第七十一話『トーナメント二』
「よ、よろしくねモニカちゃん」
「うん、お手柔らかにねフレイヤさん」
二人は互いに笑顔で声を掛け合いながら中央に進んでいく。
「ついにフレイヤか~。頑張ってほしいな」
闘いを終えたニーナが、ルームメイトの背中を見送りながらそう呟く。
「どんな戦いになるんでしょうね?」
「フレイヤが攻めでモニカは守りでしょうね。でもフレイヤは……」
クララはフレイヤを見て一つため息をついた。
「正直、相手が悪いわ」
「ちょっと、ちょっとクララちゃん。それはフレイヤを舐めすぎじゃないの~? 私フレイヤと戦って、まともに勝ち切れたことほとんどないんだよ?」
ニーナが少し憤慨しながらクララにそう言った。
「フレイヤが弱いといって言ってるんじゃないのよ。私だってフレイヤと戦って絶対勝てるなんて言えないわ。でも、モニカが相手では厳しいわ。それは力量の問題じゃない。相性の問題よ」
クララ達が後ろでそんな話をしているうちに、二人は前に進み出てお互いに向き合う。
「二人とも準備はいいな? 始め!」
「やぁあ!」
合図がかかると、真っ先にフレイヤが動いた。軽い剣を両手で持ってくるくると動かしながら構えを取る。モニカはそれに対して足を少し開いて軽く構える。
フレイヤの手と体の動きは止まらない。高い構えだったかと思えば次の瞬間には低い位置に剣がある。右手に持っていたかと思えば左手に剣が握られている。忙しい動きで、それだけで体力を消耗しそうなのだが、これこそがフレイヤの構えだった。
攻める側からすればどこから切り込めばよいか分からない、守る側からすれば攻撃の仕掛けるタイミングが読みづらい。次々に変わる構えに釣られて、剣も風を切って動き回る。その剣が光を反射して、光の壁のようなものを作っているように錯覚させる。フレイヤの強さは、その変幻自在な剣の動きで翻弄する部分にあった。
モニカはそんなフレイヤの動きを微動だにせず見守っていた。フレイヤの動きはいつもよく見ているから、今更慌てることはない。
(いくよッ!)
フレイヤは心の中でそう言ってからモニカに攻撃を仕掛ける。だが……。
「……え?」
フレイヤの攻撃はモニカに届かなかった。フレイヤの剣は、モニカの小太刀に弾き上げられ、くるくると回転しながらモニカの後ろに落ちる。
「はぁあああ!」
モニカは武器を失ったフレイヤに遠慮することなく殴り飛ばす。
「きゃああ!」
フレイヤは後ろに転んで一回転してしまった。
フレイヤの長所は、相手を惑わすその動きにある。これによってフレイヤは相手の虚を突いて攻撃し、また相手が攻めにくくすることによって勝つことができていた。
しかし、フレイヤが相手を惑わすことを得意としていることに対して、モニカは相手の動きを見切ることを得意としている。そしてその見切りの能力は、常人をはるかに超えたものとなっている。ゆえに、フレイヤの特殊な構えはモニカには通用せず、純粋な力比べとなってしまう。長所を失ったフレイヤでは、モニカと戦うにはあまりに分が悪く、相性が悪い。
「どうするフレイヤさん。続ける? それとも降参?」
「そ、そんな降参なんて! 私まだ何もやってないのに……」
「じゃあ、武器なしで私と戦うんだね? 遠慮はできないよ?」
手は抜けない。モニカは手を抜くわけがない。それがフレイヤに対して失礼となると知っているから、モニカは手を抜いたりはしない。ましてや親衛隊の本採用試験なのだ。最後まで手加減をする理由はない。
「くぅうう……」
フレイヤは地面に膝をついたままモニカの後ろに転がっている武器を見つめた。あれさえあれば……剣さえあれば戦えるのに……。
(あれ……こんな展開どこかで……?)
そうそれはどこかで見た光景だった。
あれは、ノルベルトの誕生祭で歌うことに悩んでいた時。訓練でも上の空で、レナーテに簡単に武器を手放させられてしまった。あの時も剣とフレイヤを挟んでレナーテがいた。あの時フレイヤは降参を申し込んだんだった。剣が無ければ戦えない。だから降参すると……。
今の自分はどうだ? 降参するつもりこそないが、武器が無ければ戦えないと思っているのはあの時と同じではないか。
(私は……成長していないの?)
フレイヤは一瞬うつむいて自分に問いかけた。そして深い絶望と失意に沈み込んでいく……以前までのフレイヤだったらの話だが。
「負けられないよッ!」
フレイヤはすぐさま顔を上げて立ち上がる。そしてジグザグに走りながらモニカに向かって行った。
「なッ!」
モニカはフレイヤが殴り掛かってくると思った。だって右腕を振りかぶっていたから。だが、次の瞬間には剣を持った腕をつかまれていた。右腕で。
「そんな、だって今右腕で……?」
確かにフレイヤは右腕を振りかぶった。振りかぶったはず……。振りかぶったように……みえた?
これこそがフレイヤの動きの……舞の神髄。相手を錯覚させる動きで翻弄し、混乱させ、攻撃を仕掛ける。
「もらったぁあ!」
フレイヤはすぐさまモニカに殴り掛かった。その拳は、本来なら武器が握られているはずだったが、仕方がない。
「くぅ! 負けないよッ!」
モニカは剣を封じられた腕はあきらめて、反対側の拳でフレイヤを殴り飛ばす。
「うぅッ!」
自分の攻撃とは比べ物にならない衝撃をもらって、フレイヤはなすすべなく転んでしまう。そこにモニカが馬乗りになって勝敗が決する。
「勝者モニカ!」
レナーテがそう宣言すると二人が脱力する。
「「はぁあー」」
モニカは力を抜いてフレイヤに倒れこみ、フレイヤも大の字になって地面に体重を預けた。
「おめでとうモニカちゃん」
「ありがとうございますフレイヤさん。でも……最後は危なかったな」
「そんなこと……」
「いや、今の戦い。剣をあっさり手放してしまわなければ、どちらが勝っていたか分からなかったぞ」
レナーテが近づいてきて二人をねぎらう。
「剣を弾かれたときはやはり力量の差は明らかかと思ったが、お前も成長しているということだな。それに何より……」
レナーテはフレイヤの顔についた泥をぬぐった。
「よくあきらめなかった。精神面での成長が一番大きいようだな」
「教官……」
フレイヤは目に涙を浮かべてレナーテを見返した。
「教官私が勝ったんですよ?」
「そうだな。お前も見事だったぞモニカ。結果的には順当勝ちか」
「なんかついでみたいに聞こえるな……」
そのやり取りに、その場にいた人間から笑みがこぼれた。
* * *
「ぐう! らぁああ!」
「っほ! はぁ!」
訓練場の中央で二人が戦っていた。その二人はディアナと……レナーテだった。
『教官。準備運動に付き合ってくださいよ』
一回戦が終了し、これから二回戦という時になって、ディアナがそう言った。
『よく考えたら、私だけ足慣らしができないっていうのは不利だと思ったんですよ。ちょっと私と一叩きしてもらえません?』
「おらぁあああああ!」
準備運動という名目で一戦行われることになったのだが、その内容はとても体慣らしの一戦という感じではなかった。
試合開始とともにディアナの猛攻が始まり、レナーテもそれに激しく反撃する。
「まるで、今までのうさを晴らさんとするような動きだなディアナ?」
「めっそうもない。敬愛する教官に、卒業の手見上げとしてこれまでの訓練の成果を披露しているだけじゃないですかぁ?」
「ほう、試験も終了していないのにもう卒業した気分でいるのか? そういう油断が不合格への落とし穴になるかもしれないな?」
「そんなのありえませんよ。どうせ私が優勝するんですからッ!」
ディアナの猛攻は続く。できれば手の内を一つでも多く隠して戦いたかったが、レナーテ相手ではそうもいかない。
(でも、あたしだけ一回戦免除なんてダメだ)
ズルいからとか、優勝有利になるのが許せないからというわけではない。隊長を確実に狙いに行くためだ。
トーナメントなのだから、当然優勝者が隊長に任命される確率が一番高い。だが、せっかく優勝しても、一回少なく戦っているじゃないかとケチがついては面白くない。
おめでたい私の仲間たちはそんなことを言ってきたりはしないだろうが、ノルベルトの親衛隊長選考に響いては困る。だから……。
(私が一回戦を自分で用意する。対戦相手にレナーテを指名すれば文句はないだろう。そこで勝ちきれればさらに評価は上がるはずだ)
そう考えて試合を始めた。レナーテが準備運動気分で戦ってくれれば楽に勝ちきれると思ったが、やはりそこは甘くない。
ディアナは槍を長く持って構えを変える。レナーテのガードはやはり固く、細かい攻撃では突破できない。だから大きな攻撃で崩すことにした。
「はぁああ!」
鋭く力強い突きを放つ。レナーテの持っている武器を破壊してやろうなどとはしない。体を貫くつもりで思いっきり攻撃を繰り出した。レナーテはどうせ避ける。避けた後の体勢を想像し、畳み掛ける戦術まで考えた上での攻撃だった。
するとレナーテは持っていた剣の腹を見せて突っ込んできた。それはいつぞや、モニカに負けたときに見た光景と同じだった。
(動揺を誘うつもりか)
モニカとディアナの決闘はちょっとした騒ぎとなり、のちに始末書を提出しなければならなかった。その始末書に戦いの内容も記載したから、レナーテも内容を知っているのだ。だから動揺を誘うために、わざと同じ手を仕掛けてきている……?
(でも、レナーテがいくら強いといっても、モニカのような天才的な見切りの能力はない。こっちの動揺を誘うだけ誘って絶対にかわしてくる。レナーテを見失うな)
自分にそう言い聞かせて、レナーテは迷わず突きを放った。
モニカとぶつかったときは、たいして音はしなかった。だが今回は、訓練場に大きな音が響き渡り、槍と剣が直接ぶつかりあった。
「な……に……?」
「見事な突きだな、腕が痺れるよ」
レナーテの剣は、完全に槍を受け止めていた。折れることはなく、ヒビすら入っている様子はない。それほどの強度を持った剣なのだろう。
レナーテが両手を剣に添えて槍を恐ろしい力で押し返してくる。両足で踏ん張っているディアナの下がめり込み、押し負けそうになる。
(く……う、腕相撲かよ)
技ではなく単純な腕力の勝負となった。攻撃を止められたうえ、力で押し返されてしまったのでは印象が悪い。力勝負を嫌って槍を引けば隙もできる。ここは何としても負けられない。
バキバキと音を立ててディアナの足元の床が崩れる。上から押し込まれるように力をかけられているから、このままでは足元のバランスを崩されて負けてしまう。
(ぐぅ……力勝負に持ち込まれた時の体勢が悪かった。ここまでか……?)
負けても準備運動だという名目だ。二回戦には進めるだろうが、そうなればたとえ優勝したとしても隊長の座は怪しい。今ならレナーテにも勝ちきれると判断した自分が甘かったか……?
「負けないでディアナ!」
諦めかけたところに声が届いた。
「……ん? な、んだ……この不快な声は?」
「不快って……応援する言葉をかけてあげたのにそれはないんじゃないの?」
声を聴いた瞬間モニカのものだとは思った。応援される義理はないから不快だといってやめさせるつもりでそう言ったのだ。
「そうかそうか~。モニカちゃんの声は不快なんだ~。じゃあ、私が応援しよう。頑張れディアナ~」
「お前の声も気が抜けそうになる、ねぇ……」
モニカの横からニーナが進み出て応援に加わる。それもうっとうしかったからやめろと言ったつもりだった。それなのにどう言う訳か、他の人間まで応援に加わり始めた。
「しっかりしなさいディアナ! あんたが教官に完敗したら、私たちの立場がないでしょう!」
クララがそんなことを言って煽ってくる。
「……頑張れ」
応援する気があるのかないのかカルラの声だ。
「頑張ってくださいディアナ。勝ったら頭なでなでしてあげますよ?」
エーフィがむかつくことを言ってくる。
「が、頑張ってディアナ! うぅ、私の応援なんていらないかな……?」
フレイヤが勝手に落ち込んで面倒くさい。
「へ……へへ、そうだ。私はこんな面倒くさい奴らをまとめなきゃいけないんだったねぇ。隊長になるのも考え物だ」
「だったら負けるか?」
ディアナの呟きに、レナーテがそう声をかけてくる。
「いいや、勝つよ。あんたに勝ちきって、大手を振って、あいつらをこき使ってやるッ!」
ディアナの槍に再び力がこもりはじめる。徐々に徐々にレナーテの剣を押し戻していき……そして。
鉄が砕ける音。砕けたのは一点に力をかけられ続けてしまったレナーテの剣だった。剣を打ち破ると、ディアナの槍は鋭く伸び、レナーテの頬と数本の髪を切り裂いた。
「はぁ……はぁ……」
「準備運動は終わったかディアナ?」
「ふ……ふん、少しは息を乱せよな」
「そうか、それはすまなかった。なにはともあれお前の勝ちだ」
レナーテがディアナをたたえて、ディアナが勝ちあがった。
* * *
全員が戦い、一回戦の勝者が出そろった。
一息入れ、さあ二回戦目が始まるというとき、一人の兵士が訓練場に手紙を届けに来た。
「訓練お疲れ様です。モニカ相手に急ぎの手紙が届いています」
「え、私にですか?」
モニカは仲間たちと共に昼食を食べている最中だった。訓練場にはモニカ達他、レナーテとノルベルトもまだそこにいた。
兵士はモニカの姿を見つけると、ノルベルトに一礼してから訓練場に入り、その手紙をモニカに手渡した。
モニカは手紙を受け取ると、そのままクララに渡して読んでもらう。
「お父さんの字だわ」
クララはそう言ってから封を開け、モニカに了承を取ってから手紙を音読する。
「『モニカちゃん大変だ。お母さんが倒れた』……って、え? マルテおばさんがッ!」
クララが音読しながらまず驚く。遅れて、モニカ以外の仲間たちが驚きの声を上げて、そのあとにようやくモニカがぽかんとした声を上げた。
「え……お母さんが……なんで? だって、薬があるから病気は押さえられているはずじゃ……」
そう小さな声で呟いてからモニカはその場に崩れ落ちた。仲間たちが駆け寄ってモニカを支える。
「モニカ! 今すぐ帰った方がいいわ。手紙も走り書きで詳しいことが書いてないし、それだけ急いでるのよ。おばさんが倒れたから今すぐ帰ってきてほしいとしか書いてないの!」
「え、そ、そんな。だって、今試験中だし……」
「帰った方がよい」
話を聞いていたノルベルトが近づいてきて声をかける。
「試験は延期……いや、中止だ。今すぐ帰って来いというからにはそれだけせっぱつまっているのだろう。馬車を用意させよう。モニカには休暇を出す。今すぐ荷物をまとめて……いや、クララにも一緒に休暇を出す。クララ、手伝ってやれ」
ノルベルトはモニカだけに行かせるつもりで声をかけたが、表情を見てすぐにクララにも付き添うように命じた。それだけモニカの顔は顔面蒼白で色がなく、放心しているように見えたのだ。
二人はすぐさま部屋に帰り、旅の支度を始めた。向こうで何日過ごすか分からないが、自分の家に帰るのだからそれほど荷物はいらない。必要な分だけカバンに詰めていく。
「モニカ、準備はいい? 私はすぐに出かけられるように馬車の人に話をつけに行く」
クララはあわただしく準備をすると、部屋を出ていった。
「クララちゃん……待って……」
モニカはそう言ったが、クララも冷静ではなかった。その声が聞こえず、モニカを一人にして馬車の準備をするためにモニカを残して行ってしまった。
「お母さん……なんで……?」
仕送りは変わらずしている。薬は買えているはずだ。前に村に戻った時は元気そうだったし、倒れたというのは想像がつかない。なんで……どうして倒れるという結果になるのかわからなかった。
「……あ」
部屋を出ていくクララを追いかけるつもりだった。しかしモニカの足はいったん止まり、ベッドの脇に置かれた小物入れに目が向いた。
「……」
小物入れの一番下の段には鍵がかかっている。この鍵を開けたのは片手で数える程度しかなかった。そのカギを、モニカは外した。
カギを開けてそこを開くと、豪華な髪飾りが顔を出す。磨いたことはないが、入れっぱなしのために傷もホコリもなく、その美しい姿そのままで残っている。
モニカはその髪飾りに手を伸ばし、手に取って、胸にしまった。
「ごめんなさいモニカ! あなたも一緒に行かなきゃダメよね」
クララが戻ってきて部屋に入ってくる。そしてモニカの手をつかんでグイッと引っ張って行った。
「大丈夫よモニカ。あなたの顔を見れば病気なんて一気に吹っ飛ぶわよ」
「そ、そうだよね。お医者さんだって呼べば、病気なんて……すぐに治っちゃうよね」
モニカはなぜずっと仕舞い込んでいた髪飾りを取り出したのか。なぜそれをいま胸にしまいこんで持っていこうとするのか? 寂しいからとか、心細いからとかいう理由で、ノルベルトからもらったものを持っていこうとする理由も確かにある。
だが、モニカはこの時間違いなく、髪飾りを売るという考えを確かに持っていた。




