『ウンディーネさんと臆病な神官さん ②』
「あの~、何をしているんですか?」
「範囲魔法と上級魔法の練習ですぅ……って、ひぃっ! どこから入ってきたんですかぁ?!」
振り返ると同時に、神官さんは驚きの声を上げます。
「どこからって、普通に表の扉から入ってきましたよ? まさか、わたしの持っている神殿の鍵で開くとは思いませんでしたが……」
そう答えたところ、神官さんはハイエルフさんの特徴でもある金色の瞳をパチパチさせながら、首を傾げたのです。
「神殿の鍵はどこに行っても共通ですよぉ? あんなにすごい魔法を使えるのに、ウンディーネさんはそんな基本的なことも知らないんですかぁ??」
「最近、神殿の神官さんになったばかりなので……と言いますか、わたしのことを知っているんですか?!」
今度はわたしが驚きます。
「昨日ギルドにお邪魔した時に噂になってましたからぁ。受付さんに詳しいお話を聞いたんですぅ」
「なるほど。そう言うことでしたか」
納得するわたしに向かって、神官さんはぐいぐいと近づいてきました。
金色の瞳と豊満な胸が、色んな意味で眩しいです。
「それでぇ……どうすれば、あんなにすごい魔法を使えるようになるんですかぁ? わたしにも教えてくださぁい!!」
「凄い魔法って、完全回復のことですか?」
「はいですぅ」
こくこくと頷く神官さんを前に、わたしは少し考えます。
新しい魔法を覚えたいのなら、ひたすらレベルを上げるだけですからねぇ。
教えることなんて、なにもありません。
そもそも、こちらの世界にはレベルと言う概念がありませんから、どう説明すれば良いか悩みます。
「うーん……教える前に、ひとつ確認しておきたいのですが、神官さんは1日にどのくらい回復魔法を使いますか?」
「そぉですねぇ。全然使わない時もありますからぁ……平均するとぉ、1日に5回くらいになりますぅ」
たった5回?!
これはまた随分と少ないですね。
わたしなら、最低でもこの20倍は回復魔法を使っていたと思います。
「えーっと……魔法は使えば使うほど、新しい魔法を覚えやすいって、ご存知ですか?」
「聞いたことは、ありますぅ。でもぉ、この町だと回復魔法を使う機会が少ないんですぅ……」
「え? あるじゃないですか。フレイムドラゴンさんの襲来で傷ついた住民さんたちがいますよね??」
「そぉなんですけどぉ……わたしの魔力だと同時に全員治せないんですぅ。それって不公平になるじゃないですかぁ?」
「それで治さないと言うのも、どうかと思いますよ? わたしもお手伝いますから、まずは治療しに行きましょう」
そして、浮かない顔をする神官さんを半ば強引に、中央の広場に連れてきました。
怪我をしている人たちは300人ほど。
エルフさんに人族、あとお馬さんもいます。
まとめて完全回復したいところですが、それでは神官さんのためになりません。
そこで神官さんに訊ねます。
「大回復は使えますか?」
「麻痺解除までしか使えないですぅ……」
あ……そうでしたね。
以前、ドーラさんが言ってました。
でも、大回復なら、すぐに覚えられそうな気がします。
麻痺解除がレベル60で覚えられるのに対し、大回復はレベル65で覚える魔法ですからね。
「では神官さんには比較的、傷の浅いかたの治療をお願いします」
「……わかりましたぁ」
渋々ながらも、神官さんは治療する人たちを広場の隅に集めます。
その数はおよそ100人ほど。
ちょっと多すぎかも知れないですね。
もう少し、こちらに回してもらいますか。
そう思ったところ……。
「範囲魔法発動! 回復!!」
範囲回復魔法を発動する、神官さんの声が聞こえました。
ほんわかした口調ですが、治療に関しては何も問題なさそうです。
遠目でも傷が治って行く様子が確認できましたので。
それにしても100人同時とは、なかなかやりますね。
神官さんの実力は、わたしの予想を超えてました。
わたしも負けてられません。
ではいきます。
「範囲魔法発動! 完全回復!!」
「「「「「おおーーーっ!!」」」」」
何だか驚きの声が上がっていましたが、これにて治療は全て終了です。
それは神官さんも同じはずなんですけどね。
こちらに戻ってくる様子がありません。
不思議に思っていると、神官さんの体が突然銀色に光り出したのです。
もしかして、これは……。
「あ、新しい魔法を覚えましたぁ!」
ですよね。
レペルアップの時に体が光るのは、魔法習得の合図ですから。
ゲームだと、覚えた魔法がステータス画面に表示されます。
こちらの世界には、そう言ったものがないので、どんな風に教えてくれるのか気になるところです。
それでも、わたしは今まで経験したことを基に神官さんに訊ねてみました。
「おめでとうございます。覚えた魔法は大回復ですか?」
「はいですぅ♪」
では今の神官さんのレベルは65ってことになりますね。
まあ、それはゲームでのお話ですが。
そんなことを思っていると、神官さんの頬に光るものが見えたのです。
それは金色の瞳から流れ落ちた涙でした。
うれし涙……とは違うみたいですね。
神官さんは悔しそうに奥歯を噛みしめていましたから。
「どうかしましたか?」
「もっとたくさん魔法を使っていたらぁ、救えた命もあったんですよねぇ。わたし……石化した冒険者さんの話を聞く度に、無力な自分が許せませんでしたぁ。だってぇ、わたしのせいで死ぬかもしれないんですよぉ? それが怖くてぇ……」
だから臆病な性格になってしまったと言うわけですか。
無力な自分が許せない。
わたしにもそんな時期がありましたっけ。
他人事とは思えません。
「ならせめて、石化除去までは覚えないといけませんね」
「そぉですけどぉ……魔法を使う機会がないんですぅ……」
「そんなもの、自分で作れば良いんですよ」
「ふぇ?」
わたしの言葉に神官さんはポカンと口を開けてました。
その神官さんの前に、シュヴァルツさんを連れてきます。
「例えばですけど……シュヴァルツさん、右手を上げてもらえますか?」
「わおん!」
「では神官さん。シュヴァルツさんと握手してください」
言われるがまま、神官さんはシュヴァルツさんの手を取りました。
「こうですかぁ? あ……ちょっと爪が痛いですぅ」
神官さんの手のひらに、薄っすらと浅い傷が見えます。
「良い感じですね。多分そろそろ右手が痺れてくるはずです。シュヴァルツさんの爪には麻痺の効果があるので」
「まっ、まひぃ? な……なんでそんなことするんですかぁ?!」
「魔法を使うためですよ。ですが、やみくもに使っても魔力が上がりません。例えば大回復は大きな怪我でもしない限り、使っても意味がありませんから。でも、麻痺はかすり傷でも効果が出ます」
お顔や胸などに麻痺の攻撃を受けたら、すぐに体が痺れて自力での回復できません。
でも腕ならば、魔法を発動する余裕があったりします。
「ウンディーネさんも、こうやって魔力を高めたんですかぁ?」
「わたしの場合はクエストですね。普段は冒険者さんをやってますから。完全回復を覚えるまでは大回復を多用してました。そんなことより、早くしないと全身が麻痺しちゃいますよ?」
「わっ、わっ! 麻痺解除!!」
ふむふむ、まだ余力がありそうですね。
「ではシュヴァルツさん、もう1回」
「わおん!」
「まだやるんですかぁ?」
「とりあえず魔力が切れるまでやりましょうか」
「ふえぇ! もう無理ですぅ!!」
これも神官さんのためなのです。
わたしは心を鬼にして、レベルアップの特訓を続けるのでした。




