『ウンディーネさんとお水の大精霊さん ②』
母様……。
そう口にしたアンデイルさんは、ウンディーネさんを青ざめた表情で見ていました。
一方ウンディーネさんは、アンデイルさんを睨みつけ、わなわなと体を震わせています。
そして、アンデイルさんに向かって、怒声を上げたのです。
「アンデイル! 貴女……自分が何をしたか解っているのですかっ!!」
「…………」
「貴女が屋敷を抜け出してから、私がどれだけ恥ずかしい思いをした事か……ちゃんと聞いてますか? 聞いているのなら返事をしなさいっ!!」
「…………」
「何時まで黙っているつもりですか? 真っ先に言うべき事がありますよね?? そんな事も解らないのですかっ!!」
「…………」
何を聞かれても、口を噤むアンデイルさん。
まあ、あんな風に言われたら黙りたくもなりますよね。
考える暇も与えないほど、怒鳴り散らしているんですから。
でもこのやり取り見て、お二人がどう言う関係なのか理解しました。
「謝りなさいと言っているのです。本当に貴女は、どうしようもない娘ですね」
やっぱり……。
アンデイルさんはウンディーネさんのお嬢さんだったんですね。
ただ……そうなるとエーリィル様の情報は間違っていたと言うことでしょうか?
本当なら、アンデイルさんは精霊術師さんと一緒のはず。
でも初めてアンデイルさんとお会いした時、傍には誰もいませんでした。
それがとても気になります。
だからと言って、アンデイルさんに確認をできる状況ではありません。
ウンディーネさんの怒りは、ヒートアップしていくばかりでしたので……。
「いい加減にしなさいっ! 謝る気が無いのなら、罰を与えますよっ!!」
「…………」
それでも黙るアンデイルさん。
そしてついに、ウンディーネさんの怒りがピークに達しました。
「良く解りました。では、罰を受けなさい。ウォーターボール!」
差し出された右手から、直径50センチほどの、お水の球体が放たれます。
直撃すれば、かなりダメージを受けそうな勢い。
このウォーターボールに対し、アンデイルさんは防御できない様子。
ウンディーネさんに気圧されて、完全に委縮してますね。
それならば……。
「ウォーターフォール!」
わたしが、アンデイルさんを守ります。
シュヴァルツさんとアスィミさんを巻き込みたくないので、かなり大きめに作った、お水の壁……と言いますか、内容は滝です。
ウンディーネさんの放ったウォーターボールは、この壁に模した滝に阻止され、叩き落とされながら消滅しました。
それを見て、ウンディーネさんが驚愕の声を上げます。
「なっ?! 私の魔法が……人族の魔法に負けたと言うの?? そ、そんなのあり得ないわ。次は本気でいきますよ! ウォーターランス!!」
そう言うと、今度は両手を突き出し、お水の槍を放ってきました。
槍の長さは1メートルくらいですかね。
当たったら痛そうです。
でも、その槍さえも、わたしたちに届くことはありません。
ウォーターフォールは、バブルドームに次ぐ強力な防御魔法。
守りに特化しているので、簡単には破られない自信があるのです。
それでもウンディーネさんは、槍を放ち続けます。
もちろん、その全てを叩き落とし、消滅させました。
頑張っているようですが、そろそろ諦めてくれませんかねぇ……。
そんなことを思っていると、アンデイルさんがわたしの背中に顔を埋めてきたのです。
怖かったのか、震えているがわかります。
「母さん……助けて……」
消え入るような、アンデイルさんの声。
こんなに怯えて……。
わたしは振り返り、アンデイルさんを抱きしめました。
「大丈夫ですよ。アンデイルさんのことは、わたしが絶対に守ります。お母さんですからね!」
この言葉を聞いて、アンデイルさんは小さく頷きます。
そしてわたしは再びウォーターフォールの前に立ち、ウンディーネさんを見据えました。
するとウンディーネさんが、魔法を放つのを止め、片膝をついたのです。
「な、何なのですか? 貴女は??」
「わたしはウンディーネですよ。そして……アンデイルさんの母親です」
「馬鹿な事を言わないで頂戴。アンデイルの母親は私よっ!」
「バカなことを言ってるのは、あなたのほうですよ……」
すうっと息を吸い込んでから、わたしは言葉を続けます。
「母親だと言うのなら、なぜ娘に手を上げるのですか? あなたがやっていることは躾ではなく、虐待です! そんなことをするから、アンデイルさんは自分の気持ちを表に出せないんですよ!!」
「あ、貴女に何が解ると言うの。この子は私の娘だと言うのに、魔法のセンスが無い、どうしようもない子なのです。厳しく指導するのは当然ではありませんか」
「アンデイルさんに魔法のセンスが無い? 本当にそう思ってるんですか??」
「思ってますよ。この子は魔法の発動に時間が掛かり過ぎますからね。だからウォーターボールですら防ぐ事が出来ません。貴女も見たでしょう?」
魔法の発動が遅いのは、躾と言う名の虐待が原因になっていると思うんですけどねぇ……。
たどたどしい口調になってしまっているのが、まさにソレ。
そのことを口にしようとしましたが、これは良い機会だと、出かけた言葉を飲み込みました。
「なるほど……それなら今一度、アンデイルさんにウォーターボールを放ってみてください。防げないようなら、今までのことは全て謝罪します。でも、完全に防げた場合は……アンデイルさんのことを認めてあげてください。あと、わたしが母親であることも」
「良いでしょう。ですが、貴女は手出しをしないで下さいね」
「わかりました」
わたしは頷き、そのまま後ろに振り返ります。
見上げると、アンデイルさんが不安げな表情を浮かべてました。
「か、母さん……わたし……無理……母様の魔法……防げない……」
「心配いりません。アンデイルさんなら、きっとできますよ。あんなにたくさん練習したんですから」
「で、でも……失敗したら……」
「失敗なんてしませんよ。相手はお母様ではなく、アスィミさんを攻撃する敵さんだと思えば良いんです。アンデイルさんは、アスィミさんを守りたくないですか?」
この一言で、アンデイルさん目つきが変わります。
「そ、それは……それだけは絶対に嫌っ!!」
完全にスイッチが切り替わりましたね。
そこで、ウンディーネさんに合図をしました。
「いつでも打ってきて良いですよ」
「その言葉……後悔させてあげましょう。ウォーターボール!!」
ウンディーネさんの両手から放たれた、お水の球体。
それは先ほどとは比べ物にならないくらい大きなものでした。
その大きさは実に1メートルを超え、勢いも増しています。
ですが、アンデイルさんは冷静に両手を差し出し……。
「(バブルドーム、からのフルスピン!)」
ちゃんと心の中で魔法名を唱えたみたいですね。
直径10メートルはある、お水の泡が生成されてましたから。
回転速度も申し分なし。
ウンディーネさんの放ったウォーターボールが、真横に弾き飛ばされながら消滅しました。
「…………? …………?!」
ん? なにかウンディーネさんが驚ているみたいですね。
バブルドームの中なので、全然聞こえませんが。
そんなことよりも……。
「ちゃんと発動できましたね」
「母さんの……アドバイスのお陰……ありがとう……」
アスィミさんをちらりと見てから、少し照れた表情を浮かべるアンデイルさん。
大切なひとを守りたいと言う気持ちが、怯えていた心に打ち勝った瞬間でした。
同時にウンディーネさんのプライドも砕かれたようです。
地面にへたり込んでましたから。
アンデイルさんがバブルドームの魔法を解いたのち、わたしはウンディーネさんに視線を戻します。
「どうですか? これでも、アンデイルさんに魔法のセンスが無いと言いますか??」
「…………」
あれ? 今度はウンディーネさんが口を噤んでしまいましたね。
「あの~、聞いてます?」
「…………あっ、はい。聞こえてます。ところで、今の魔法は?」
「あれはバブルドームと言う、わたしのオリジナル魔法です。それをアンデイルさんに教えました」
「そうですか……あれほど凄まじい防御系の水魔法は、今まで見た事がありませんでした。それをアンデイルが習得するとは……私の指導は間違っていたのかもしれませんね」
ウンディーネさんは、素直に非を認めます。
そして、わたしからアンデイルさんに視線を移しました。
とても穏やかな表情で。
「貴女は貴女なりに頑張っていたのですね。その気持ちを忘れてはいけませんよ。そしてウンディーネの娘に恥じない立派な精霊におなりなさい。私ではなく、其方のウンディーネさんのですよ……」
そこまで言うと、ウンディーネさんはわたしに視線を戻しました。
「貴女様のもとなら、安心して娘を託せます。娘の事をお願いしますね」
「はい。任せてください」
ウンディーネさんは柔らかな笑みを浮かべながら、わたしに頭を下げます。
そして、馬車に向かって歩き出しました。
その姿を見て、アンデイルさんが声を上げたのです。
「か、母様! 黙って出て行って……ごめんなさい。わたし……立派な精霊になってみせます。母様が自慢できるような……立派な精霊にっ!!」
「そう……楽しみにしているわ」
歩きながら、ウンディーネさんは右手を振ります。
その右手がスッと、お顔のほうへと移動しました。
後ろ姿なので確認はできません。
でも……涙を拭っていたのでしょうね。