさんは首を傾げます。
まあ、普通に考えたら、おかしなことを言ってますよね。
でも……これから起きることは紛れもない事実。
またとない機会なので、ベリアさんとリアットさんにも、体験してもらうことにしましょう。
では早速……。
わたしは左手を天井に向かって、高く突き上げました。
「門よ開け! 移動目的地アルファルムン!!」
わたしの呼び掛けに応じて、神具の腕輪が発動。
光の柱が、わたしたちを包み込みます。
そして、数秒と経たずに光の柱が消えたのですが……。
「「………………」」
ベリアさんとリアットさんは呆然としている様子。
驚かせちゃったみたいですね。
それから少し経って、ベリアさんが口を開きました。
「いったい……ナニが起きたんだい?」
「アルファルムンに移動したんですよ。この神具の腕輪を使って」
左腕を少しまくって、金色に輝く腕輪を見せます。
するとリアットさんが驚きの声を上げたのです。
「あーっ、その腕輪! 女神サマが持っている腕輪と同じモノじゃないっすか!!」
「よくご存じですね」
「お嬢ちゃん、アンタ……女神サマだったのかい?」
ベリアさんも、ティーニヤさんみたいなことを言うんですね。
この腕輪を持っていると、毎回勘違いされそうです。
なので、ちゃんと否定しておきました。
「いえ、ベリアさんたちと同じ人族ですよ。そんなことより、裏門に急ぎましょう」
そう言って、神殿の外に出ます。
目の前に広がっているのは、迷路ような街並み。
その光景にベリアさんたちは……。
「ホントにアルファルムンだよ。こいつは、たまげたね」
「これ……ヤバいっすよ」
改めて驚いていました。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
場所は変わって、アルファルムンの裏門。
そこには、武装した兵隊さんたちの姿がありました。
その数、実に300人以上!
また、兵隊さんとは別に冒険者さんと思われる人たちが200人近くいます。
合わせて約500人。
かなりの大人数ですね。
ダークエルフさんひとりを捕らえるのに、ここまでの人数が必要なのでしょうか?
疑問に思いつつ、わたしは門の前に陣取る、エルフさんたちの集団へと向かいます。
なぜかって?
その中に、ひときわ目立つエルフさんが、いたからです。
白いお馬さんに跨り、赤いマントをなびかせている姿は、まるで王子様のよう。
さらには後ろ姿でも十分に感じ取れる、気品のあるオーラ。
恐らく、あのエルフさんが、ティーニヤさんのお兄さんだと思われます。
しかしこの人込み……。
お兄さんのもとに辿り着けるのでしょうか?
ところが、思いのほか順調に目的の場所に向かって進めます。
と言うのも、シュヴァルツさんを見た周りの兵士さんたちが、道を譲ってくれるからです。
さすがは、希少種のフェンリルさん。
兵士さんたちは、珍しいものを見るように驚いた表情を浮かべていました。
ただ……これがちょっとした騒ぎになってしまったため。
赤いマントのエルフさんに気づかれてしまいます。
振り返ったエルフさんは、美少年と呼ぶに相応しい顔立ちをしてました。
だからと言って、ドキドキしたりしませんけどね。
わたしにはシュヴァルツさんが、いますから……えへへ。
そのエルフさんに、声を掛けようとしたのですが……。
「そこの人族の娘! それ以上、ご領主様に近づくな!!」
護衛と思われる兵士さんに、ガードされてしまいます。
もう少しのところだったのに……。
ですが、あのエルフさんがティーニヤさんの、お兄さんであることは確認できました。
なんとかして、お手紙を渡したいですね。
そう思っていたところ、意外にもお兄さんから声を掛けられたのです。
「其女は此度の作戦に参加する冒険者か?」
「えーっと……まだ参加していませんが、これから参加しようと思っています」
「可笑しな事を言う。して、私に何様か?」
「あ、はい。このお手紙をティーニヤさんから預かってまして……」
「ティーニヤから? 拝見させて貰おう」
「どうぞ」
わたしはお兄さんに、ティーニヤさんのお手紙を渡します。
「ふむ。確かにティーニヤの紋章だ」
そして、お手紙を読み始めるお兄さん。
無言で黙々と読み進めていました。
ただ……途中で1度だけ眉間にしわを寄せたんですよね。
そこだけが気になるところです。
それから数分後、お手紙を胸元に仕舞いました。
「其女は、ティーニヤの友人であったか。手紙の遣り取りばかりで、暫く会っていないが……ティーニヤは元気にしているのか?」
「はい。とっても」
「それは何よりだ」
お兄さんは優しく微笑みます。
ティーニヤさんのことを、とても大切に思っているんですね。
ですが、すぐに厳しい表情を見せたのです。
「して、手紙の内容だが……其女を此度の作戦に同行させて欲しいと書かれていた。深淵の谷は、モンスターの巣窟。危険だと解って、同行すると言うのか?」
「危険な場所だからこそです。ティーニヤさんは、お兄さんのことを……」
そこまで話したところで、先ほどの兵士さんに怒鳴られます。
「ご領主様に向かって、『お兄さん』だと? 無礼にも程があるぞっ!!」
「え? じゃあ、なんて呼びましょうか……『お兄様』ですかね??」
「『ご領主様』だ! 人族の分際で、そんな事も解らぬのか?」
この遣り取りを見ていたお兄さんが、吹き出すように笑いました。
「フッ……其女は本当に可笑しな事ばかり言う。良い、ティーニヤの友人なのだから『お兄さん』で構わぬよ。それよりも話の続きを聞かせて貰おう」
「えーっと、ティーニヤさんは、お兄さんのことをとても心配してました。わたしは、その心配を取り除くために、同行したいのです」
「ふむ。其女と一緒なら、安全だと言うのか?」
「はい」
お兄さんを見据えながら、断言します。
すると、お兄さんも真剣な表情をしました。
「嘘は吐いていないようだな。しかし、ティーニヤの心配性も困ったものだ。私は大丈夫だと手紙に記したのだがな」
「それだけ、お兄さんのことを大切に思っていると言うことですよ」
本当に仲の良い兄妹なんですね。
わたしの言葉に、お兄さんは少し恥ずかしそうにしてました。
「うむ……そうだな。良し、解った。其女の同行を認めよう」
この決定に一部の兵士さんたちが異議を唱えます。
ですが、お兄さんは、これを一蹴。
半ば強引に、お兄さんとの同行が認められたのでした。




