5話 あんた、どの口でそんな事言う訳?
「これは一体何の騒ぎだ!」
ようやく感情が少し収まったところで、玉座の左奥の扉から登場した人物が大きな声を出したので、慌てて王様から離れた。
「おい、俺の椅子の前で立つな!」
椅子の前方で立ったまま私を見守っていたルートリアをわざわざ横にどかすと、その人物は王太子の椅子にどっかと腰掛けた。
王太子のカストラルだ。
カストラルは私の事を見ると目を丸くして驚き、何か言おうとしたけど私の眼を見た途端に口をつぐんでしまった。
なんだろうと思っていると、プレシオが横から近づきハンカチを渡してくれる。
しまった。
大泣きしたままなので、頬は涙で濡れて顔がぐしゃぐしゃだったのだ。きっと目は赤いのだろう。
あの横柄を絵に描いたようなカストラルにまで気を使わせる程に、酷い泣き顔をしているみたいだ……。
赤面しながらプレシオのハンカチで涙を拭く。
涙を拭いている間、皆が私の様子を気にして話をしない。
恥ずかしいよ。誰か何か喋ってよ!
様子を察したファルが壇上のルートリアに話し掛ける。
「私の事はヘラルド王に何処まで話したの?」
「全部説明した。ベクタードレインの事も」
ヘラルド王も悪魔と魔族には注目していたようで、自分からファルに語り掛けた。
「悪魔ファルファレルロ殿。儂はこの国の王だが、それ以前に人族であって女神様を崇拝しておる。だから魔族が崇める邪神は儂にとって崇拝の対象ではないのだ」
「それは分かるわ」
「このまま魔族と敵対する事になれば、悪魔は人族にとって敵側という事になる」
「何が言いたいの? 私の事を認めない訳?」
「にも関わらず、我らの側に居てくれる事、大変に心強く思う。感謝している」
「そ、そう……。ま、まあ、人族の味方と言うよりはレイナの味方なんだけどね」
次に王様はベクタードレインの方を向いた。
「ベクタードレイン=エニスとやら。そなたも魔族でありながら人族へ協力する事、心に負担を掛けていると思う。感謝する」
「王様。私もファルファレルロ様と同じで人族の味方と言うよりも、レイナさんとのご縁でこの場にいます。魔族の私が持つ女神様への願いを、彼女は笑わずに真剣に共有してくれるのです」
ファルとベクタードレインの話を聞いたヘラルド王は満足そうに頷いている。
「うむ。流石儂のレイナじゃ」
「ち、父上! 父上のレイナじゃありませんよ!」
ヘラルド王とルートリアのやり取りを聞いていて、私も自然に頬が緩んでしまった。
そのやり取りを忌々しそうに見ていた王太子のカストラルは大袈裟に足を組み替えると、ひじ掛けに乗せた右腕で顎を支えながら、この部屋の正面扉を睨んで吐き捨てた。
「あいつ、偉そうに謁見に遅れやがって。俺の事を舐めてるな! 戦闘以外の能無しめ」
その不満のすぐ後に玉座の間の正面扉が開き、カストラルと同様に大声を出す入室者が現れた。
「国王様と王太子様への謁見で参上した。失礼する」
大声のした方を振り向くと、そこには最低最悪なあの男が立っていた。
遠い魔族領で私の事を一方的に追放し、魔族の重鎮を惨殺してその罪を被せるために私を置き去りにした男。
そして、私が何年も掛けて苦心惨憺で実現した世界平和を無茶苦茶に破壊して、自作自演の戦争を始めようと国民を先導、いや扇動する男。
勇者デグラス!
つかつかと歩いて来た勇者デグラスは、玉座の前に私たちがいるからなのか、玉座ではなく王太子の椅子の前で跪いた。
「近々始まる魔族との戦争に参戦し、王国軍と共に戦うため参上した。あと、明日の第四王子婚約パーティにもついでに出席しようかなと」
ど、ど、どうしよう……。
ま、まさかここで急に戦闘にはならないわよね……。
思い切り動揺する私を横目で見た勇者は、かなり驚いた様子を見せた後、へらへらと人を馬鹿にしたような笑みを浮かべた。
こいつは4人パーティだったハズ!
あの3人は王城へ連れてきてないのかしら……。
一応、神器は何が起こっても対応できるように今も持って来ている。
頼りになるファルもいる。
昔と違うんだ。
落ち着け私!
もし、獣人族や妖精族との関係を修復するように勇者に迫られても、お前の下では嫌だと断ってやるから。
「なんだレイナ、元気そうじゃねぇか」
勇者も王様への謁見でここに来たハズなのに、立ち上がると私の方を向いて勝手に話し掛けて来た。
「俺様が用があるって言ってんのに、顔を見せるどころか雲隠れしやがって。てめえが居ねえ所為でこの国は大変な事になってんだぞ?」
私は玉座に戻った王様の顔色を伺う。
謁見で王様の前に出ているのに別の謁見者と私語を始めるとか、一体どういう神経しているのか。
「まあ、やっと俺のところに顔を出したって事は、あの作業服の間抜けな男女が上手くやったんだな? 使えない奴らだと思ってたが、もうしばらく俺が利用してやるか」
「勇者デグラスよ。儂は今、レイナと話しておる。少し黙っておれ」
王様に苦言を呈された勇者は、苦虫を嚙みつぶしたような表情をして舌打ちをした後、腰に片手を当てて休めの姿勢をしてから耳の穴を掻いた。
勇者がこんな奴だなんて、私はもちろん王様も王太子も分かっているので驚かないけど、ルートリアやプレシオは直接対峙するのが初めてのようで少し面食らっている。
「してレイナ。今回は第四王子アルセロールの婚約パーティにアルトランと参加してくれると聞いておるが?」
「はい、第四王子様とは直接の面識はありませんが、アルトラン様とご一緒に参加させていただきます」
「そうか、パーティ会場では余興で皆を楽しませてくれるとの事、期待しておるぞ」
よ、余興?
ルートリアが頷いているところを見ると、どうやら私の魔力量測定を余興という扱いにするみたいだわ。
確かにそれならイベントとして組み込めそうだけど……。
王様は私の顔を見て機嫌よさそうに笑った後、勇者の事を横目で見てから私に小さく目配せした。
横にいるルートリアもプレシオも反応している。
ん? どういう事?
何の合図? 勇者がらみ?
話を合わせればいいのかな?
「ところでじゃ、レイナよ。そなたはこの国に無くてはならぬ人材。また昔の様に余に尽くしてはくれぬか?」
「……え、えと……」
王様からの最大級の賛辞に、普通であれば即答で国への貢献を謳うであろう場面だけど、それだと勇者の願い通りになる。
勇者の下で働くのは絶対に避けたいし、その事はルートリアが王様に伝えてくれているハズだ。
とすると、目配せした後の王様のこの発言は、本意ではないだろうと思って返答を濁らせる。
「なぜ戸惑う? あれから2年経ち、こうして登城して儂に謁見する気になったのは、また国の役に立ちたいとの思いからなのであろう?」
「そ、それはそうですけど……」
王様の狙いが良く分からないので私が返答に困っていると、口を挟んできた者がいた。
「そうだぜレイナ。てめえが我儘言って国の為に働かねぇから、異種族との交渉が上手くいかずに苦労してんだぜ?」
ちょっとバカ勇者!
あんた、どの口でそんな事言う訳?
しかも王様の発言に乗っかって私に言う事を聞かせようって気だわ。
ヘラルド王も一体どういうつもりなのよ!?
「カストラルよ。今、国軍を統括する立場として、勇者デグラスを庇護しておるな?」
「ええ父上。デグラスは類まれなる戦闘センスの持ち主。必ずや国軍の先陣を切って魔族を圧倒するでしょう」
「一方で勇者デグラスは、異種族外交に関しても自らレイナの代わりを買って出て既に2年が経過した。この異種族外交については、国軍を統括するカストラルの責務ではなく、儂の責務だと思っておる、そうだな?」
そのヘラルド王の言葉を聞いたカストラルは一瞬眉を動かした後、にやりと笑った。
「ええ。異種族外交に関しては私の責務とするところではありません」
……なるほど。
まずは脳筋のカストラルが下手に勇者を庇い立てしないように、本件が責任問題だと遠まわしに伝えたのね。
私には何となく王様の真意が見えたわよ。
私が勇者に裏切られた話を聞いているヘラルド王は、私を気遣ってくれているのだわ。
ちゃんとプロセスを踏んでから異種族外交を私に再依頼するつもりね?
まあ、私としては勇者の下でなければ、異種族との関係改善に尽力するのもいいと思っているんだけど。
「へ? どういう事?」
王族の親子間で如何にも貴族的なやり取りが交わされたが、勇者はその辺に鈍くて意味が分からないようだわ。
つまりこれから行われるのは、私の心の傷に配慮した儀式ってヤツよ……。
私は王様からの配慮に感謝の気持ちを抱きながら、無表情で勇者を眺めた。
「勇者デグラスよ。そなたより行方不明と報告のあったレイナに代わり、自ら申し出て務めた異種族外交、今までご苦労であった」
「ああもう、本当大変だったんすよ? やっぱり相手は人間じゃないと話になんないわ」
「して、そなたが務めた異種族外交の結果はどうなんじゃ? 報告せよ」
「えっ!? け、結果? え、あ、いや……そう言われても……。ま、まあまあ? かな……」
「まあまあ? 儂が聞いている異種族側の動きとはだいぶ違うようだが?」
ヘラルド王のツッコミに勇者はだいぶ慌てている。
「あ、あいつらの言葉は理解不能だし考え方は違うし、性格も極端に短気だったりほとんど無反応だったりで、まともな会話にすらなんないんだって!」
「そんな事は聞いておらん! 早く結果を報告せよ! 今の現状はどうなんじゃ?」
ついに、勇者への追求が始まったわ!
次回は勇者に対して、「もう知らない!」します。
乞うご期待!