『ウンディーネさんと悪いハンターさんたち ②』
「グリエムさん、こちらの女性は?」
「……ハンターだ」
ですよね。
訊ねるまでもなかったのですが、念のため確認しておきたかっただけです。
声を掛けてきたハンターさんは、褐色の肌をした人族で、露出度の高い服を着ていました。
青みがかった肩まで伸びた黒髪と、三白眼な瞳。
おへそなんか出して、風邪をひいてもしりませんよ?
別に心配などしませんが。
ハンターさんはグリエムさんからシュヴァルツさんへと視線を移し、ニヤリと笑いました。
「へえ~、フェンリスヴォルフを生け捕りにするなんて、軍人さんもやるわね~。しかも黒とか超珍しいじゃな~い。これは高く売れそうだわ~。約束通り報酬を支払ってあげるから、こっちに来てちょうだ~い」
そう言って、ハンターさんは路地裏に誘い込むように手招きします。
ですがグリエムさんの答えは……。
「断るっ!」
「はあ~? 断るってナニよ~?? まさか、妹を見捨てる気じゃないわよね~」
「見捨てるだと? 偽りの情報ばかり寄越す奴が良く言う。この町の神官殿が石化を治せないことは既に知っているぞ!」
「なあ~んだ。バレてたの。残念だけど、アンタの妹はとっくに石像になってるわ~。全部ムダな努力ってワケ。だから大人しく、そのフェンリスヴォルフを寄越しなさい! さもないと……そこにいるお嬢ちゃんと一緒に妹の所に行くことになるわよ~?」
今の言葉を合図に、路地から複数の人族が姿を現しました。
その数は男女合わせて10人ほど。
皆さん手に武器を持っているようです。
剣だったり、弓だったり。
あっという間に、その人たちに囲まれてしまいました。
「くっ、卑怯者め」
「なんとでも言いなさ~い。アタイらハンターからしたら誉め言葉よ~♪」
ハンターさんは薄ら笑いを浮かべます。
これまた絵に描いたような悪人さんですね。
そう言えばPVPでもいましたっけ。
こんな感じのプレイヤーさんたちが……。
それはさておき、わたしはハンターさんに訊ねます。
「お取込み中のところ、すいません。この町のハンターさんは、これで全員ですか?」
「そうよ~。み~んな、アタイのカワイイ部下たちよ~。お嬢ちゃんにとってはコワいでしょうけど~?」
「いえ、別に」
「強がっちゃって、カワイイじゃな~い」
ハンターさんに言われても、嬉しくないですね。
むしろ気分が悪くなりそうです。
そんなことよりも、良い情報を聞かせてもらえました。
わたしはニッコリ笑ってから、ハンターさんを見据えます。
「えーっと、お怪我をされたくなければ、手を出さないことをお勧めします」
「はあ~? この人数を相手におかしなことを言うお嬢ちゃんね~」
おかしなことなど言ってません。
本当に危険だから忠告したんです。
まあ、素直に言うことを聞いてくれるとは微塵にも思ってませんが……。
とりあえず、ハンターさんたちが仕掛けてくる前に準備をしちゃいましょうか。
そう思い、わたしはスッと両手を前に差し出します。
「バブルドーム!」
魔法名を告げると、泡状のお水がわたしとシュヴァルツさん、あとグリエムさんを包み込みました。
その大きさは直径が5メートル、厚さは50センチほどあります。
ドームと命名してますが、形は半円です。
泡状なので中には空気が入ってます。
とても綺麗なお水ですから視界も良好。
ハンターさんたちの動きも、ハッキリ確認できますね。
ただ、唯一の欠点は……。
「…………(何なのよ~?) …………(この水魔法は~??)」
お外の会話が全く聞こえなくなることです。
優れすぎる遮音性。
ハンターさんは騒いでいるみたいですが、何を言ってるのかわかりません。
もちろん、中の音は問題なく聞こえます。
「ディーネ殿、これはウォーターフォールとやらと同じ水魔法なのか?」
「似たようなものですね。ただ、こっちの魔法は……フルスピン!」
わたしの言葉に反応して、泡状のお水が目にもとまらぬ速さで回り始めました。
「超高速で横回転させてます」
「むむっ? 本当に回っているのか?! 私には見分けがつかないが……」
そう言ってグリエムさんは、お水に右手を近づけます。
「触ったらダメですよ! 内側も高速で回転してますから、触れたら体ごと持っていかれます」
「何っ? そうなのか??」
グリエムさんが右手を引っ込めると同時に1人目の犠牲者が出ました。
剣で切りかかった男のハンターさんが、お水に触れた途端、真横に吹き飛ばされたのです。
そして、そのままお家の壁に激突。
「ああなるのか……恐ろしい魔法だな」
グリエムさんは冷や汗を垂らし、一歩後ろに下がりました。
今のはかなり痛そうですね。
だから手を出さないようにと言ったのに……。
この魔法もまた、PVPの時に編み出したものです。
ただしその対象はひとりではなく、複数のプレイヤーさん。
たまにいるんですよね。
パーティで襲ってくる、悪い人たちが。
現在対峙しているハンターさんは、まさにそんな感じです。
この魔法の強みは、泡の層を幾らでも増やせるところにあります。
何層にも重ねることで、物理攻撃だけでなく、魔法の攻撃にも耐えることが可能なんですよね~。
わたしにとっての絶対防御魔法。
でも相手に怪我をさせてしまうこともあるので、長いこと封印してました。
わたしひとりなら絶対に使いませんよ?
シュヴァルツさんとグリエムさんに危険が及ぶと判断したから、封印を解いたのです。
そうこうしているうちに、1人また1人……合計で5人目の犠牲者が出ます。
それを見ていた女性のハンターさんが弓を放り投げ、背を向けました。
「逃がしませんよ? 2つ目のバブルドーム! からの、フルスピン!!」
ハンターさんたちを囲むように、さらに大きな泡状のお水を作ります。
これでどこにも行けません。
まあ、それはわたしたちも同じですけどね……。
道幅ギリギリに、2つ目のバブルドームを作ってしまったので、ヘンに動いたらお家の壁を壊しかねません。
共に身動きの出来ない状況に、グリエムさんが不安げな表情を浮かべます。
「ディーネ殿、このままでは魔力が尽きてしまうのではないのか?」
「全然平気ですよ。少なくとも丸1日は余裕です。それより先に眠気に襲われそうな気がしますが」
「そ、そんなに長く魔法を維持できるのか? ディーネ殿の魔力量は底が知れないな……」
グリエムさんが2度目の冷や汗を垂らしたところで、周りに動きがありました。
町の人たちが、ぞろぞろと集まってきたのです。
『なんだ、なんだ?』と言った感じで。
大通りで、これだけの騒ぎが起きれば人も寄ってきますよね。
しかも誰かが通報したらしく、そこにはドーラさんとウルガンさんの姿もありました。
その証拠にウルガンさんは衛兵さんたちを連れていたのです。
ハンターさんたちも、さすがに観念したみたいですね。
今度は自分たちが衛兵さんたちに囲まれてしまったのですから。
そして全員まとめて、お縄となったのです。