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レドウの華麗なる冒険譚  作者: だる8
第五章 光と闇
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第83話 魔導研究室の闇

(オのレ……あすタるテメ……わシ……ノ……やボウヲ……ヨクモ)


 魔導研究所の一室。

 コポコポと静かに音を立てる実験水液の中に、一人の男が浸かっていた。


「本当に良いのですか?私は従うだけなのでどちらでも構わないですが、もう始めてますし……今更戻れないですけどね」

「あぁ、構わない。所長という肩書きを持っていただけでその地位を生かすことも出来ん無能には、似合いの末路だ。むしろ結果的には今までよりよっぽど役に立つだろう」

「ま、真の所長である貴方がそう仰るのであれば、私はその命に従ってこれを成功させるだけですがね」


 そう、実験水に浸かっていたのはユリウス=イスト=マーニスその人であった。

 狂気の表情は虚空を見つめ、既に正常に意識があるのかどうかも不明である。

 そしてその前で計器とにらめっこをしながら魔元素出力の調整をしていたのは、副主任のオルストフである。


 その背後で『真の所長』と呼ばれていたのは……グリフィス=イスト=マーニスであった。


「この男の死亡届は既に受理されており、私が正式にマーニス家の当主だ。そもそも役立たずの父が健在であった時点で、実質マーニスを動かしていたのは私だ。とはいえ、外向きに必要な手続きというものがある。ミュラーとレドウの下らん決闘のお陰で上手いこと排除できた。ある意味、あの二人には礼を言わなくてはならんな」


 グリフィスの口元が醜く歪む。


 公式発表では、前マーニス家当主ユリウスは決闘の結果に半狂乱となり精神に異常をきたして治療中とされていた(・・・・・)。そして今回のグリフィスの情報工作によって『ユリウスは治療中に発狂し、自刃し死亡』ということになったのだ。

 『治療中』であった時点でグリフィスは事実上のマーニス家当主であったわけだが、ユリウスの死亡情報によって名実共に当主となったわけだ。


 実際の元当主のユリウスは、この隔離された秘密の研究室にて実験台にされている。

 死んだも同然といえばそれもまた真理であるのかもしれない。

 なお、魔導爆弾の実験に決闘の場を使用した……つまりミュラーを利用するようユリウスに進言したのもこの男であった。


「……つかぬ事をお聞きしますが、ラーギル様はどうされるので?」


 雑談感覚で、話題を変えようとオルストフが尋ねる。だがそれは悪手であった。


「ふん。世の中には知らない方が幸せで居られることもあるが、お前はどちらかな?」

「い、いえ。出過ぎた質問でございました。お忘れ下さい」


 オルストフは慌てて質問を撤回する。

 グリフィスの表情から歪んだ笑みが消える。


「戯れに脅しをかけたのは事実だが、オルストフよ。お前は俺の忠実で大事な部下だ。そんなつまらないことで消されるとでも思ったか?そんなに信用ないか?」

「いえ……断じて、そういったつもりはありませぬ」


 オルストフはにじみ出る脂汗を吹きながら否定し、視線から逃げるように目をそらす。目の前のこの男の眼力が怖くて仕方ないのだ。

 前マーニス当主と比べ、この男には圧倒的な闇が見え隠れする。普段の外面が紳士的であればあるほど対峙した時の恐ろしさに繋がっていた。


「ラーギルには好きなようにやらせておく。上手くまわるようなら利用すれば良いし、ダメなら早々に見切りをつければ良いだけのこと。所詮、弟は取るに足らぬ小物ゆえ対策を打つまでもない。これで満足かな?」

「はっ。あ、ありがとうございます。つまらぬ雑談を振ってしまい申し訳ありません」


 計器から目を離すことなくオルストフは平服する。


「ところでエリックのやつは……研究室か?」

「はい。そうです。彼が研究室から出ることは考えにくいですから」

「わかった。ではお前の方も滞りなく頼むぞ。何かあれば私に連絡を寄こせ」

「はっ!承知致しました」


 グリフィスは地下に秘匿された研究実験室を後にすると、本来の(・・・)オルストフの研究室から姿を現した。その足で向かいにあるエリック主任の研究室に入る。


 研究室の中は実に静かであったが、不在なわけではなくエリックはそこにいた。

 実験台に設置した小さな石……魔晶石をセットしたタクトと、例の魔導爆弾とを魔導糸と呼ばれる魔元素伝導効率の良い金属糸で繋ぎ、その魔導糸に取り付けられた制御装置のメータを何かしら操作しながら、その値を凝視しているようである。


「エリック」


 グリフィスが声を掛けるが、エリックからの反応はない。


「おい、エリック。なんとか言わんか」

「しっ!今大事なところなんです。邪魔しないでください!」


 この男のマイペースは主が誰であろうと揺るぎないようである。

 グリフィスもエリックという男の性格は理解しているため、雑な反応であろうと特に気にならず、むしろ何に集中しているのかが気になった。グリフィスはエリックが凝視している機械を横から覗いてみる。

 と、そこにはオルストフの所にあった機材とは比較にならないほど、細かく出力調整が出来るツマミと、多くの計器が並んでいる。よく見ると単位はマノ……つまり魔元素の単位となっており、現在の針の値は0~2未満をフルフルと行き来しているようである。


 そしてその状態が一刻ほど続く。

 誰の目にも微調整を延々続ける様は、非常に繊細な作業であることがわかる。

 流石にグリフィスはもう計器を見てはいないが、エリックは依然として機器を凝視し、出力の微調整を続けている。グリフィスが来る前からこれを続けていたとなると理解できないほどの集中力である。


「や、やりました……少なくともこれで私の仮説は正しいことが立証されました」


 それからどのくらいの時間が経っただろうか。

 エリックのやり遂げたという言葉で初めて沈黙が破られた。


「おや?グリフィス様じゃないですか。なんでこんなところに?」


 今気付いたと言わんばかりのエリック。だがすぐ気を取り直したようだ。


「いやいや、いいところに来て頂けました。これは素晴らしい発見ですよ!この仮説に基づいて手段を確立さえすれば人造聖魔晶も夢ではありません!私の力で神器(アーティファクト)が造れるんですよ。苦労したかいがありました。実はですね、これまで行っていた魔元素の圧縮という手順を用いると、不安定なエネルギー状態で魔元素が蓄積されてしまうんですね。そのためこれに刺激を加えると魔元素暴走が起こるのですが、これが魔導爆弾というわけです。爆弾目的であればそれでいいのですが、目的は安定した高密度魔元素状態を維持した石を作ることですからね。これでは上手くいかないんですね。そこで私が考えたのは……」

「くどい!長い!」


 エリックの演説を強引に遮るグリフィス。遮られたエリックは明らかに不満そうである。


「エリックの研究成果が素晴らしいことは理解した。だが、その基礎理論を延々話されたところで俺には半分も理解出来ん。それよりも何を成したのか?成せるのか?それはいつまでに出来るのか?それを教えてもらえるか」


 グリフィスは研究一筋のエリックに諭すように話した。


「……聖魔晶、つまり神器(アーティファクト)の構造解析が完了しました。製造手段についても今の実験で目途が立ちました。仕組み上、現在の技術では大量生産は難しいですが、少しずつであれば複数制作が可能です。試作品完成までは15日~20日というところでしょうか」


 まだ不満そうではあったが、エリックは渋々と端的に説明する。


「そうだエリック。そういう報告が聞きたかったのだ。素晴らしい成果ではないか。長時間ここで待ってたのは無駄にはならなかったようだ。引き続き、開発を続けてくれたまえ。良い結果が出ることを期待しているぞ」


 グリフィスは満足気にうなずいた。

 この成果は本当に素晴らしいと思うグリフィスは、何か労ってやりたいと考えたのだが、果たしてこの男の欲する物はなんだろうか?研究に没頭できることなのではないか?であれば既に整っている?

 そこが全くわからなかった。


「エリックよ。お前のその成果に対して何か褒美をやりたいのだが、何がいい?何か欲しいものはあるか?」


 突然の主の申し出に考え込んでしまうエリック。まあグリフィスの想定通りである。


「そうですね。特にないですが……敢えて言うのであれば、私の話についてこられる助手が欲しいですね。理解が早い方がベストなのですが」

「ふむ……ここの職員をお前の命令で抜擢するのではダメなのか?」

「ダメですね。今いる職員は実に無能ですね。私の発想にまるでついてこれていません。説明し直さなくてはならないのは非常に不愉快です。もっとこう私の考えの及ばない……ときおり漏れてしまう想定を補完してくれるような、そんな助手が欲しいです」


 グリフィスは思う。そんな奴はいないだろと。

 ここにいる研究員たちは、国立大学院在学中から目をつけ、かき集めた研究開発のエリートたちである。これ以上ない優秀な研究員を用意しているはずなのだが、エリックはそんな彼らを無能とはねつけているのだ。


 エリックは現代における魔導科学において、稀代の天才である。

 この男を凌駕する人物などそうはいない。そんなにたくさんいてたまるかと思うほどだ。


「わかった。もし(・・)見つかるようなら手配しよう。エリックの方から指名しても構わないからな」

「ありがとうございます。それでは私は研究に戻りますので」


 そう言って再び主任研究員エリックは再び石と計器とのにらめっこに戻っていったのだった。



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