『ウンディーネさんとドワーフの棟梁さん ②』
あの人がアルマさんでしたか……。
棟梁さんと聞いていたので高齢のかたを想像してましたが、実際はとてもお若い女性でした。
見た目だけなら10代でも通用するんじゃないかと思います。
ドワーフさん特有の小柄な体形が、そう感じさせているのかもしれません。
そのアルマさんですが、神官さんにお願いするのを止めて、こちらに近づいてきました。
わたしのことを押しのけ、受付のエルフさんに詰め寄ったのです。
「神官さまじゃ話になんねー。セイレーンの治療がムリなら討伐してくんねーか?」
討伐とは穏やかではありませんね。
アルマさんの言葉に、わたしはムッとした表情を浮かべます。
それは受付のエルフさんも同じでした。
「そんなことできるわけないじゃないですか! セイレーンに危害を加えれば、この港の船も再び狙われることになるかもしれないんですよ?」
「んなこたぁ言われなくてもわかってる。じゃあ、どーすりゃあいいんだよぉ……」
そう言って、アルマさんはガックリと肩を落とします。
その様子を横目に見つつ、わたしは受付のエルフさんに訊ねました。
「さっき『再び』って言ってましたけど、こちらの港の船も襲われていたことがあるんですか?」
「はい。数年前までは海賊と同様に港の船がセイレーンの襲撃に遭ってました。でもある日を境にピタリと止んだのです」
「なにかあったんですか?」
「それがよくわからないんですよねぇ……後日セイレーンの女王が港に現れて『我ノ分体ガ、コノ町ノ者ニ命ヲ救ワレタ。ソレニ従イ、コノ町ノ船ニ手ヲ出サナイ事ヲ誓ウ』。そう言い残して立ち去ったのですよ」
分体って、なんですかね?
それが気になりますが、事情は把握しました。
「なるほど。そのお礼として、船を襲わなくなったと言うわけですか」
「はい。ただ……町の者に訊ねても、女王はおろかセイレーンを助けた者など居なくて、ギルドも住人も困惑していました」
「それは不思議ですね」
「ですがそのお陰で船のトラブルは激減しました。それなのにアルマさんときたら討伐だなんて……」
呆れた口調で受付のエルフさんは、アルマさんに視線を戻します。
「しゃーねーだろっ! 早くしねーと、相棒との契約が切れちまうんだからよぉっ!!」
「そう言われてもですね……セイレーンが立ち去った後に再契約するわけにはいきませんか?」
「再契約だあ? んなもんムリに決まってんだろ。オイラが契約してんのはエリミアの姐さんから譲り受けた希少種の精霊なんだぞ?? そこらにいる精霊とは別モンなんだよっ!!」
エリミア様から譲渡されたのは、希少種の精霊さんときましたか。
とても興味がありますね。
でもそれ以上に気になることがありました。
そこでわたしはアルマさんに訊ねます。
「あの~、すいません。どうして精霊さんとの契約が切れてしまうんですか?」
「誰だ、おめぇ? 人族がしゃしゃりでてくんじゃねーよっ!」
「そう言わずに理由を聞かせていただけませんか?」
「……ったく、しゃーねーな。オイラが契約している精霊はドリュアス系統の精霊なんだよ」
「ドリュアスさん? あー、木の精霊さんですか」
「人族のくせに、よくしってんな。んで、ドリュアスってのは月に一度、オークが育ててる木の実を食わなきゃいけねーんだよ。それがねえとチカラが弱くなっちまうんだ。あと契約の絆もな……まとまった金が入ってきたからよ。カスタリーニまで行って、どーんと木の実を買ってきたワケよ。それがこんなコトになっちまって……」
まとまったお金って、わたしがお支払いしたお家の代金ですよね。
まあ、それはいいとして……。
「精霊さんと一緒に王都に行かなかったんですか?」
「相棒は船旅がキライなんだよ。だから木の実を買いに行く時はいつもウチで留守番してんだ。自由に動けりゃいいんだけど、愛用してる木槌に宿ってるモンだから身動きもできねぇ」
「そうでしたか。では……わたしがセイレーンさんの治療をしましょうか?」
「は? ナニいってんだ、おめぇ??」
怪訝な表情を浮かべるアルマさんに、わたしはニッコリと微笑みます。
「こうみえても、わたし……神官さんなんですよ」
「バカいってんじゃねーぞ? 人族が神官さまになれるワケねーだろっ!」
また、それですか。
こちらの世界だと、なかなか信じて貰えませんね。
そう思った時でした。
突然ギルド会館の扉が『バーン!』と勢いよく開いたのです。
入って来たのは冒険者と思われる女性のエルフさん。
あれ? でも、どこかで見たことがあるような……。
首を傾げていると、そのエルフさんがわたしの前に駆け寄ってきました。
「ウンディーネ様、こんなところでお会いできるだなんて感動ですっ! バシリスク撃退の件では大変お世話になりました!!」
バシリスクさん?
あー、一番最初に石化したエルフさんでしたか。
はっきり思い出しました。
「いえいえ、お元気そうでなによりです。今はこちらで冒険者さんをしているのですか?」
「元々、私の拠点はポルトヴィーンなんですよ。あの時はたまたまラドブルクにいただけなんです」
「そうだったんですか。ところで、わたしがここにいるとよくわかりましたね」
「外に黒いフェンリスヴォルフがいたので、もしかしたらと思いまして……」
「なるほど」
納得しながら頷いていると、いつの間にか受付のエルフさんが持ち場を離れて、わたしの隣にやってきました。
そして、わたしと話していた冒険者さんのエルフさんに声を掛けたのです。
「今、『ウンディーネ様』と言ってましたけど、こちらの女性がラドブルクの町を救ったウンディーネ様なのですか?」
「そうですよ。人族でありながらゴールドランクの冒険者にして神官様でもある、ウンディーネ様です。水魔法もお使いになられるんですよ。凄いですよね~」
「……本当に実在してたのですね」
実在してますよ。
といいますか……。
「わたしのことを知っているんですか?」
「もちろんです。彼女からも聞いてはいましたが、他の冒険者やラドブルクから来る行商人も噂してましたから。あとカスタリーニの護衛団の話では蘇生を使ったなどと聞きましたけど……さすがにそれは事実ではありませんよね?」
その噂を広めたのはグリエムさんの同僚さんでしょうね。
ヴィルアムさんを治療する場に一緒にいましたから。
事が大きくなりそうなので、わたしは笑って誤魔化しました。
そんなわたしに向かって、アルマさんがポカンと口を開けています。
「……マジで神官さまだったのか。バカにしちまって申しワケねえ。頼む、オイラの依頼を受けてくれっ! このとーりだっ!!」