第84話 風吹く丘とジラール
一大イベントであった結婚式を終えて翌日。
落ち着いて冷静になったレドウとシルフィは、相談の上でいくつかのことをした。
一つ目は五階の寝室全体に《防音空間》魔法を張り巡らすことである。
理由はもちろん……気兼ねなしに愛し合うためである。大声を出そうが何をしようが、声の漏れない安心設計だ。
次に行ったのは、寝室の奥にあるウォークインクローゼットの封鎖……つまりルティアママのプライベートルームの隠蔽である。
とは言ってもレドウとシルフィの二人は通過自由である。
これは元レドウの部屋で会議室の円卓にかけた《入場制限空間》の応用だ。
ウォークインクローゼット自体に《入場制限空間》をかけ、その境界に本来の壁と同じ壁紙と模様を再現させたのである。もともとそこに部屋があることを知らない者にとっては、本当にただの壁にしか思えないはずであり、《入場制限空間》のため通過することも出来ないため、知りようもない。
しかし、入室許可権限を持った……要するにレドウとシルフィにとっては、そこに壁はなくただの通路だ。壁は幻のように感じるだけである。
そこまでして何をしたかったかというと……ルティアの行っていた暗号解読やアスタルテ家の足跡を第三者に知られないようにする。という目的もないわけではないのだが、最大の目的は《永続転移ゲート》の設置であった。
ゲートの先は、シルフィお気に入りの『水の祭殿』である。そう、秘密基地だ。
戦略的なものとはほど遠い、ただのプライベートリゾートである。
シルフィに至っては、そのうちソファやらリゾートテーブルやら持ち込んで、本気の快適空間化を画策しているようだ。
アイリスには以前、《永続転移ゲート》設置の危険性について指摘されていたが、《入場制限空間》の中に設置するのはいいアイデアだと思う。
他にも便利な移動手段としてアイリスを交えて設置場所を検討していきたいと考えている。
ちなみにウォークインクローゼットの入場許可をアイリスにも出そうかとレドウが言うと、シルフィに真っ向から反対された。
なんでもここは『二人の秘密基地』なんだそうで、他の人は身近であっても入れたくないらしい。
そう言うのならまあ仕方ないと、そうした仕様になったわけだ。
そこまで終えて階下に降りると、カザルス家一同とジラールがちょうど帰るところであった。
「ではまた!時々様子を見に来るので、お前も時々シーランに顔を出しに来いよ。シルフィアさんも一緒にな」
レナードはレドウに向かってそう言いながら、アレクと握手を交わす。
するとジラールがアレクに向かって一歩進み出た。
「折り入って、アレク閣下にお願いがあるのですが……実は『風吹く丘』を調査してみたいのです。遺跡があると言われながら、誰もその存在を確認出来ていない幻の遺跡です。このたびアスタルテ家の所領になったと聞いております。是非とも私に調査許可を頂きたく」
と、切り出すジラール。
アレクとアイリス、そしてレドウはそれぞれ顔を見合わせる。
「ふむ……許可を出しても良いが、それはどなたかの依頼なのですかな?」
真意を探りたいアレクが質問で返す。するとジラールではなくレナードが反応する。
「あぁ、それはもしかしたらわしの依頼かもしれんな。とある雲を掴むような依頼をジラール君にお願いしているのだが、その依頼を達成する為の候補として挙がったのではないかな?」
「仰るとおりです。レナードさん」
レナードの言葉にうなずくジラール。
「なるほど。では、レナード殿の依頼でジラール君がアスタルテ家の所領である『風吹く丘』を調査すると。そういうことか」
そこまで話したアレクにアイリスが耳打ちする。
「一つ条件がある。そもそもとっかかりすらないような幻の遺跡『風吹く丘』のこと。レナード殿の依頼の後でも構わないのだが、調査結果について報告をもらえるかな?」
「承知致しました」
「わしからも何か分かることがあれば情報を追加しよう。他ならぬアスタルテ家のためですからな」
わっはっはと笑うレナードたちは、意気揚々と帰路についた。
こうしてアスタルテ、カザルス両家の結婚式はつつがなく終了したのである。
……
「まさかジラールさんが『風吹く丘』の調査に乗り出すとは。流石は超一流の冒険者というところですね」
レドウ、シルフィ、アレク、アイリスの四人はカザルス家を送り出したあと、三階の秘密会議室に集まっていた。要するに元レドウの部屋である。
ちなみに、アイリスが話を始める前に、レドウはアレクから念押しに念押しをされていた『通信魔導具』である例の指輪を渡していた。
遅い!と文句を言われたが、彼は実に満足そうである。
「ジラールさんのことだから、少なくとも『風吹く丘』の実体は掴めるんじゃないかな?普通に行ったら本当に丘しかないんでしょ」
「私の調査と考察によると、あの地に最後の祭壇……風の祭壇がある可能性はかなり高いです」
「どっちにしても『鍵』がねぇんじゃ、手の打ちようがないだろ」
うーむと考え込む。レドウ、シルフィ、アイリスの三人。
そう。風の神器復活のために必要とされる『鍵』については何の手がかりも得られていなかったのだ。
「ふむ。もしかするとジラール君は『鍵』を入手しているのではないかな?」
「「「えっ?」」」
アレクの一言に固まる三名。
「なんとなくだがそんな気がするのだよ。根拠はないがね。そもそも『風吹く丘』などに興味を示す時点で、持っていても不思議はないだろう。レドウ君が光の祭壇で神器を復活させるところを、彼は目にしているのだろう?そして、彼がもともと持っていた『鍵』らしきものと、その神器復活の光景を見て、一つの可能性に到達した。どうかな?この仮説は」
アレクが自慢気に三名を見回す。
「閣下の推理は肝心な論拠を完全に飛ばしてしまっているので、納得感は全くないのですが、その勘所は大事にすべきと思います」
アイリスに仮説の組み立ての悪さを指摘され、落ち込むアレク。
「とりあえず、ジラールが本当に『鍵』を持っていて、本当に風の祭殿があって、本当に風の神器を復活させたなら、その事実は分かるからいいんじゃねぇの?調査させとけば」
「「「わかるの??」」」
今度はレドウの発言が三名を驚かせた。
「あ、やべ。これ言ってなかったか?神器が復活するとこいつが俺に教えてくれるんだよ」
そう言ってレドウは【王者のタクト】を見せる。
《はいマスター。その際はお教え致します》
タクトの精が回答するが、その声はレドウにしか届かない。
「そういうことだったのですか。どの資料にも【王者のタクト】は特別だと記載されているのですが、どう特別なのかは一切記録されていなかったので、全くわかりませんでした」
ちょっと非難じみたアイリスの愚痴のようなものが聞こえてくる。
「言ってなかったのだったら悪かったな。実はこいつと会話……うーん、なんて言えばいいのか分からんが、意思疎通ができるんだ。最初に手にしたときからな。だから使い方も分かるし、何が出来て何が出来ないのかも知ってるというわけで」
「念話?のようなものかしら?」
レドウの解説にアイリスが首をかしげる。
《マスター、お答え致します。正確にはもともと【王者のタクト】に蓄積されていた知識の集合体が、マスターの知識にデータとしてインストールされている状態です。そのためマスターは【王者のタクト】と会話しているわけではなく、マスターの脳内で会話……正しくはマスターは考えているだけという状態です。知識量が膨大ですので、私のような擬人化した案内役が意識を仲介しているというのが正しいです》
(……??全く分からん)
《分からなくても大丈夫です。これからも変わらずマスターをサポート致します》
「ちょっと急に黙らないでよ」
シルフィが不満そうである。
「あぁ悪りぃ。今ちょうどさっき話した奴と意思疎通してたんだ。上手くは説明出来ねぇが」
「ふーん?」
結局、レドウの説明が下手くそなので、伝えたいことは何も伝わっていないようである。
「情報を整理すると、ジラールさんには『風吹く丘』の調査をしてもらう。あわよくば神器を復活させてもらう。復活した場合はその事実をレドウさんが把握出来るため、仮にジラールさんに隠蔽の意思があったとしても見抜ける。こういうことでいいでしょうか」
さすがはアイリスである。レドウが言いたかったと思われることを察して纏めあげた。
「お、おぅ。そんな感じだな」
「さすが当家の誇るブレーンだ」
「アイリスさすが!」
レドウ、シルフィ、アレクの三名は異論なしとして同意した。
「と言うことは、当面やることがない?」
「あるわ!聖白鉱の専売商人がまだ決まっとらん。専売にしないにしても取り扱い業者には免許を発行しようと思っておるが、その選定がまだだ」
「それは、おっさんの仕事じゃないのか」
レドウが我関せずといったトーンで返す。
「何を言うか。レドウ、お前は既に次期当主なのだぞ。しっかりここは勉強してもらわんといかんのだ」
「げ……」
既に逃げ腰になっているレドウ。シルフィとアイリスはその様子を笑って見ていた。




