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親衛隊は、七人です!  作者: 鳥無し
王子の親友の案内先
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第二十一話『震え手添え手』

「くらえ! おっと、そんな攻撃当たらないよ」

 モニカはすいすいと野盗の攻撃をかわしながら次々野盗を殴り倒していた。誰ひとり、その攻撃を止められないので、野盗達の中に動揺が広がっている。

 

「くそ! この……はぁああ!」

 クララは刀を振り、その動きで野盗達を牽制(けんせい)していた。クララが手に持っている剣は強力だ。それをもって向かってこられれば、恐ろしいに決まっている。野盗達は委縮し、刀から逃げる様に後退していた。

 

「モニカ、そろそろいいわよ!」

「うん、わかった!」

 クララがモニカに作戦を次の段階に移すことを伝える。それを聞いて、モニカは力ずよく頷いた。

 

「エーフィさん! 今です!」

 その声と同時に、クララとモニカは横に飛び、エーフィと野盗達に道を開いた。

 

 *    *    *

 

「……ふぅ」

 エーフィは静かに精神を集中していた。

 エーフィには怯えはさほどなかった。緊張は心地いいくらいにはあり、それで手が震えて矢の軌道がぶれることはなさそうだった。

「いつもどおり……いつもどおり」

 動かない的以外に矢を向けたことはない。だが、的に当てると言うのはいつもと何も変わらない。だがらエーフィはそう唱えて、気持ちを落ち着かせていた。

 どうなるかと思っていたが、モニカとクララは作戦通りに野盗達を押し返している。もうじきクララが合図をして、野盗達への道が開くだろう。障害物は多少あるが、綺麗に整理された森だからか、矢を木の間を縫って飛ばすのはさほど難しくなさそうだった。

 モニカとクララの二人はよく戦っている。だが、クララの言った通り、致命的なダメージを与えるには至っていない。

 

 モニカは素手で戦っている。片っぱしから殴り倒し、野盗を押し返してはいるが、多少痛みにもだえた後すぐに立ち上がってくる。気絶まで至らせられていないのだ。

 クララは強力な武器を持っている。一撃でもまともに与えられれば、当たり所によっては死ぬ。だが剣さばきがやはり未熟だった。

 敵の剣を防ぐので精いっぱい。切りこもうとしても、その隙に別の攻撃が飛んできてそれを防ぐの連続だった。それだって、素人にはできることではない。クララはよくやっている。

 

 となれば、やっぱり自分がやるしかない。この弓を使い、勝たなければならないのだ。

 

「エーフィさん、今です!」

 クララがそう叫んだ。その声を聞いてモニカも横に飛ぶ。野盗までの道が開かれた。

 野盗達が何が起こったのかとこっちを見る。すると、弓を構えた自分に気付き、青ざめた。

 

「いつも通りにやれば大丈夫」

 エーフィはいつもの通りに弓を構えて弦を引く。いつもの重みが腕に掛かる。エーフィはこの重みが好きだった。

 弦を引かれて弓がしなる。その時に弦の音と弓のしなる音がわずかに耳に届く。エーフィはこの音が好きだった。

 的に向かって弓の角度を調整する。この時の緊張感、集中している時の頭の中の澄んだ感じ。そ感情がエーフィは好きだった。

 矢を引いていた手を放す。矢が放たれ、弓を持っていた腕だけでなく、体全体に衝撃が走る。その衝撃の余韻が、エーフィは好きだった。

 

「……やった」

 美しい矢の軌道を目で見送った時、エーフィは確信した。矢は確実に的に命中する。何もかもがいつも通り。矢を放った瞬間、エーフィは小さな幸福感に包まれる。後は、的に当たった時の、あの重い厳粛な音が聞こえれば完璧だった。だが……。

「ぎぃやぁああぁぁあああ!!」

「え……」

 エーフィの小さな幸福感が、その悲鳴で一瞬にかき消される。

 矢はいつも通り(まと)に命中した。そこまではいつも通り。なのに、そこからが全然違った。的は厳粛な音など立てず、悲鳴を上げ、地面に転び、のたうち回っている。その様が陸にあげられた魚のように見えて、エーフィは錯覚かと思って目をこすった。

 目をこすってから的をもう一度見ると、それはやはり錯覚だった。地面をのたうちまわっていたのは魚などではなく、人間だったのだ。

 

「お見事よエーフィさん。作戦通りね」

 クララとモニカがエーフィの元まで戻ってくる。クララの声で、エーフィはようやく自分を取り戻す。

「あ、ありがとうございます」

「さあ、敵は浮足立っているわ。今がチャンスよ」

 エーフィはその言葉を聞いて、もう一度的達を見た。なんと、的は先ほどとは打って変わって動き回っていた。

 脈絡なく適当に動き回るもの、音を立てながら動き回るもの、なぜかこちらに向かってくるもの。

 普通動き回るものに弓を当てるのは難しい。なのに、エーフィはその時、どう弓を放てば当てられるか不思議なほどよく分かっていた。こちらに向かってくる的に当てるなど一番簡単だ。近くに来ればそれだけ当てる難易度が下がるのだから。

 

 エーフィは弓を構える。そして放った。やはりいつも通り。何の変化もない。なのに、あたってからが全くいつもと異なるのだ。

「ぎゃぁああああああ! いてぇえ! いてぇえよォ!」

 的は悲鳴をあげる。地面に転ぶ。転がりまわる。今までこんなことは一度もなかった。

 当然だ。今まで当てていたのは木でできた的なのだから。今狙っているのは人間でできた的だった。

 人間でできた的? それってもしかして人間ってことなのでは?

 

 もしかしなくてもエーフィが今狙っているのは人間だった。エーフィは今人間に向かって弓を構えている。

「あ……あ……」

「エーフィさん?」

 とたんにエーフィの腕に震えが走る。こんなことは生まれて初めてだった。

 エーフィは三本目の矢を意味も分からず放った。的に狙ってはなったつもりだったのに、二メートルもずれてしまった。こんなに大きく外したのは久しぶりだ。

 しかし、矢は外れたと言うのに、あたってなどいないと言うのに、的は悲鳴をあげる。両手で耳を塞いで震えている。

 

 なぜ野盗達は……あの人達はあんなに怯えているんだ? 私が弓の練習を父が見ている時、父は時に厳しく、時に優しく指導してくれた。けして怯えたりなどしていなかった。

 母が傍にいた時は、練習の最中だと言うのに、いつもお茶菓子を持ってきて休んではどうか? と言ってくるのだ。おいしそうな匂いに、集中が途切れたこともあったが、母の優しい笑みに癒されていた。けして怯えたりなどしていなかった。

 モニカ達は、それぞれ自分達の練習をしながら、時々こちらの様子を見て弓の腕前を褒めてくれた。けして怯えたりなどしていなかった。

 

 なのに、何で野盗達は怯えるんだ? 弓を構えた姿を見たなら息を飲めばいい。恐怖からゆらゆらとその場で震えるのは間違いだ。

 的に弓が当たったなら、感動してくれればいい。悲鳴を上げて地面に転がり、激痛にもだえるのは間違いだ。

 ……あれ? 野盗達は別に間違っていなくないか? 弓に添えられた矢を向けられれば誰だって怖いし、矢が当たれば痛みに苦しむのは当たり前のことじゃないか。むしろ、痛みが走るくらいならまだいい方だ。だって……だって弓というのは……。


 エーフィはその後も何本も矢を放った。だが、それは自分が放ったとは思えないくらい不安定な軌道で、めちゃくちゃな方向に飛んで行った。理由は分かっている。自分の腕が震えているせいだ。

 なぜ震えているのか? 恐怖しているから? さっきまであんなに落ち着いていたのにどうして怖がる必要があるのか。

 エーフィは野盗には怯えていなかった。エーフィが怯えていたのは事実に対してだった。

 弓は本来的に向かって放つものではない。いや、これは間違いだ。的に向かっては放つものだ。だが、的という抽象的な言葉を禁止すると、的という言葉が変化する。

 的という言葉の代わりになるのは、例えばイノシシとか、狼とか、熊とか……人間になる。

 つまり、弓というのは生き物を……人間を殺すための道具なのだ。その事実に、エーフィは今更怯えた。

 

 的達の震えが止まり、こちらを見ている。どうやら不思議がっているようだった。それはそうだ、さっきから一本も的に矢があたっていないのだから。このままでは、作戦を遂行できない。しっかり、矢を放って、この矢があたるものだと言うことを見せつけなければ。

 だから、エーフィは今一度集中して弓を構えなければならなかった。

 しかし、震えは止まらない。これではまともに矢など放てそうになかった。目に水がたまって視界が歪む。的はゆらゆらとうごめく影のようにしか見えなくなった。

 それでも放たなければ。作戦なのだから、頑張らなければ……。

 

 その時、弓の震えが止まった。エーフィの腕の震えが止まったわけではなかった。見ると、弓には三本目の腕が添えられていた。

「エーフィさんありがとう。後は私がなんとかするよ」

 目をこすってみると、それはモニカの腕だった。モニカが弓を掴んで、震えを止めてくれたのだ。


「あ……あの……」

「まかせて! 後は私が全部倒すからッ!」

 エーフィよりかなり年下のモニカが、エーフィを励まそうと不敵に笑って見せた。年下にこんな辛いことを任せられるはずがない。そう思って口を開いたが、出した声は言葉になってくれなかったし、それを伝えるより早く、モニカは飛び出していた。

 

「も、モニカ! 深追いはダメよ! あ、クッ! この!」

 飛び出したモニカを止めようと、クララは前に出た。しかし、野盗が攻撃を仕掛けてきて、クララはその場で足止めを食らう。

 モニカは、先ほどと同じように野盗に殴りかかって行った。

 

(つらいよね……)

 モニカは野盗を殴りつけながら心の中で呟く。

 

『弓を引く時にしなる音、矢が放たれる音、矢が的まで描く放物線、的に命中する厳粛な音……そのすべてが私は好きで、私のもっとも幸せな時間ですね』

  

(エーフィさんは、本当に心から弓が好きなんだもんね。自分が好きなもので、誰かが傷つくのを見るのはつらいよね……)

 モニカに野盗が剣で切りかかってきた。それを避け、みずおちに拳を入れて地面に転がす。

 

(だから、いいよ……)

「こ、このクソガキさっきから……」

「はぁああああああ!」

 モニカの拳はその勢いを止めない。むしろ、先ほどより力強くなっていた。

 

(私が全部倒す。エーフィさんの、弓への思いを汚させたりしない。私が……みんなを守って見せるッ!)

 仲間を守ろうとする思い。それがモニカの体に宿っていた。

 

 いつの間にか、野盗達の攻撃に遠慮が無くなってきていた。先ほどまでは、武器で人を攻撃すると言う行為に野盗達は恐怖し、その動きは鈍く遅かった。

 だが、モニカを倒して助かりたいと言う生存本能からなのか、ただたんに慣れただけなのか分からないが、その攻撃は力がこもり始めていた。

 攻撃の流れ自体は依然として素人そのものだ。だが、迷いが消えていた。振るなら腕から肩の力を使って全力で振ってきていたし、突くなら腰を落として体全体で突きを放っていた。

 

 モニカはその攻撃をうまくかわし、確実に野盗達の体に攻撃を当てていた。

「やぁあ! でやぁッ!」

(いける! 私の武術は十分戦いで通用するんだ。レナーテ教官相手には全然だめだったけど、あれはレナーテ教官が強すぎただけだったんだ。少なくとも、素人相手になら、武器を持っていたって遅れはとらない!)

 モニカは一人で数人の野盗を圧倒していた。圧倒し、殴り飛ばし蹴り飛ばし、完全に野盗達を押し返していた(・・・・・・・)

(……あれ?)

 そこでモニカはようやく気付いた。周りには自分と野盗の声しか響いていないことに……。

 モニカが周りを見渡すと、周りの光景がさっきとは異なっていた。押し返し過ぎたのだ。

 倒しきることもできず、退却させることもできずにだらだらと戦い続けるうち、クララとエーフィとはぐれるほどの深追いしてしまった。

 

「油断したなァ! 死ねぇええ!」

「え……」

 モニカが周りの様子をうかがった一瞬の油断。その油断がモニカに隙を作ってしまった。

 地面に転がらせて、行動できなくさせたと思った野盗。それはまだ動けないほどのダメージを受けていなかった。

 モニカの隙を完全に突き、その手に持った剣をわき腹に向かって突き出してきた。

 モニカはその攻撃を目でとらえていた。だが、体勢的に身体がその攻撃に対応できない。モニカは思った。

 

 この一撃だけは、絶対にあたる……。

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