『ウンディーネさんと臆病な神官さん ①』
「ふわぁ……」
昨晩バシリスクさんの騒動があったからか、今朝は少し眠いです。
目をこすりながら1階に降りると、ウルガンさんに声を掛けられました。
「おはよう、ディーネさん」
「ウルガンさん、おはようございます。もうお仕事をされてるんですか?」
「ハンターの他にバシリスクの件があったからね。でも、ディーネさんの回復魔法のお陰で全く疲れてないよ」
「そうですか。でも無理とかしたらダメですよ? ドーラさんが心配しますから」
「わかってるよ。そうだ! ディーネさんに、これを渡さないといけないな」
そう言うとウルガンさんは、かなり大きな革袋を持ってきたのです。
「これは?」
「バシリスク撃退の報酬と冒険者たちを処置してくれた治療費だよ。全部で金貨千枚ある」
「せ、千枚っ?! いくらなんでも多過ぎませんか??」
「そうかい? あの場にいた全員が石化したはずだから、その治療費で金貨800枚。バシリスクの撃退報酬が金貨200枚。ディーネさんのお陰で町も冒険者も救われたのだから、妥当な額だと思うけどね。いや、完全回復で治療したから、もっと高くしないといけないな……」
いやいや、完全回復だから、安くて良いんですよ?
わたしにとっては、最も魔力の消費量が少ない魔法ですから。
ウルガンさんが報酬を上乗せしようとしていたので、わたしは慌てて両手を激しく左右に振りました。
「いえいえ、十分ですよ」
「ディーネさんは欲が無いな。人族で神官になっただけのことはあるよ」
「そのことで、お聞きしたいんですが……人族が神官さんになるのって、そんなに難しいんですか?」
「難しいなんてもんじゃない。普通に生活していたら、まずなれないよ。なにせ、ハイエルフと同じ生き方をしないといけないからね」
ハイエルフさんと同じ生き方?
そこでわたしは、ハイエルフさんがどんな暮らしをしているのか、ウルガンさんから教えてもらうことに。
それはとても驚くべきものでした。
「え? ハイエルフさんは、お肉やお魚を食べないんですか??」
「命を奪う行為が許されてないからね。そうして得られた食事も禁じられているんだよ。ディーネさんは違うのかい?」
「わたしですか? わたしも似たような感じですね」
まあ、食事制限と言う名目ですが……。
お肉やお魚を食べたことは一度もありません。
もちろん、ゲームでも同じことをしてました。
食べるものと言ったら、パンか果物くらいです。
当然、モンスターさんを倒したこともないですよ?
わたしの信念ですから。
でもそれが、ハイエルフさんと同じ生き方だとは思いもしませんでした。
「だろうね。でも人族では、それはあり得ないことに近いんだよ。狩りをしなければ生きていくことが、できなくなるからね。僕も昔はそうしてた」
「今は違うんですか?」
「エルフも肉を食べないからね。リジェンと一緒になってからは進んで狩りをするのを止めたよ……とは言っても肉は恋しい。だから、畑を荒らすデリシャスボアを討伐しては、その肉を食べているよ」
デリシャス……。
ウルガンさんも、そのお名前で呼びますか。
「そう言えば、この町に来る途中で大きなデンジャラスボアさんに会いましたよ。通常サイズの3倍くらいあったと思います」
「そんなに大きなデリシャスボアが現れたのかい? ふむ、恐らくそのデリシャスボアはバシリスクから逃げて来たんだろうね。そのサイズとなると、蛇山でも中腹にしか存在しないと聞いているから、まず間違いないよ」
「そうでしたか。混乱したバシリスクさんを見て、驚いたんでしょうね」
「それもあるかも知れないが、バシリスクは蛇山の主だからね。混乱してなくても逃げ出すさ。上位種のモンスターと遭遇すれば、下位のモンスターは怯えるものだよ。昨夜はバシリスクも、その気分を味わっただろうね」
バシリスクさんも?
言葉の意味がわからず、わたしは首を傾げます。
「何かありましたっけ?」
「ディーネさんの連れている、フェンリスヴォルフだよ。いくら山の主と言っても、フェンリルの一族が相手じゃ話にもならないからね。慌てて逃げて行く様は滑稽だったよ」
そして、ウルガンさんは大きな声で笑い出しました。
バシリスクさんがビクッと体を震わせたのは、そう言うことだったんですね。
納得したところで、ドーラさんが降りてきます。
「父さん、朝からうるさいわよ?」
「それは、すまなかった。ドーラは今日、ディーネさんと一緒にイールフォリオに戻るんだよね?」
「その予定だけど……何かあるの?」
「少しの間だけディーネさんの力を借りたいんだよ」
「借りる? また誰か石化したの??」
ドーラさんは怪訝な顔をしました。
それに対して、ウルガンさんは軽く首を横に振ります。
「いや、石化ではなく、ただの治療だよ。この町にはフレイムドラゴンの襲来で傷ついた住民が、まだ多く残っているんだ」
「なあんだ。それくらいなら、エリサ様でも十分じゃない。ディーネが手を貸すまでもないわ」
「確かに君の言う通りだよ。だが、エリサ様は神殿に引き籠ってしまってね。負傷した者を中央の広場に集めたんだけど、そこに来てくれないんだよ。よほど昨夜の一件が怖かったとみえる」
「本当にエリサ様は臆病よねぇ……」
ドーラさんとウルガンさんは互いに顔を見合わせてから、深いため息を吐きました。
でも、そのお話を聞いて、わたしは無性に腹が立ったのです。
怖いから?
臆病だから治療しない??
なんですか、そのつまらない理由はっ!!
神官さんとして、あるまじき行為です。
「わたし……これから、その神官さんの所に行ってきますね。フフフ……」
冷静さを保つため笑ってみたのですが、ドーラさんとウルガンさんの表情が青く見えました。
そんなお二人に一礼し、わたしはシュヴァルツさんと一緒に神殿へと向かいます。
シュヴァルツさんのお陰で、到着までに1分も掛かりませんでした。
そこで、さっそく扉を叩いてみたのですが……。
「うーん、反応がありませんね」
困りました。
神殿は神官さんが許可した者しか入れません。
あと入れるのは、神殿の鍵を持つ神官さんだけです。
鍵ならわたしも持ってますが、まさかこの鍵で入れたりしませんよね?
試しに鍵穴に差し込んで回してみると……カチャ。
「あれ? 開いちゃいましたね」
神殿はどこに行っても同じような建物ですが、鍵も共通だったとは驚きです。
冷や汗をぬぐいながら、わたしは神殿の中に入ります。
すると祭壇の前で神官さんが……。
「範囲魔法発動! 完全回復!! わたしもぉ、上級魔法を使ってみたいですぅ♪」
ノリノリの状態で、わたしの真似をしてました……。