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第1歯 終われば、はじまる

「力に溺れたか、愚王」

 澄み切った宮殿の空気が、一振りの剣で破られた。

 第一王子・愛華(あいか)が、ためらいもなく父の胸を貫いた。

「守るため、私は貴様を切り捨てよう」

 烈日の下に落ちた雪のように静かに、剣が肉を裂く音が溶ける。


 ——何も、聞こえなかった。


 まるで空間そのものが噛み潰されたかのように。

「お兄さま?」

 末姫・蛍のあどけない声が、空虚に響く。

 王の赤が大理石に散り、第二王子・涼風(すずか)の足元へと滴った。

 次の瞬間、愛華の剣が涼風の腹まで届く。

 膝をついた涼風が、血に濡れた刃を掴み、砕ける声で叫ぶ。

「走れ!」

 その言葉は、静寂にくっきり響いた。

 蛍は震える脚を奮い立たせ、壇上を駆け下りる。

 愛華の冷たい視線が背に刺さった気がした。

 だが、その瞳の奥に、かすかに痛みと迷いが揺れるのを蛍は感じた――

 廊下の奥で扉がわずかに開き、柔らかな光が差し込む。

 蛍は無意識にその光に導かれるように走った。


 ――待っていたかのように開いていた。


 その時は、ただ必死で逃げるしかなかった。

「……蛍、生きろ」

 涼風の声が背後で消える。

 太陽を模した国旗が、激しく燃える。

 誇りも、未来も、名も、すべて砂のように崩れた。

 残ったのは、言葉だけ。


 ――生きろ。


 耳にこびりついた。

 王族としての使命は、もはや生き延びることしか残っていなかった。

 城を出たあとは記憶が曖昧だ。

 砂漠の熱に焼かれ、山の夜風に凍え、国境を越えたときには感情も擦り切れていた。

 最後に倒れ込んだのは、家畜運搬列車の干し草の上だった。

 乾いた匂いが鼻を刺し、現実だけが容赦なく体に残る。

 ――死ぬかもしれない。

 ようやく、そう思えた。

 そのまま意識は闇に飲まれた。



 車輪の震えが骨に伝わり、沈んだ意識が浮かび上がる。

 ゆっくりと瞼を上げると、広がっていたのは砂漠ではない。柔らかい雲の帯と、透きとおる青空。

 汽車が止まると同時に、見慣れぬ巨大駅の輪郭が視界を満たした。蒸気の匂い、人々のざわめき、石畳を踏む靴音――

 ガルディには存在しない光景が、そこにあった。

 耳に飛び込んだ言葉が、蛍の足を止める。

「共存なんて、できるかよ。魔法に慣れたら、人は腐っちまう……」

 蛍は呆然としたまま、駅の階段を降りる。

 ざわめきが頭に刺さる。

 空腹で視界が霞む。

「……パンピと魔法使いが共存する国?」

 力ない足取りで、人波を抜ける。

 風が髪をさらう。

 高層建築が空の深いところまで伸び、そのあいだを、巨大な影――浮遊都市アバットメントがゆるやかに浮遊していた。

 活気に満ちた大都市ティースの雑踏。しかし耳に残るのは、人々が魔法使いへ向ける刺々しい声だった。

「昨夜は水路が止まってさ、繁華街が大混乱だったらしい。魔法の不安定さが原因だってよ」

「ほら見ろ、魔法使いなんて信用ならん。偉そうに魔法だ魔法だって――」

 蛍の呼吸がわずかに乱れた。

(魔法使い……)

 喉の奥に冷たいものが固まる。

 断頭台の青い瞳。

 黒髪に積もる砂。

 叫び声がした瞬間、執行人は弾け飛んだ。

 恐怖は年月を経てもなお、残っている。

(魔法は人を壊すもの。関わらないことよ)

 そう思っても、空腹は容赦なく胃をひねる。

 金はとうに尽き、列車の干し草の匂いだけが衣服に残っていた。

 人目を避けながら歩くのが精一杯だった。

「……パンも買えないなんて」

 革袋から転がり落ちたのは、銅貨がたった二枚。

 蛍は無意識に胸元へ手を伸ばす。

 そこにあるのは、母の形見にして、ガルディ王族の証である首飾り。

 砂漠の陽にも錆びぬ緻密な細工が、蛍の掌に冷たく光った。

「売れば……楽になる」

 しかし金属の温度に触れた瞬間、母のやさしい笑顔が脳裏をよぎる。

 生死もわからぬ次兄の、大きな手の温もりが甦る 

(それは、生きていると言えるの?)

 指が、離れない。

 蛍は目を固く閉じた。

 涙は出ない。

 ただ胸の奥だけが、焼けつくように痛んだ。

 砂漠で見た烈日の光が、遠い記憶のように胸の底でちらつく。

 ぼんやりと雑踏を眺めていたその時、人混みの向こうにみた見知った横顔。

 水色の髪。鋭い眼差し。

(違う)

 そう思った。

 それでも、目が離れなかった。


 足が駆け出す。

 懐かしい。重さのある声。

 生死もわからぬ次兄と、同じ声だった。


 声より先に、手が動いた。 

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