『ウンディーネさんと迷惑な冒険者さんたち ③』
手錠を掛けられた冒険者さんたちは、全部で3人。
ひとりは若い男性のエルフさん。
もうひとりのかたも若いのですが、こちらは女性のエルフさん。
そして最後は中年くらいの男性のエルフさん。
その3人の周りを囲むように数名の衛兵さんが立っています。
そこから少し離れたところに、ドーラさんとグリエムさん、あとベリアさんとリアットさんの姿がありました。
ドーラさんたち4人は、なにやら話し込んでいる様子。
それも難しい顔を浮かべながら。
なにか、問題でも起きたんですかね?
そんなことを思っていると、不意にリアットさんと目が合ったのです。
「お嬢サマじゃあ、ないっすか! おはようっす!!」
お嬢様……。
ベリアさんが、わたしを『お嬢ちゃん』と呼ぶので、奴隷さんたちから、そう呼ばれるようになったんですよね。
嫌ではないですけど、少しばかり恥ずかしい気持ちになります。
わたしはお嬢様と言う感じではないので……。
それはさておき。
リアットさんの元気な声に、他の3人がこちらを見ました。
そこで朝の挨拶を交わし、そのまま疑問に思ったことを口にします。
「おはようございます。ところで……なにか、あったんですか?」
「うむ、そこに捕らえられたエルフたちなのだが、ひとりだけ犯行を否認してな。困っているところなのだ」
「ひとりだけ? 他のふたりは自供したんですか??」
「自供するもなにも、女のエルフは、私が現場を押さえたからな。逃れようが無い。あと、若い男のエルフは斥候の娘が騒ぎを目撃している……とは言っても、奴隷の証言だから信憑性が無いと事実を認めなくてな……」
奴隷さんの証言だから信じて貰えない?
それってなんだか……。
「ひどい話ですね。どうにかならないんですか?」
そう訊ねてみたところ、グリエムさんではなく、ドーラさんの口が開きました。
「なったわよ。以前、被害に遭ったエルフが、彼のコトを覚えていてね。証人になってくれたわ」
「それなら良かったです。頑張ったのに報われないのは嫌ですからね。では、犯行を否認しているエルフさんと言うのは……」
「オッサンのエルフね」
ドーラさん、言い方!
せめて、『おじさん』と呼んであげてください。
「なぜ、あのエルフさんだけ犯行を認めていないんですか?」
「目撃者がいないからよ」
そう言って、ドーラさんは両腕を組みます。
でもわたしは、その言葉に首を傾げました。
「目撃者がいない? なのに捕まえたんですか?! それって……誤認逮捕になりますよね??」
「普通に考えれば、そうかもね。でも……女のエルフのアジトに、あのオッサンのエルフが居たのよ。怪しいと思わない? んで、事情を聞こうとしたら突然暴れ出してね。逃げ出そうとしたのよ。奴は絶対、クロに違いないわ」
ドーラさんは断言します。
まあ、その可能性は高そうですね。
証拠がないので、なんとも言えませんが。
「だから別件で逮捕したと言うわけですか。それにしても、よく犯人さんの居場所が、わかりましたね」
「それはリアットのお陰ね。アジトを見つけたのは彼女だから」
「へえ、そうだったんですか。リアットさん、お手柄でしたね」
「そんなことないっす。アジトを突き止められたのは、姐御が完璧な布陣を敷いてくれたからっす」
「完璧な……布陣?」
その意味がわからず、わたしはリアットさんから、ベリアさんに視線を移しました。
そしてそのまま言葉を続けます。
「それって、どう言うことですか?」
「リアットの腕前は一流さ。でも……相手の逃げ足が速いと撒かれるコトがあるさね。そうなったら、元も子もないだろ? だから、考えられる全ての逃げ道に見張りを立たせておいたってワケさね……で、予想通りエルフが逃げてきたもんだから、物陰からコイツをお見舞いしてやったのさ」
そこでベリアさんが取り出したのは、とても小さな巾着袋のようなもの。
その袋の中には、緑色の粉が入ってました。
「見たこともない粉ですね。これはなにで、できているんですか?」
「『ルミナモース』とか言うヒカリゴケの仲間を乾燥させたモノさね。こいつは別名『足跡ゴケ』と言ってね。踏んづけちまうと、僅かに光を放ちながら、数キロ先まで足跡が残っちまうのさ」
「では、お洋服に、この粉が付着すると……」
「微量だけど、粉が地面に落ちるって寸法さ。ただ……そいつを見極められるのは、斥候のジョブ持ちだけさね」
「なるほど……その粉の跡を辿って、エルフさんの居場所を突き止めたと言うわけですか」
「まっ、そう言うコトさね。情報ってのは武器になる。これがアタイらの戦い方さね」
リアットさんの能力は凄まじいものがあります。
でもそれを最大限に引き出したのは、ベリアさんの完璧な布陣。
地図を隈なく見ていたのは、そう言うことだったんですね。
情報は武器になる。
確かにそうかもしれません。
納得して頷いていると、すぐ隣で大きな声が聞こえてきました。
衛兵さんに尋問されている、中年のエルフさんの声です。
「俺は何もしてねぇって、言ってんだろうがっ! お前ら、こんな事をしてタダで済むと思うなよっ!!」
「何もしていないのなら、何故逃げ出そうとした?」
「んなもん、お前らがいきなり押しかけて来たからだろうがっ! 盗賊か何かと思ったんだよっ!!」
「本当に何もしていないんだな?」
「さっきから、そう言ってるだろ? 俺はこの町に来てから、一度だって騒ぎを起こすようなマネはしてねぇよっ!」
「…………わかった」
衛兵さんの言葉を聞いた瞬間、中年のエルフさんはニヤリと嫌な笑みを浮かべました。
これは完全にクロですね。
ですが、そのことを証明できるものがありません。
悔しそうに奥歯を噛みしめる、ドーラさん。
この気持ちは、グリエムさんやベリアさんたちも同じです。
もちろん、わたしも……。
そして衛兵さんが手錠を外そうとした、まさにこの時。
背後から、わたしを呼ぶ声が聞こえたのです。
「母さん……どうしたの?」
声の主は、アンデイルさんでした。
どうやら見回りの途中みたいです。
「例の……町を騒がしていたエルフさんたちが、捕まったんですよ」
「そうなんだ……ん? あのエルフ……また悪いことを……したの??」
「どのエルフさんですか?」
「衛兵と話してる……中年のエルフ……以前パン屋で……店主に暴言を吐いて……困らせてた……」
あれ? さっき、騒ぎを起こしたことは一度もないとか言ってましたよね。
嘘を吐いたらダメじゃないですか~。
中年のエルフさんは反論しようとしましたが……。
衛兵さんのひとりが、パン屋さんの店主さんを連れてきたことにより、あえなく撃沈。
アンデイルさんと店主さんの証言が決め手となり、中年のエルフさんも罪に問われることになったのでした。