『ウンディーネさんと深淵の谷 ①』
ティーニヤさんを安心させるべく、深淵の谷に向かうことを決めたワケですが……。
大事なことを聞き忘れていました。
まずはそれを確認します。
「そう言えば……ティーニヤさんのお兄さんは、いつ出発する予定なんですか?」
「ええと、今日が1週目の『水の9日』になりますから……明後日ですわね。2週目の『光の1日』の朝には出立すると思いますわ」
水の9日? 光の1日?!
どこかで聞いたことがあるような……。
あっ! こちらの世界の1週間のことでしたね。
1週間は10日もあるんでしたっけ。
入院している時から曜日の感覚とかなかったので、すっかり忘れていました。
では気を取り直して……。
「そうですか。それでは明後日の朝、アルファルムンの裏門で、お兄さんと合流すれば良いですよね?」
「ええ。それで、お願い致しますわ。お兄様にお会い出来ましたら……この書状を渡してくださいな」
そう言って、とても立派な封筒を手渡されます。
裏には赤いロウソクで、封が押されていました。
確か『封蝋』と言うんですよね。
中世のお手紙みたいで素敵です。
そのお手紙を眺めながら、ティーニヤさんに訊ねます。
「わかりました。ちなみに……このお手紙には、なにが書かれているのですか?」
「その書状には、わたくしとディーネさんが良き友人同士である事が記載されてますわ」
良き友人?
確かにティーニヤさんとは、仲良くさせてもらっていますが……。
「それだけですか?」
「それだけですわ。ですが、とても重要な事ですのよ? 通常であれば、人族が大国の領主と同行するなど、あり得ませんもの」
ティーニヤさんの言葉を聞いて、ハッとしました。
それと同時に、納得します。
平凡な人族のわたしと、領主さんを務める、ハイエルフさんの、お兄さん。
なるほど……。
「わたしとお兄さんとでは、身分が違い過ぎますね」
「ディーネさんの実力を知らぬ者は、そう思いますわよね。ですから、わたくしの友人である事が、重要になってきますの。お兄様なら、妹が認めた相手を、ないがしろには致しませんからね。それに……ディーネさんは女神さ…………ゴニョゴニョ」
「それに? なんですか??」
最後のほうが聞き取れませんでした。
もう一度、言って貰おうと思ったのですが、ティーニヤさんは首を横に振ります。
「いえ……なんでもありませんわ。それより、ディーネさんのお連れの方は4名ですわよね?」
4名?
なぜその数字になるのでしょうか??
理解できず、今度はわたしが、首を横に振りました。
「いえいえ、シュヴァルツさんとフウカさんしか連れていきませんよ?」
「え? アンデイルさんと、アスィミさんは、お連れになりませんの??」
「一緒なら心強いんですけどね。お二人は日中の見回りがありますから」
「……あっ、そうでしたわね。わたくしとした事が失念してましたわ。どうしましょう……」
頭を抱えるティーニヤさん。
かなり困っているようです。
「もしかして、4人連れて行かないとダメな感じですか?」
「ええ。その書状に、ディーネさんのお連れの方は4名居ますと書いてしまいましたの」
「あらら……書き直すわけには、いかないんですか?」
「無理ですわ。わたくしが執筆した事を示す、紋章の入った羊皮紙の在庫がありませんの」
「そうですか……まあ、あとの二人は、なんとかしますよ。ですから、気にしないでくださいね」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
……とは言ったものの。
「なるほどねぇ……で、そのひとりが、アタイってコトなのかい?」
「すいません。ベリアさんしか頼める人がいなくて……」
ベリアさんたちが暮らす、食堂の一角。
そこでわたしは、ベリアさんに頭を下げています。
「まあ、良いさね。領主サマが深淵の谷に行くコトになったのは、アタイにも責任があるさね。それに、ボスの姿をしってるのは、アタイくらいだしね。お嬢ちゃんに、つきあうよ」
「ありがとうございます!」
わたしは再び頭を下げました。
そして顔を上げると……。
「まだひとり空きがあるなら、ウチもついて行くっすよ!」
嬉しいことに、リアットさんが名乗り出てくれたのです。
「リアットさんも、ありがとうございます」
「お礼を言いたいのは、ウチのほうっすよ」
「はい? それは……どう言うことですか??」
「お嬢サマは、ウチらがハンターギルドに入った経緯を知ってるんっすよね?」
「ええ、まあ。ベリアさんのお仲間さんが、解毒魔法が効かない毒を受けたと……その毒の治療をする代わりに、ハンターギルドに入ったと聞きました」
「そん時の毒を食らったのが、ウチなんすよ」
リアットさんのお話に、思わず言葉を失いました。
「…………え? そうだったんですか?!」
「そうっすよ。だから……姐御や仲間たちをあんな目に遭わせたアイツが許せないっす」
アイツと言うのは、ハンターギルドのギルドマスターさん……。
つまり、ダークエルフさんのことですよね。
リアットさんの目から、憎しみの感情みたいなものが溢れ出ているように感じました。
気持ちは、わかります。
わたしも、大切な家族が同じことをされたら、正気を保っている自信がありませんから。
それでも……。
「復讐とかしたらダメですよ? 誰かを恨み続けることは、それだけで心も体も疲れちゃいますから。辛かったことを忘れてください……とまでは言いません。でも、これからは楽しいことを考えて欲しいと思います。リアットさんにとって、ここでの生活は楽しくないですか??」
「そ、そんなの……楽しいに決まってるじゃないっすか! それに、すごく幸せっす!!」
「ならそれで良いじゃないですか」
「そうっすね。でも……ウチは、お嬢サマと一緒に深淵の谷に行くっすよ。アイツをとっつかまえてやるっす!」
やる気を滲ませる、リアットさん。
そこに、憎しみの感情は見られませんでした。
良かった。
そう思いつつ、ベリアさんに視線を移します。
「アタイかい? アタイはもう恨んでなんかないさね。ただ……この生活をぶち壊すようだったら、ただじゃおかないね」
「それは、わたしも同じですよ。まあ、絶対にそんなことは、させませんけどね……フフフ」
「お、お嬢ちゃん?! あ……いや、なんでもないさね」
ベリアさんが、わたしから視線を逸らしました。
なにか、あったのでしょうか?
理由はわかりませんが、ベリアさんが怯えたような表情を浮かべています。
うーん、ちょっと気になりますね。
まあ、それはさておき。
これで同行者さんを無事確保です!




