『精霊術師さんと優しいお水の精霊さん』
私が契約している精霊の中で、最も高位な存在。
それが水精霊、アンデイル様。
イールフォリオに居た時は、私の体内に宿っていたけれど、今はこうして実体化している。
その姿は人族で言う所の10代半ばと言った感じ。
だけど、まごうことなき美少女だと断言する。
青から水色へと変わる、グラデーションのロングヘア。
瑠璃色の瞳は、何時も眠たそうにしている。
そこがとってもキュートである。
でもアンデイル様は、ただカワイイだけの存在じゃない。
なんと母親は水の大精霊である、ウンディーネ様なのだ!
その血筋を受け継いでいるアンデイル様自身も、かなり高度な水魔法が使える。
本来なら、私程度の精霊術師が契約など結べるワケない相手。
ところが偶然が重なって、それが可能になったんだよね。
ひとつは、アンデイル様が育った環境にある。
ウンディーネ様はとても厳しい母親だそうで、アンデイル様には自由がなかったらしい。
友人関係にも恵まれず、いつも一人で居たんだって。
その辺りの事は、詳しく話してくれなかった。
まっ、嫌な思いをしたんだろうね。
そしてある日、その不満が頂点に達し、家出をしちゃったんだって。
わかる! 自由のない日々なんて、死んだも同然だからねっ!!
もうひとつは、いざ家出したのは良いものの、箱入り娘だったアンデイル様は外の世界を知らな過ぎたってこと。
何処に行ったら良いのか判らず、ボーっと海を眺めていたんだよね。
それを、たまたま旅をしていた私が見つけたってワケ。
あの時は運命的なモノを感じたよ。
当時の私はシルバーランクの冒険者で、難易度の高いクエストは受けられなかったからね。
行きたい場所があっても、ランクの壁が邪魔をしてた。
だけど、アンデイル様と契約できれば話は別。
水精霊は攻撃もさることながら防御に特化しているからね!
前にも話したけど、ハイエルフはモンスターを殺せない。
だからと言って、私には身を守る術が貧弱過ぎた。
でもアンデイル様の水魔法があれば、そんな問題も解決する。
そこで私は外の世界の知識を教える代わりに、契約をお願いしたってワケ。
そして現在に至る。
そのアンデイル様が、私を見て、怪訝そうな顔をしている。
眠たげな瞳は、そのままで。
「エリミア……旅に出るのなら……イールフォリオに帰らない?」
たどたどしい口調。
アンデイル様は人見知りな所があるから、話す時は何時もこんな感じ。
これも箱入り娘だった影響なんだろうね。
しかし、イールフォリオに帰りたいときたかぁ……。
困ったね。
うーんと唸りながら、言葉を返す。
「それはちょっとムリかなぁ……私が嘘を吐いてたのバレちゃうし」
アンデイル様は高位な存在だけど、私はフランクな感じで話をする。
気を遣って喋るとか疲れるし、アンデイル様もそれを望まない。
私たちの間では対等と言う関係が成り立っている。
その対等な相手のアンデイル様は、表情を曇らせていた。
「そう……エリミアが嘘を吐いた事……責めるつもりは無い……たくさんお世話になったから……でも……イールフォリオの町が心配……フレイムドラゴンとか……家の裏の貯水池とか……風のお掃除精霊とか……」
最後の『風のお掃除精霊』は、町に関係ないんじゃないかな?
いやいや、私だってあの子の事は気になってるよ??
連れて行きたいと思ったけど、低位の精霊は慣れない環境だとすぐに衰弱しちゃう。
だから家においてきた。
本来なら契約を解除するべきなんだろうね。
でも泣きつかれるってわかっていたから、言い出せなかった。
あ……家で思い出したけど、建築費用の残金を払ってなかったような気がする。
アルマは催促とかしないと思うんだけどね。
あの子が連れて来た弟子たちが、お金にうるさそうだったよなぁ。
そこがちょっと心配。
勿論、イールフォリオの町の事も心配してるからね?
お姉ちゃんに送る手紙の大半が謝罪文みたなモノだし……忘れた事など一度もありません。
でもさ、どんな顔して帰れば良いのか、わからないんだよね。
お姉ちゃんからの手紙で町が存続しているのは知ってるけど、なんだか大変な状況になっているみたいだし。
確かギルドのランクが今年もウッドだったら、ドーラがギルドマスターを解任されるとか書いてあったな。
あの子にも悪い事をしてるよね……。
だからなおさら帰れない。
それにしても、アンデイル様は優しいね。
口を開けば、イールフォリオの心配事ばかりだから。
帰りたいと言ったのは今回が初めてだよ?
でも、ずっと気にかけてたんだろうね。
だけど私は首を縦に振れずにいる。
「アンデイル様が言いたい事は、わかるけど……やっぱりムリかなぁ」
「そう……だったら……わたしだけ帰っても良い?」
「それって、契約を解除するってこと?」
「そうなる……エリミアは……嫌?」
嫌かと聞かれれば、嫌だと答えたい。
だけどそれを言える立場ではない事は、十分にわかっているつもり。
むしろアンデイル様が居なければ、私はゴールドランクの冒険者になれていない。
それを思うと感謝しかありません。
「嫌じゃないよ。もしここで嫌とか言ったら、アンデイル様の自由を奪う事になっちゃうからね。私はウンディーネ様と同じ事はしないよ」
「そう……わたしのわがままを聞いてくれて……ありがとう……」
「それは私のセリフだよ。今まで、ありがとね」
話が終わって、アンデイル様はホッとした顔をする。
そのままオペレーションルームから出て行く姿を見送ったのち、深いため息を吐いた。
「はぁ……なんだかんだ言っても、私はアンデイル様を縛り付けていたんだなぁ……」
夢中になると周りが見えなくなる。
私の悪い癖だ。
「このままじゃダメだよね」
どうにかして自分を変えたいと思う。
こんな気持ちになったのは、初めてかも知れない。
「強くなりたいな。叶うなら、あの人族の神官のように……」
弱音なんかじゃないよ?
これは決意みたいなものだから。
そして私は、お姉ちゃんに手紙を書き始める。
オペレーションルームで書く、最後の手紙を……。