『精霊術師さんと目標の冒険者さん』
私の名前はエリミア……ううん、今は『エイシア』と名乗っている。
アンデイル様と別れた後、私はNPCの仕事を辞める事にした。
冒険者として再出発する為に。
ただ、私は『死亡扱い』となっている。
だから、エリミアとして生きていく事が出来ない。
そんな私を不憫に思った女神様が、新しい名前をつけてくれたんだ。
それが、『エイシア』と言う名前。
間の二文字を変えただけなのに、全くの別人になった気分。
もちろん、嫌な印象はひとつもない。
むしろ、とても気に入っている。
亡くなった両親には申し訳ない事をしたと思うけどね……。
親不孝な娘で、ごめんなさい。
私はこれからエイシアとして生きていきます。
……良し、反省終わり!
私は気持ちを切り替える。
さて、話を戻そうか。
実は今回、名前以外にも女神様から貰ったモノがある。
そのひとつが『エンシェントワールド』の中で契約していた『神造精霊』。
名前からしても判るように、『神造精霊』は神様が造った精霊の事である。
だけど能力は中位の精霊と同レベル程度。
アンデイル様と比べると、かなり劣る。
神様が造った精霊なのに、何故弱い?
これが、私の第一印象。
でも女神様に理由を訊いたら納得のいく答えが返ってきた。
『貴女本来の実力で高位の精霊と契約が結べますか?』
女神様の言う通りだと思ったよ。
今の私でも高位の精霊と契約を結ぶのは難しい。
結局神様は私の実力に合わせて、敢えて神造精霊の能力を落としたそうだ。
余計な事を……なんて気持ちは更々ない。
神造精霊を与えてくれた事に心から感謝している。
何故なら神様は、私に5体もの神造精霊を与えてくれたんだから!
地精霊、水精霊、風精霊、炎精霊……それと光精霊。
歴代の精霊術師で5種類の精霊と契約している者は居ない。
お陰で私はプラチナランクの冒険者になれたんだ。
その証である、プラチナの冒険者カード。
それも餞別代りにと頂いている。
ここまでして貰って、本当に有難く思うよ。
そして最後の最後、女神様は私をカスタリーニに送ってくれた。
『エルフ領では肩身が狭いでしょう』
そんな言葉を掛けてくれたのだ。
流石は女神様。
気遣いも『神レベル』である。
それなのに……。
『神獣殺しの不届き者が、深淵の谷に潜んでいるとタレコミがあった。お前さん、ハイエルフだろ? アルファルムンの領主様から派遣要請があったから、ちょっと行ってきてくれねぇか??』
カスタリーニのギルマスから、そんな事を言われてしまったのだ。
もちろん、断りたい。
でも私は冒険者に復帰したばかり。
ここで断りでもしたら、ヘンな評判が立つかもしれない。
幸い5年間伸ばし続けた髪のお陰で、素顔は隠せそう。
だから嫌々ながらも、作り笑顔で了承したよ。
こんなところで躓いてなどいられない。
私は、あの人族の神官のように強くなるんだ!
そう心に決めて、エルフ領に帰ってきましたとさ。
10年振りとなるアルファルムンの町並み。
でも特に懐かしさを感じない。
それは、『エンシェントワールド』の中で何回も来ていたからだと思う。
お陰で緊張すらしなかった。
ただ、深淵の谷となれば話は別。
そこを抜ければ魔族領……アスモディアが待ち受けているからだ。
私はアスモディアで、初めて死の恐怖を肌で感じたんだよね。
それだけに否が応でも緊張してしまう。
そんな私の気持ちなど知る由もなく、深淵の谷に到着。
上層はまだ良い、モンスターに遭遇する確率はとても低いから。
問題なのは中層以降。
その中でもシャドウラビット。
アレは特にヤバいモンスターだと言える。
以前、同行していたパーティーメンバーのひとりが、奴に瞬殺された事があったんだ。
もちろんこれは、『エンシェントワールド』での話。
現実だったらトラウマになっていたに違いない。
上層での捜索中、神獣殺しの不届き者……ダークエルフを発見する。
今回一緒に組んだメンバー達と後を追ったけど、もう少しと言う所で中層に逃げ込まれた。
普通に考えたら自殺行為。
ダークエルフは魔法を使えないからね。
だけどあのダークエルフは、深淵の谷に慣れている気がする。
きっと中層でも生き延びる術を知っているんじゃないのかな?
そうじゃなきゃ逃げ込まないでしょ。
そして中層に入って早々、領主様の隣に居る少女がモンスターの対処法を兵士たちに語り始めた。
どう見ても人族。
それなのに完璧な説明。
でも何故だろう?
怪しいと言う感じがまるでしない。
むしろ妙に納得してしまう。
あの青いローブが、そうさせてるのかな。
私が目標にしている人族の神官。
彼女が、あの少女と同じローブを纏っていた。
「まさかね……」
彼女は『エンシェントワールド』の住人。
此処に居るワケがない。
それになにより年齢が違い過ぎる。
恐らく彼女は20代前半。
一方少女は10代半ば。
やっぱり有り得ないよね。
全く何を考えているんだか……。
頭を振るい、中層を進む。
すると兵士のひとりがシャドウラビットの洗礼を受けた。
幸い大事には至らなかったけど、不用心過ぎる。
恐らく少女の説明をまともに聞いていなかったんだろうね。
人族だからと言って舐め過ぎじゃないかな?
私はそんな事はしないよ。
『エンシェントワールド』で強い人族をたくさん見てきたからね。
中層の捜索も終盤を迎えたところで、再びあのダークエルフを発見する。
どうやら今度は逃げる気はないらしい。
流石に下層を生き抜く自信は無いんだろうね。
それでも余裕の態度を見せている。
なんなの、このダークエルフ。
すごーく嫌な予感がするんだけど……。
そして、その予感は的中する。
ダークエルフは怪しげな香りのするアイテムを使って、下層のモンスターたちを呼び寄せたのだ。
そこからは大混乱!
冒険者も兵士も必死になって逃げまくったよ!!
もちろん、私もね。
だけどその途中で、薄暗かった中層が突然明るくなったんだ。
まるで昼間みたいに。
何が起きたんだろうと振り返ったら、あの青いローブを纏った少女が魔法を発動してた。
驚いたよ。
だって押し寄せてきたモンスターたちが、下層に帰っちゃったんだから。
只者じゃないとは思ったけどね。
こっちにも凄い人族が居たもんだ。
でもまあ、これで一安心だよ。
そんな事を思ってたら、今度はとんでもない奴が姿を現した。
私を死の恐怖に陥れた本人。
「ゴルゴーンだ……」
何故こんな所に居る?
お前はアスモディアの魔族じゃないの??
いや、今はどうでもいい事だ。
少しでも被害を抑えるべく、私は声を張り上げる。
「奴の目は絶対に見るな! 見ると石化するぞっ!!」
しかしこの行動に意味は無かった。
兵士のひとりが、無謀にもゴルゴーンに立ち向かって行ったのだ。
その兵士がどうなったのかって?
例に漏れず見事に石化したよ。
すぐに神官が魔法を使ったから死なずに済んだけどね。
よく見たらこの兵士。
シャドウラビットにやられそうになった兵士じゃない。
どんだけ馬鹿なんだか……。
でも馬鹿な兵士は、コイツだけじゃなかった。
ゴルゴーンに、ダークエルフもエルフと一緒みたいな事を言われて、兵士たちが騒ぎ出したんだよね。
これがゴルゴーンの気に障ったのだ。
弱者は弱者らしく大人しくしてればいいものを……。
私が頭を抱えている間に、軽く100人は石化したと思う。
このままだと間違いなく全滅する。
でもそうはならなかった。
あの少女が神官の高位魔法、完全回復を唱えたからだ。
石化した兵士たちが一瞬で元の姿に戻る。
周りに居た者たちは、その光景に目を丸くしていた。
私もだけど……。
でもそれだけじゃ終わらない。
彼女は何度もゴルゴーンと視線を合わせているのに、一度も石化しないのだ。
いや、それもちょっと違うかな。
石化しても、すぐに解いちゃうんだよね。
まるであの時の彼女のように……。
そこで私は確信したんだ。
この少女は、私が目標にしている人族の神官だって事に。
なんで幼くなったのかは、解らないけどね。
こっちの世界で再会できて感動したよ。
ちなみに名前は『ディーネ』と言うらしい。
それを知ったのは、彼女が単独で不届き者のダークエルフを捕らえて、戻った時の事だった。
領主様が彼女の事をそう呼んでいた。
本当に凄い人族が居たものだ。
ディーネ様、私は貴女を心のお師匠様にすると決めました。
ところで……黒いフェンリルの頭の上に乗ってるのって、風のお掃除精霊だよね?
なんでそんな所に居るのかな??