第11話 祭殿
切り立った崖の上に囲まれた神殿風の大理石の建物が見え、その場所に至るための長い上りの階段で繋がっていた。
レドウたちの立っている場所から階段までは、両端が高い岩壁となっているやや広めの道が続いており、階段の手前は少し広めの広場になっているようだったが、その全てが深雪で覆われているようだった。
派手さこそないが、その規模と壮観な景色、圧倒的な存在感は三人の言葉を完全に奪っていた。
しばらく立ち尽くしていたが、アイリスがゆっくりと言葉と紡いだ。
「閉ざされた秘境とは、こういうものを指すのですね」
「これまでいろんな遺跡に入って探索したが、こういうところは初めてだ」
「大きさと装飾は違うけど、ウィンガルデ奥の大神殿みたいなとこね。……何か関係があるのかな?」
三人は雪で埋もれた道を階段の方に向かって歩き始めた。
この地を人が最後に訪れてから、どれだけの悠久の時を経ているだろうか。
雪を踏みしめる度に、足もとの雪がキュキュと音を立てていた。
「凍っているな」
「凍ってますね」
「滑って転がり落ちるのは嫌」
神殿に向かう階段のふもとに辿りついた三人だったが、凍りついた階段を前に足が止まった。
「溶かしながら進むしかないですね。シルフィ、お願いします」
「分かった。階段を壊さないように調節しながら溶かす」
「……」
シルフィはタクトでバランスボールくらいの火球を作ると、凍りついた階段を溶かしながら少しずつ階段をのぼりはじめた。
魔法を維持し続けるのは本来非常に大変な行為である。意識を魔元素制御に全力で充てなくては維持出来ないため、維持し続ける時間分の集中力と気力が必要だ。
階段の四分の一も登らないうちに、シルフィの炎は消えてなくなった。額には汗を滴らせ、肩で息をしている。
「ん。持たないか。この辺が限界か?あとは俺が任されてやろう」
「ダメ、レドウがやったら階段が破壊されちゃう。私がやらなきゃ……」
アイリスが無言でうなずく。
「じゃあ、時間かかってもいいから頑張ってみろよ」
レドウの言葉にうなずくシルフィに疲労は見えるものの、その瞳にはまだ力があった。
……
日が西の山脈にすっかり隠れ、辺りが薄暗くなるころ三人は山間の建物にたどり着いた。見た目は神殿のように見えるが、祭るべき神像や女神像は見当たらないため、正確には神殿ではないのだろう。
振り返ると眼下にはアルカス山脈のふもととその先に広がるリーデル草原が遠くに見えたが、都市、街、村に相当する灯りは一切見えなかった。
「見事になんも見えねぇな。上手く隠されているとしか思えん」
「調査を急ぎましょう。真っ暗になってしまったら結構大変です」
「光魔法は一応あるけどな……」
神殿の内部は遠くからはよくわからなかったがそこそこの広さがあり、大理石の柱が建物の外周を取り囲むように何本も立ち並んでいた。
ただ、周囲を遮るような壁は特にあるわけではなく、吹きっさらしのため今の季節ではとても寒い。
神殿の中央は少し高くなった所に祭壇があった。祭壇の裏側に回ると、そこから下に少し下る階段があり、そこに石碑が立てられていた。
「神殿というよりこれは祭殿ですね」
「こんなとこで何の祭りごとを?」
レドウは首をひねる。
「それが裏の石碑に書いてあるんじゃないの?読めないけど。レドウ読んでよ」
「さっきはたまたま読める文字だったが、毎度読めるとは限らんぞ……」
シルフィに促され、裏の石碑の前に立った。
「どう?」
「うむ。読めんぞ。全く知らない文字だ。……っと、読めそうなとこもあるな」
「読めるところだけでも、読んでみましょう。何か手掛かりになるかもしれないですし」
アイリスも同調する。
「じゃあ、読むぞ。えっと『??……証……捧げよ……』」
「それだけ?」
「読めるのはな」
「??というのは何でしょうか」
「一応意味はわかるんだが、なんという言葉に訳していいかわからん」
「どんな意味?」
「えっとだな、どれも正解じゃねぇが近い言葉を並べるなら、主人、皇帝、覇者、君主ってとこだな。最初の『主人』ってのが一番意味合いとして近いような気がするが」
レドウの言葉を聞いてアイリスが考え込む。
「読めない箇所にどんなことが書いてあるのか分からないですが、この祭壇で何かを起こすきっかけだけは、レドウさんの読める文字で書かれているのではないでしょうか。恐らく読めない文字のところには、それを行うと何がおこるのか?が説明されているのではないかと推測します」
「つまり、文字の読めない私たちには何が起こるのか見当もつかないけど、何かの証を祭壇に捧げれば、さっきの魔晶石の扉みたいに何かを起こすことが出来るってことね」
「扉の時のようにアイリス風に並べると、『主人の証を捧げよ』ってことか。何だ?主人の証って」
「適当にいろいろ置いてみよっか」
シルフィが手持ちの荷物を次々に置き始めた。
魔晶石、タクト、指輪、ペンダント、魔石……。しかし、特に何かが起こる気配はない。
「私も置いてみましょう」
魔晶石、タクト、聖銀の剣、聖銀の盾、魔石、指輪、ペンダント、サークレット、金貨
「特に何の反応もねぇな」
「レドウも何か置いてみてよ」
シルフィが促す。
「俺か?俺がもってるようなもんはもう二人が置いて試してただろうが」
「同じ種類のものでも『証』と称するくらいですから、唯一無二のものなのだと思いますよ」
「そうは言ってもな……。捧げるってことは、その結果なくなるかもしれんだろ?そう簡単にほいほいと……」
「いいからなんか置きなさいってば!」
シルフィがレドウの腰から魔晶石の入った袋を奪い取ると祭壇に置いた。
「あ!勝手になにしやがる」
特に何も起こらなかった。
「あら、残念。じゃあ今度はそのレドウのタクトね」
シルフィがレドウの腰からタクトを取り上げようとしたが、いち早くレドウが掴み祭壇に置かれるのを阻止した。
「馬鹿野郎、これは祖父さんの形見だ。そんな簡単に渡せるかよ」
「え、じゃあますます可能性高いじゃない!お祖父さんの使ってた文字でここまでこれたのよ」
「いやだっつってんだろう!」
「シルフィ。困らせるものじゃありません。レドウさん、すみませんでした」
「いや……まあいいけどよ」」
レドウは未だ狙っているシルフィに取られないようタクトをしっかり握りしめ、祭壇に置かれた魔晶石の袋に手を伸ばした。
その時だった!
バシュン! とつんざくような音と閃光が走り、祭殿の四方から放たれた稲妻のような光がレドウの握っていたタクトを直撃した。
思わず手を離してしまうレドウ。しかし、タクトは祭壇の上で宙に浮かんだまま、四方の光で支えられるように輝いていた。
「しまった!上を通過するだけでささげたことなんのか!てか、本当にこのタクトがなんとかの証なのかよ」
「私の予想通りね!」
と、シルフィは満足そうだ。
「祭壇に置く必要はなくって、その上に在りさえすれば発動するのね」
「どうなっちまうんだよ。俺のタクト、返してくれるんだろうな」
いつになく弱気なレドウ。
「多分心配ないわ。よく見るとこの祭殿から、光を吸収しているように見えるから……、きっとパワーアップするんじゃない?」
「んな適当な……」
しばらくその光景は続いたが、半刻もすると四方から発されていた光は忽然と消え失せ、祭壇にはひと振りの黄金に輝くタクトが置かれていたのだった。
「すごい!これがこの祭殿のお宝」
「タクトの柄に黒光りする石がついてますね。これは魔晶石?でも黒ということは闇の?」
アイリスが不思議そうに現れたタクトを眺めている。
「パっと見取り外し出来なさそうね。どう使うのかしら?」
「恐らくですが、これは伝説の輝石ですね。魔晶石よりはるかに純度の高い魔元素を秘めると言われております。私も見るのは初めてなので確証はありませんが」
祭壇の上に置かれたタクトを見ながらシルフィとアイリスがいろいろ会話している間、自分のタクトが変化した事実についていけずレドウは完全に呆けていた。
だが、ふっと我に返った。
「こ、これは俺のもんだぞ。もともと俺のタクトだ!」
と、二人をかき分けて祭壇の上のタクトを掴んだ。
その瞬間、タクトを通じて膨大な情報がレドウの思考に流れ込んできた。
あまりの量に頭が焼き切れそうな感覚を覚え、レドウはその場に倒れた。
ただ、気を失う直前に聞いた言葉だけ、レドウははっきりと認識した。
《おひさしぶりです。マスター》




