『ウンディーネさんと町の守護神の死の真相 再び ②』
エンシェントワールドのNPCは、まるで生きているかのように自然に動き、会話ができたりします。
それは神様のなせる業なのだと思っていたのですが……。
本当に生きていたんですね。
もしかしたら、シレーヌさんたちみたいに分体があるのかもしれません。
仮にそうだとしても驚きです。
しかし、そこまでリアルを求めるとは……。
神様って、とても負けず嫌いなんですねぇ。
エリミア様の件については、エリサさんのお話を聞いて、おおよその事情は理解できました。
ですが……ティーニヤさんだけは納得していない様子。
そこでティーニヤさんはエリサさんに訊ねます。
「エリサさん、エンシェントワールド? と言いましたか。そちらの世界の1週間が7日である事は、わかりましたわ。では……1か月だと幾日ありますの?」
「確かぁ……30日くらいって言ってましたぁ」
「はい? でしたら、こちらの世界と変わりませんわよね?? それなのに10日も早く旅立たれたのは、何か理由がありますの?!」
「それなんですけどぉ……女神様から送られてきた手紙には1か月後ではなくてぇ、3週間後に迎えに来ると書いてあったんですよぉ。それも、『えんしぇんとわーるど』の時間に慣れてもらうために、1週間を7日で過ごすようにと指示されていたそうですぅ。でもぉ、エリミアちゃんはそのことをすっかり忘れてたみたいでぇ……」
「成程、エリミアさんはこちらの世界の3週間。つまり1か月後だと勘違いされたのですね。それでしたら10日ほど早く旅立たれたのも頷けますわ」
「そう言うわけなんですぅ……」
納得したのち、すぐに呆れた顔をするティーニヤさん。
それに対してエリサさんは申し訳なさそうに俯きました。
そしてティーニヤさんは大きなため息を吐いたのです。
「はぁ……エリミアさんなら、やりかねない事ですわね」
「エリミアちゃんは、ドジっ子さんですからぁ」
エリサさんに、ドジっ子さんと言われるとは……。
「エリミア様って、そんなにそそっかしいかただったんですか?」
「それはもう……お茶の席で、『好奇心が旺盛な方』だとお話ししましたわよね?」
「あ、はい」
「新しい事に興味を持ち始めると、それ以外の事が手につかなくなりますの。それだけ集中していると言えば聞こえが良いですが……」
「エリミアちゃんの場合、度が過ぎるんですよねぇ。はぁ……」
今度はエリサさんが、深いため息を吐きました。
エリミア様にそんな一面があったとは驚きですね。
イールフォリオでは『水の守護神』として親しまれていますから。
あっ、でも……そう思われているからこそ、この現状を生み出しているのかもしれません。
それを確かめるべく、わたしはエリサさんに視線を向けました。
「あの~、エリサさん。正直に答えて欲しいんですけど……」
「な、なんですかぁ?」
「どうして、エリミア様は自分の死を偽装しようと思ったんですか?」
「そ……それはぁ……」
そこまで話して、エリサさんは視線を逸らします。
まあ、言いたくないんでしょうね。
お姉さんの立場としては。
「自分の名誉を守るためですよね?」
「ふ、ふえぇぇええ!! なんで、わかったんですかぁ?!」
「わかりますよ。エリミア様はイールフォリオに暮らすエルフさんたちの心の支えだったんですから。エリミア様だって、その自覚はあったはずです。町の皆さんに頼られているからこそ、間違いに気づいた時に言い出せなかったんですよね? もし口にすれば、町の皆さんからの信頼を失うと同時に、水の守護神としての名誉にも傷がつくんですから。それならいっそのこと、死んでしまったと思わせたほうが都合が良い……そう考えたのではないですか?」
「うう……お師匠さまの言う通りですぅ……」
やはり、そうでしたか。
ミスしたことを言い出せずにいるのは、どこの世界でも同じなんですねぇ。
それが多くの人から支持されているのなら、なおさらのこと。
全てを打ち明けるくらいなら消えてしまいたい。
まあ、気持ちは理解できなくもありませんが……。
わたし? わたしは、そんな経験ありませんよ??
そう言った心理状態があると、入院していた病院の精神科の先生に聞いたことがあるだけです。
それはさておいて。
エリサさんはガックリと肩を落としました。
そして、このあと全てを話してくれたのです。
「え? 麻痺の治療に来たのも、偽装の一環だったんですか??」
「はいですぅ。エリミアちゃんが嘘の依頼書を作成して、ラドブルクからわたしを呼び寄せたんですぅ」
「では以前勤めていた神官さんをアルファルムンに行くように仕向けたのも、エリミア様の仕業なんですか?」
「それは違いますぅ。元々アルファルムンにお出かけする用事があったみたいですよぉ。わたしにも呼び出しがあったんですけどぉ、エリミアちゃんのほうを優先しちゃいましたぁ」
「そんなことをして大丈夫なんですか?」
「大丈夫でしたよぉ。その頃アルファルムンでは、いろいろありましたからぁ」
いろいろ?
なにがあったのか訊ねようとしたのですが、わたしよりも先にティーニヤさんの口が動きました。
「神官長とギルドマスターの失踪事件ですわね」
「失踪? そんな事件があったんですか??」
「ええ。ですがこちらの事件はアルファルムンだけでなく、カスタリーニやドワーフ領でも似たような事が起きてましたわ」
「まさか……連続誘拐事件とかじゃないですよね?」
ブルっと肩を震わせます。
「そんなに怯えずとも心配ありませんわ。失踪された方達は皆さん無事に、お戻りになられてますから。誘拐事件などではありませんのよ」
「そうなんですか。なら良かったです。ところで……もしエリミア様がイールフォリオに帰ってきたら、ティーニヤさんはどうします?」
「別にどうもしませんわ。ディーネさんも、エリミアさんのお手紙をご覧になりましたわよね?」
「あー、ティーニヤさんへの一文……謝罪だらけでしたね」
そのお手紙にはイールフォリオに暮らすエルフさんたちや、フウカさんに対しても同じような謝罪文が書かれていました。
文面から察するに、かなり反省されているようです。
「あのような物を見せられたら、怒る気にもなれませんわ」
「ですよね……」
わたしとティーニヤさんは、お互いに顔を見合わせて苦笑します。
「さて、そろそろ帰りましょうか?」
「そうですわね。それではエリサさん、ごきげんようですわ」
「あのぉ、ティーニヤ様。エリミアちゃんのことはぁ……」
「領民が混乱するだけですから、誰にもお話などしませんわ」
「あ、ありがとうございますぅ!」
頭を下げるエリサさんに、今度はわたしが声を掛けました。
「では、エリサさん……」
ホッとしたのも束の間、わたしを見て硬直するエリサさん。
「は……破門ですかぁ?」
「いえいえ、そんなことしませんよ。なんで、そう思ったんですか?」
「前にエリミアちゃんのことを聞かれた時、黙っちゃいましたからぁ……」
「そのことですか。別に気にしてませんよ」
隠し事のひとつやふたつ、誰にでもありますからね。
気にするまでもありません。
一呼吸おいてから、わたしは言葉を続けます。
「……では、また来ますね」
「は、はいですぅ!!」
エリサさんは再び安堵の表情を浮かべました。
笑顔になったエリサさんに手を振りながら、わたしたちはイールフォリオに戻ったのです。