第四十八話『罰』
モニカ達が頭を抱える中、ふらりとノルベルトが表れた。
「おはようございますノルベルト様。お散歩ですか?」
モニカが真っ先にノルベルトの前に出て挨拶をする。それにつられて、親衛隊たちは各々ノルベルトに挨拶をした。
「お前たちは相変わらず行動を始めるのが早いな」
そういうノルベルトだって、こんなに朝早い時間にここにいる。その様子から、たった今起きたばかりというわけでもなさそうだ
「何か公務でもあるのですか?」
クララがそう質問する。
「この時間ならば起きているものが少ないだろう? 城の高官たちの目も少なくなる。誰の目も気にせず動くなら、早朝が一番だ。城の者にちょっかいを出すのにも悪戯をするのにも、早朝のほうが都合はいい。世話役や護衛に付きまとわれることもないし、何をしていても咎めてくる者もおらんしな」
ノルベルトは小さく笑って深呼吸をした。自由奔放に見えるノルベルトだが、王族の一人としてしがらみは多いのかもしれない。
不意にノルベルトが悪戯っぽく笑ってモニカ達を見た。
「しかし、お前たちも俺には慣れたものだな。少し前なら、俺の姿を見るなり膝をついていたというのに」
その言葉でモニカ達は「あっ」と思った。ノルベルトの指摘通りだった。前までなら、王族であるという意識が先に立って、考えるより早く姿勢を低くしていた。それは、他の王族と偶然すれ違った時も同様だった。
だが今は、「ノルベルトだ」という意識が真っ先に浮かんで、あわてるよりもむしろ落ち着いて対峙している。さすがに姿勢は正すし、言葉にも気を付けるが、雲の上の存在であるかのごとく対応はしなくなっている。
「俺への敬意など数か月ともたなかったか。どうにも俺には威厳がないらしい」
ノルベルトは顎に手を当てながらしみじみとそういう。敬意を忘れたというわけではないので、モニカ達はそれを否定したかった。だが、否定する間もなくノルベルトは視線を後方に向ける。
「だが、たった一人だけは俺をまだ尊敬してくれているらしい」
ノルベルトが視線を向けた先にはフレイヤがいた。服が汚れることも気にせずその場に膝をつき手をつき、頭を地面につけて姿勢を低くしていた。
「ノ、ノルベルト様におかれましては、ご、ごご機嫌麗しゅうございますご様子! こ、心よりのお慶びと感激をもって、伏してございます!」
男で、しかも王族であるノルベルトを前にして、使い慣れない言葉であいさつしようとしたせいで、フレイヤの言葉は完全に狂っていた。
そんな中、カルラがこそこそと動いてフレイヤの横に移動する。何をするつもりなのだろうと皆が見守ると、カルラはその場に膝をつき手をつき、頭を地面につけて跪いた。
「……おはようございます」
「いや~、カルラちゃんもう遅いからね~?」
横でニーナがカルラの背中をポンポンと叩いたが、カルラはピクリとも動かない。これでしのぎ切れると思っているらしい。
「……まったく、主の前でこんなに騒いで……あなたたちにはノルベルト様に対する敬意というものはないの?」
場が騒がしくなってきたので、クララが少しいさめようと声を上げる。しかし、クララだってノルベルトに物怖じしていない。街でベルとしてノルベルトと接するのも慣れたものだ。
「お前も大概だと思うがな」
ノルベルトがクララに向かってそう言った。
「やれやれ、初めて顔を合わせたころの、緊張しきったかわいらしいお前たちはどこへ行ってしまったのか」
この言葉にクララがピクリと反応する。
「そう思われるのでしたら、そのような態度をとってもらえるように、行動を改められたらいかがです? 早起きひとつとっても、その理由が悪戯し放題だからというのでは尊敬の念がわいてこないというものです」
その場の何人かが固まる。もしかしたらクララが一番ノルベルトに慣れてきているのかもしれない。クララ一人を除いて、女親衛隊の中にノルベルトに説教をする度胸など持ち合わせていないだろう。
「ふむ……なるほど確かにな……」
ノルベルトは気分を害した様子もなく、感心したようにクララの言葉を受け止めた。
「そうかそうか、なるほどな。それならば、朝主人に会っても膝をつこうとしない不届き者達には罰をくれてやるとしようか?」
その言葉に全員が「えっ?」となる。今までノルベルトと会話をしたのは全員数回程度だが、その時の印象からして、この程度の対応は許容範囲だろうとモニカ達は思っていた。行動を慎んだらどうかと言ったクララすらも、意外な反応に目を見開いてしまう。
だが、仕方ないかもしれないと全員あきらめる。ベルの時にはこんなものではなかったから感覚がマヒしていたが、ノルベルトは主であり王族なのだ。いくら何でも緊張感のない対応だったかもしれない。罰が下されても仕方ないくらいに……。
「フレイヤ。お前は俺に対する尊敬を忘れないでくれた。それには感動する。だが、お前たちの仲間の失態だからな。連帯責任としてお前も同じ罰を受けてもらおう」
「え……、ひゃい!」
王族から自分の名前が飛び出し、しかもそれが恐ろしい内容だったのでフレイヤが震えあがる。そして、頭の中でその言葉が反響した。
罰……。この言葉を言ったのがレナーテならばそれほど恐れない。素振り数百回だの、ランニング十数回だのとわかりやすいからだ。それは紛れもなく罰であり苦痛なのだが、理解しやすくこなすこと自体は確実にできるからだ。
だが、王族が下す罰となると話が違ってくる。いったいどんな恐ろしい内容が待っているのだろう? 常識とは離れた生活をしているから、相応の罰というのがどれくらいかわからないのではないだろうか? どんな罰が飛び出す……。飛び出す? なんだその飛び出すって!? そうか分かった! きっとそれは――。
フレイヤが途端にガタガタと震えだす。その様子から、大げさな罰を想像して怯えているのだろうと皆が思った。しかし、そんな思いをさせてしまっているのが自分たちだと思うとモニカ達は申し訳なかった。せめて軽い罰であればいいのだが……。
「ではその罰だが……」
若干もったいつけるようにノルベルトは言った。
「秘密通路の定期点検だ」
「「「……は?」」」
緊張感のない声がその場で広がる。呆れたわけでも気が抜けたわけでもなく、理解ができなかったのでそんな声が出たのだ。
「秘密通路とはなんですか?」
「この城には、もしもの時のために、王族が外へ逃げ出すことができる抜け道が作られている。お前たちにはそこをしばらく定期的に点検してもらいたい」
中央の城は巨大だ。抜け道くらいあってもおかしくない……いや、むしろあって当然なのかもしれない。しかし……。
「いいのですか? そんな大切な抜け道を私たちに教えてしまって」
クララが疑問を口にすると、ノルベルトは愉快そうに微笑んだ。
「抜け道はいくつも用意されているから問題ない。それに、どうせ正式に親衛隊となればすべて把握しなければならないんだ。むしろ、すべて覚えろと言われればいやになるぐらいだから覚悟しておけよ」
その悪戯っぽい口調から、抜け道の把握は苦労するのだとモニカ達は知った。
「それで……点検というのは?」
「言葉の通りだ。全員で抜け道に異常がないか点検してもらう。何しろもしもそれを使用するとなれば、慌てた状況で使うことになるだろうからなぁ。石ころにつまずくことがあっては困るから、注意深く床を見ることになるだろう」
親衛隊たちはふむふむといって納得する。罰とはいっているが、これは仕事に近い。主から依頼された仕事……そう思えば悪い気はしなかった。
ノルベルトは続ける。
「その上長年使っていないから、天井が緩んでいるかもしれん。上もしっかりとみてもらおう。他にも逃げ道として万全の状態を保っていることが望ましいから、一度点検を始めれば、数時間そこから出てこなくても不思議はあるまい」
そこで何人かの者が「……ん?」となった。内容は正論なのだが、どうも口調が芝居がかっているような……?
「ああ、それとこれはお前たちの罰則だから、誰の手を借りることも許さない。俺が理不尽な罰を与えてきたと、レナーテに告げ口することも許可しない。……となると、このことを知っているのはこの場の人間だけで、これについて誰にも気兼ねをする必要……もとい、相談することすらできないというわけだ」
いよいよほとんどの者が、これは罰というのが言葉通りの意味ではないと察し始める。クララの瞳が徐々にジト目に変わっていく。
「俺は罰の監督をしてやれるほど暇ではない。定期検査の『定期』はお前たちが決めろ。何時にやっても構わないし、検査の頻度も自由に決めればいい。罰の期間は、お前たちがもう十分だろうと思えばやめればいい。ちなみに抜け道の出口である森は、野盗事件のせいで人の出入りが少なくなっているらしい」
ノルベルトは言い切った後意味ありげにほほ笑んだ。モニカはなぜか顔を赤くし、エーフィはぺこりと頭を下げた。
「……ノルベルト様、いつからここにいらっしゃったのですか?」
「小鳥が歌い始めたあたりだったと思う」
クララの問いにノルベルトがとぼけて、フレイヤの歌の練習場所が確保された。
* * *
その道は暗く、えらく湿っていて、時折天井からぽたぽたと水滴が落ちていた。ランプで照らせば、壁に大きくひびが入り、床の石畳がはがれて土が露出しているのが見えた。もう何年も人の手が加えられていないのがよくわかる。
そんな道を、モニカ達はクララのランプの明かりを頼りに歩いていた。
ノルベルトから命令された抜け道の定期点検。その抜け道は、驚くほど近い場所にあった。モニカ達が集まっていた噴水に、抜け道への入り口が隠されていたのだ。人があまり来ることもなく、用途もよくわからない噴水は、抜け道を隠すカモフラージュだったのだろう。
モニカ達はその日の訓練を終わらせてから、計画を立てるために抜け道へと入った。ランプを持ったクララを先頭に、床や壁を見ながらぞろぞろと抜け道を歩く。
「これは……ひどいですね」
エーフィが床の石を蹴飛ばしながらそう呟く。ノルベルトは、床に石ひとつ転がっていては困るといっていなかったか? もし本当にすべての石を片付けようというなら、確かに一度はいれば数時間出てくることはできない。
「整備せよというのが建前とはいえ、絶句するわね。一日数時間作業して、すべての石を拾い終えるのは何か月後になるのかしら……?」
通路を見れば、今までろくに整備などされたことがないのがうかがえる。裏を返せば、それは整備など必要ないのだとも解釈できる。抜け道はいくつもあるという話だから、この抜け道はあまり重要視されていないものなのかもしれない。 ノルベルトはやはりフレイヤの練習場所を提供するための口実として、この抜け道の点検を命じたのだ。
「うわぁあ、ど、どこから手を付ければ? と、とりあえず掃き掃除と拭き掃除だよね? やっぱり道具を借りてきた方がぁ~……」
後方フレイヤだけが、暗闇と水滴の音に怯えながらそんなことを言っている。ノルベルトが練習する場所を提供してくれたのだと理解できなかったのはフレイヤだけのようだった。
「いいんだよフレイヤ~。だいたい、他人の力を借りちゃダメって言われたでしょ? だからお庭係の人に道具を借りちゃダメなんだよ~」
「そ、そうか! ということは、掃除道具から自作しなきゃいけないってことだよね!? ノコギリなんて使ったことないのに……ぞ、雑巾は私の服を切り裂いて使ってくださいッ!」
一人慌てるフレイヤの言葉を、全員がくすくすと笑いながら聞き流している。説明してあげてもいいのだが、面白がってまだ誰も教えようとしない。今までは誰かに聞かれてはまずいからというイジワルの言い訳ができたが、抜け道に入ったからにはそう言う訳にもいかない。抜け道を抜けるころに説明すればいいだろう。
「……モニカ、ところでさ」
突然、先頭を歩くクララが、小声で後ろのモニカに声をかけた。
「ん? なにクララちゃん?」
「ノルベルト様はどのあたりから話を聞いていたと思う?」
「え? うーん、どうだろう?」
考えてみるがわからない。結局ノルベルトは、いつごろやってきたのか明確な回答をしなかった。フレイヤのためにここを提供してくれたのだから、フレイヤの悩みが理解できる程度の時間から来たのだろうが。
「……聞かれたと思う?」
「何を……? あ」
モニカははっとする。フレイヤを慰めるつもりで、全員『ノルベルトへの忠誠から親衛隊に志願したのではない』と宣言してしまっている。これは、聞かれていたとしたらかなりまずいことのような気が……。でも……。
「大丈夫じゃないかな? ノルベルト様は、自分への忠誠で志願してきたわけじゃないと知っても、怒るような方ではないし」
モニカがノルベルトの部屋に連れて行かれる途中、モニカがノルベルトへの忠誠で親衛隊になったと答えたら、ノルベルトは笑い捨てた。男の親衛隊の中には、『うまい酒が飲みたいから親衛隊に志願した』という者までいるとも言っていた。これを鵜呑みにするなら、このくらいでノルベルトが機嫌を悪くするとは思い難い。
「いや、そうじゃなくて……」
しかしクララの心配は別のものだった。モニカにはそれが理解できず首をひねると、クララはぼそぼそといった。
「聞かれてたと思う? 私の歌……」
フレイヤの悩みの解決のため、親衛隊の中から何人か一緒に歌えばいいという案が浮かんだ。それを検証するために一人一曲ずつ歌うこととなったのだが……。
『ボ、ボエ~!』
そのクララの歌声に、思わず何人かが耳を塞いだ。モニカは辛抱して耳をふさぎはしなかったものの、顔が引きつって半笑いになってしまう。
これまで何人か歌を披露し、そのどれもが散々だったから、ハードルはかなり下がっていたといっていい。だが、その中でクララはとびぬけてひどかった。
クララには知識はある。しかし、実践する能力はなかった。むしろ、なまじ知識があるせいで、必要以上にクレッシェンドやビブラートなどを意識してしまい、音程もリズムや声の大きさまでめちゃくちゃとなり、歌というよりも叫びのような音楽になってしまった。
クララ自身、あまりのひどい歌声に、歌い始めると同時に赤面した。しかし、一曲は歌い切るという約束だったから歌い続けた。皆が耳を塞いでひきつった表情をしているのが見えたから、眉を結び、目を固く閉じて何とか歌い切ったのだ。
『ホ、ホゲ~!』
「ああ! もうッ!」
クララは再び赤面し、ランプを持った手でガンガンと壁を殴り始める。
「ノルベルト様が隠れてあれを聞いていたかと思うと! 物陰に隠れて笑い転げていたかと思うとッ! ああ、もう! もう! もう!!」
「お、落ち着いてクララちゃん! ランプの灯が消えちゃう。消えちゃうから!」
通路の中には、クララのランプのほかに明かりがない。これが消えるということは、暗闇に閉じ込められることを意味する。
「はぁ……はぁ……」
「だ、大丈夫だよクララちゃん。ノルベルト様はそんなことで笑ったりしないよ」
本心ではなかった。たぶん、ノルベルトがあれを聞いていたなら、大笑いしていたと思う。なんとなくそういう光景が目に浮かんだ。
その時、ガラガラという音とともに、クララがなぐりつけた壁が崩れた。
「おお~、クララちゃん馬鹿力~」
横からぴょんとニーナが顔を出してにやにやと笑った。
「ニーナには言われたくないわね……。違うわよ、壁がもろくなりすぎているの」
何しろ何年も整備されていなかったのだ。雨水の腐食で、壁や床は相当脆くなっているのだろう。
「建前とか口実じゃなく、明日からは何人かローテーションで整備もした方がよさそうね。少なくとも通路がつぶれないようには補強しないと……」
「そ、そうだね、それがいいよ」
クララの意識が他にそれて、落ち着きを取り戻したことに安堵しながら、モニカは同意した。
* * *
どのくらい歩いたかはよくわからなかったが、たいして長い時間もかからず出口に到達した。暗闇から出ればまぶしさで目が痛いのではと思ったが、森の中も大して明るくはなかったので、取り越し苦労だった。
抜け道の出口は、目立たない場所というよりは、わざわざ登ろうとも思わない崖の上に続いていた。下るのは簡単そうだが、帰るときにここを登るのは少し苦労するだろう。
土地勘のあるニーナとフレイヤが周りを見渡すと、ずいぶん深い場所であることが分かった。国が管理している範囲のギリギリの場所だ。ここより奥に入れば自己責任。帰ってこれなくても文句は言えない深さとなる。好都合だった。
あたりを探すと、切り株だらけの開けた場所を見つけた。切り株は古いものばかりだったから、もうこの場所に人は寄り付かないのだろう。歌の練習場所にはぴったりだった。
モニカ達はそれぞれ好きな切り株に座り、フレイヤに向き直った。
「さあ、歌いましょうか」
「う……うん……」
クララの言葉を聞き、フレイヤは切り株の上に立った。そして大きく息を吸いこんで吐き出す。
「ふぅ~……。はー! ……ふぅ」
フレイヤは何度か息を吸い込んで歌いだそうとするのだが、なかなかはじめられない。緊張しているのが見て分かった。
「フレイヤさん、リラックスだよ」
モニカが姿勢を楽にして切り株に座ったままそういった。完全に力を抜いて脱力している。対してフレイヤはカチコチになったままだ。
「ご、ごめんなさい。どうしても人が見てるって思うと……」
「そうか……なら動物のマネでもしようか? それなら緊張しないでしょ?」
そういう問題ではないのだが、モニカの言葉に何人かがクスッと笑う。
「ならモニカは鳥のマネをするといいわ」
「えー? なんで鳥なのクララちゃん?」
「モニカがかわいいからに決まってるでしょ? 頭に『鳥』って文字を書くと似合うと思うわよ?」
「えー、そうかな?」
モニカが釈然とせずに額を撫でる。しかし、モニカ以外はその言葉の意味を察していた。
(……鳥頭か)
(鳥頭って言いたいんだろうな~)
(頭に鳥の字ですもんね)
カルラ、ニーナ、エーフィの三人はクララの言葉に納得してしまって、静かにモニカの額を見つめた。
だが一人、えらくツボにはまってしまった者が一人いた。
「ぷッ! アハハハ! ハハハハハ!」
フレイヤだった。何も言わず見守っていたフレイヤが、この日初めて笑った。
フレイヤはひとしきり笑った後、切り株の上に立った。
「ありがとうモニカちゃん。私、歌うよ」




