『ウンディーネさんとお水の精霊さんの隠し事』
ウンディーネさんを乗せた馬車を見送りながら、わたしはアンデイルさんに声をかけました。
「アンデイルさんのお母様が、ウンディーネさんだったとは……正直、驚きましたね」
「黙っていて……ごめんなさい……」
「別にいいんですよ。隠し事のひとつやふたつ、誰にでもあるものですから」
「母さんも……あるの? わたしに……隠してること……」
「わたしですか? そうですねぇ……」
両腕を組んで、『うーん』と唸るような声を漏らしながら考えます。
家族に対して隠し事?
そんなものは、ありません!
と断言したいところですが……。
「あると思いますよ?」
「なんで……疑問形なの?」
「わたしの中では伝えきったつもりでも、忘れていることが、あるかもしれないじゃないですか。そうなると、アンデイルさんにとっては隠し事になるのかなぁ……と思いまして」
「それは……隠していることに……ならないと思うけど……なんか……母さんらしい……」
そう言って、アンデイルさんはクスっと笑います。
そんなアンデイルさんに対して、わたしはひとつだけ引っ掛かることがありました。
それを今から確認しようと思います。
「わたしらしいですかね。それはそうと……アンデイルさんは今まで、精霊術師さんと一緒にいたんですよね? そのハイエルフさんとは、どうされたんですか??」
この質問を聞くと同時に、アンデイルさんから笑顔が消えました。
そして驚きの表情へと変わったのです。
「なっ、なんで……母さんが……そのことを……知ってるの?!」
「エーリィル様に聞いたからですよ。ウンディーネさんがお嬢さんを探しているから、そのことを伝えて欲しいと頼まれたんです」
「そ……そうだったんだ……彼女とは……この町に来る前に……契約を解除した……」
解約を……解除した?
それもイールフォリオに来る前に??
なんでそんなことをする必要があったのでしょうか。
わたしは思考を巡らせます。
そして、ひとつの答えに辿り着きました。
わたしの推測が正しければ、アンデイルさんと一緒にいた精霊術師さんは、あのハイエルフさんしか考えられません。
そこで単刀直入に聞いてみることにしたのです。
「そうですか。もしかして、その精霊術師さんって……エリミア様のことじゃないですか?」
この一言に、アンデイルさんは目を丸くします。
さらに表情が一気に青くなりました。
すごく動揺しているみたいですね。
どうやら図星のようです。
「な、な、な、なんで……そう思うのっ?!」
「なんでと言われても。普通に考えたら、わかることですよ。この町に来られない精霊術師さんは、エリミア様以外いませんから。もちろん、理由もわかってますよ? 自分の死を偽装して、この町を離れたからですよね。そんなことをしたら、帰りたくても帰れなくなるのは当然のことだと思います。町の皆さんに嘘を吐いたわけですし」
「ど、どうして……母さんは……そのことを……知ってるの?」
「エリサさんを問い詰めて、全てを聞いたからです。あと、エリミア様のお手紙も読ませていただきました。まあ、お手紙と言うよりは謝罪文みたいなものでしたけどね」
「そ……そうだったんだ……じゃあ……」
わたしとお話ししながら、アンデイルさんはフウカさんに視線を移しました。
そのフウカさんですが、アンデイルさんに向かって、ゆっくり頷いたのです。
「ハイ。フウカモ知ッテルデス」
「ごめんなさい……貴女が傷つくと思って……本当のことを……言えなかった……」
アンデイルさんの隠し事は、フウカさんを気遣う優しいものでした。
今まで黙っていて辛かったでしょうね。
でもここで声をかけるのは、わたしの役目ではありません。
同じく辛い思いをしたフウカさんの役目です。
「エリミア様ガ生キテイルト知ッタ時ハ、嬉シサヨリモ、悲シイ気持チニナッタデス。デモ今、フウカニハ……ディーネ様ガ傍ニ居テクレルデス。シュヴァルツ様モ一緒デス。フウカニ、家族ガ出来タノデス。モウ、一人ボッチジャナイデス。ダカラ……エリミア様ノ事デ傷ツイタリシナイデス」
「そう……母さんたちと……家族になれて……良かったね……」
「ハイデス! アンデイル様ト家族ニナレタ事モ、トテモ嬉シイデス」
「わたし……も? どうして??」
「アンデイル様ガ、エリミア様ト新シイ旅ヲシタカラデス。何モ言ワズ出テ行ッタノハ辛カッタデス。デモ……フウカハ、エリミア様ガ好キナノデス。ダカラ、旅ヲシテタ時ノ御話ヲ聞キタイノデス。駄目デスカ?」
「ううん……たくさん……してあげる……」
「アリガトウナノデス」
フウカさんを見るアンデイルさんの表情に笑顔が戻ります。
このタイミングで、わたしもお話に参加することにしました。
「あの~、エリミア様は『エンシェントワールド』でNPCをされていたんですよね? 結構深いところまで冒険していたんですか??」
「確か……アスモディアまで……行ったとか……言ってた……」
おお! それはすごい!!
アスモディアは深淵の谷の先にありますからね。
そこに辿り着くと言うことは、かなりの実力者だと思われます。
これは、わたしもエリミア様のお話を聞いてみたくなりました。
そんなことを考えている目の前で、アンデイルさんは言葉を続けます。
どこか怪訝な表情を浮かべながら。
「ねえ……母さんはなんで……『エンシェントワールド』のことを……知ってるの? 母さんも……女神様に選ばれた……ひとりなの??」
「違いますよ。わたしは元々『エンシェントワールド』の住人……と言いますか、冒険者さんなんですよ。女神様の手違いで、こちらの世界に転生してしまったんです……って、あれ? なんか怒ってませんか??」
わたしを見ているアンデイルさんの頬が、ぷくっと膨れ上がっていました。
「そんな大事なこと……聞いてない……」
あー、確かに言い忘れてましたね。
さっきは『母さんらしい』と笑ってくれましたが。
今はとってもご立腹の様子。
やっぱり忘れていたことも、隠し事になるじゃないですか。
そう思いつつも、わたしはアンデイルさんに謝るのでした。




