10話 お友達にならない?
私の事は放っておいても1人で鬼ツムリを倒せると分かったため、3人バラバラで思い思いに魔物退治をすることになった。
プレシオの武器は槍なのでどうやって鬼ツムリを倒すのかと見ていたら、普段の槍の大きさのままで殻の渦巻き部分を一突きして孔を明け、中に槍先を突っ込んで掻き回していた。
魔物として下等なためか、すぐに動きを止めずに苦しんでのたうち回っている。
うぇーん、倒し方がエグイよぅ~。
うーん、さっきの私みたいに殴って中身を吹っ飛ばしても、槍で中身を掻き回しても、無残な倒し方には違いないんだけど、なんかねぇ……。
ルートリアの武器は何でも切れちゃう魔法剣なので、このタイプの魔物はお手の物だ。
ショートソードの青白い刀身を殻の上部にそっと当ててから、刀身を青く光らせて殻を上から下までキレイに縦割していた。
そんな感じで1時間ほど頑張って、私は40匹くらいの鬼ツムリを倒すことができた。
神器で引っ叩くだけなので無理すればもっとイケたかもだけど、流石に40キロの歯車を振り回し続けたので休憩しながらでもこれが限界。
2人が倒した鬼ツムリの数は、プレシオが50匹くらい? ルートリアが60匹くらいかなあ。
1時間集中して頑張ったので3人ともかなり疲れた。
特に私は体力的に疲れたし、ルートリアは魔力的に疲労したみたいだけど、一番元気だったのはプレシオ。
「そろそろ外周を囲む鬼ツムリは倒し終えたからさ、農民たちと残った半分くらいをどうするか相談しようか」
鬼ツムリが人並みの大きさなので、倒した死骸がじゃまなのよね。
畑の中央に密集している奴らを倒すのに外側で倒した死骸をどかさないと。
「こんにちはー」
近くの農夫の所まで歩いて行き、手を振りながら挨拶する。
「おーう、冒険者の人たちだねぇ。沢山退治してもらって助かるでよ」
鬼ツムリの討伐依頼書を持ったプレシオが農夫の前に出る。
「どうも、冒険者ギルドの依頼を受けて来た『自由の剣』だ。とりあえず依頼の数を十分に超える程度は倒しておいたからさ」
「ああ、とても助かっただよ。ちょっと待っててくれ、責任者を呼ぶから。トォーマァース! 来てくれー!」
トーマスらしき人がこっちに来てくれた。
「こんにちは、冒険者ギルドに依頼を出したトマスです」
トマスさんだった……。まあ、どっちでもいいわね。
「はいよ、討伐確認のサインしといたんで」
「ねえ、残りの鬼ツムリはどうするの?」
「そりゃ、地道に倒すしかないかなあ」
どうやら報酬を用意できないようで、残りは自分たちで倒すつもりらしい。
「スケルドラゴンのいる山まで半日くらいよねぇ? だったら調査は明日になるんだから、もう少しだけ倒して行きましょうよ」
「明日の朝早く出ればスケルドラゴンの討伐に支障は無いだろう」
「じゃあさ、昼食を食べてからもう少し手伝おうか」
「いや、悪いけどもう報酬を出せないんだ」
トマスさんがちょっと困った様子だ。
「報酬はお金じゃなくて大丈夫。そうねぇ、じゃあ今晩の宿と鬼ツムリ料理でどうかしら」
せっかく村にいるのよ。
ここにいる農夫の誰かの家に泊めてもらえれば野宿なんかよりずっといい。
プレシオとルートリアが渋い顔をする。
「……これを食べるの?」
「ありえん」
あれ? てっきり貴族ってカタツムリを食べると思ってたけど?
この世界じゃ違うのかしら?
「よっしゃ、寝泊りは俺の家でしてくれ。人数分のベッドもあるしよ。料理はジエムス、よろしくな」
「鬼ツムリ料理は自信があるでよ。ってか、ここんとこずっと飯は鬼ツムリばかりだべ」
プレシオとルートリアのやる気が見るからに下がった。
退治を再開したら2人に文句を言われた。
「作ってもらったらさ、残しにくいじゃないか」
「レイナ、私の分も頼む」
酷い! 私に3人分も食べさせる気?
きっと美味しいと思うんだけどちょっと心配になってきたよ……。
今日の晩御飯の心配をしていると、辺りにキーの高い怒鳴り声が響いた。
「こらぁ! あんたたち! ずいぶん酷い事してくれたわね!」
何処かから女の子の大声が聞こえる。
声の可愛らしさの割に口調がキツイ。
3人で周りを見渡すが、周辺には生きている鬼ツムリと死んでいる鬼ツムリしか見えない。
「ま、まさか、喋る鬼ツムリなの!?」
「そんなわけないでしょッ!!」
声の主は上にいた!
私たちの上空を旋回している、服を着た鳥みたいなのが正体のようね。
声の主はヒラヒラとスカートをはためかせながら、ゆっくりと高度を下げて降りて来る。
ちょっと! スカートの中が丸見えじゃない。
慌ててプレシオとルートリアの事を見ると、2人ともちゃんとそっぽを向いていた。
良かったわ、彼らが少女好きじゃなくて。
ちなみに農夫たちはがっつりガン見していたわ。
地上に降り立った10歳くらいの女の子は、腰に手を当てて私たち3人を睨んでいる。
彼女は天使のように背中に翼が生えていた。
黒い翼だけど。
青くて緩いウェーブのかかった髪、肌は透き通る白を上回って病的に青白い。
瞳は綺麗な空色でまるで宝石のようだ。
ひざ下くらいの青のワンピースを着ていて、袖のフリルが可愛い。
背中の翼が邪魔にならないように背中側が開いているみたいね。
えーとなんだっけ、こういう魔物いなかったっけ。
鳥と人間を合わせた容姿の魔物……。
「ハーピー!」
「ふざけないでよ! あんな下等な魔物と一緒にしないで!」
どうやら彼女にとって失礼な発言だったらしく、キッと私の事を睨んでから辺りを見回してため息を吐いた。
「せっかくここまで誘導したのに!」
「どういう事? 何を誘導したの?」
「あなたねぇ、ここには私たちと鬼ツムリしかいないでしょ」
まさか、彼女がこの鬼ツムリの大群を呼び寄せたの?
「ねぇ、お嬢さん。君が鬼ツムリを呼び寄せたの?」
「あなたにお嬢さんって呼ばれたくないわ! そうよ、私が呼び寄せたのよ」
プレシオのお嬢さん攻撃は効かなかったが、質問には答えてくれた。
「まったく。これ以上鬼ツムリを殺すなら私が相手するわ!」
「ねえ、どうして鬼ツムリを集めたの?」
「そりゃあ、人間の食料が少なくなるようにと……。命令の中身を誰にも喋るなと言われてるから教えない!」
「君は何者だ? 魔物じゃないのか?」
プレシオとルートリアの表情が険しい。
「だから魔物じゃないって言ってるでしょ! 失礼ね。見りゃ分かるじゃない、悪魔よ」
分からんよ!
ていうか悪魔なの!?
彼女をよく見るとワンピースの裾から黒い尻尾が見えている。
ルビカンテの尻尾の先は燃えていたが、彼女の尻尾の先は青いふわふわとした毛になっている。
ルビカンテに続き、また悪魔に出会ってしまった。
悪魔ってそんなに簡単に出会えるものなのかしら。
「悪魔って言ってもルビカンテと似てないのね」
「ルビカンテ!? ひ、酷い! ルビカンテと比べるなんて酷いよ……」
ショックが大きかったのか俯いてしまった。
何となく言った言葉で彼女を傷つけてしまったみたい。
そりゃあ、私だってルビカンテと比べられたら嫌か。
「ごめんね」
「ううん、いいの」
彼女に寄り添い謝罪しているとプレシオとルートリアが武器を構えて戦闘態勢に入っている。
「レイナだめだって! こいつは自ら悪魔だと言ったんだ。警戒しなきゃ!」
「悪魔は基本的に人間と敵対関係だ!」
「攻撃しちゃだめよ、2人とも! まずは事情を聞いてみるから」
こういうときはまず話し合いに持ち込むのがベスト、異種族との交渉力は伊達じゃないわよ、悪魔に通用するかは分からないけど。
2人に武器を下ろさせて彼女の話を聞いてみる。
「私はレイナっていうの。あなたは?」
「ファルファレルロよ。みんなにはファルって呼ばれてる」
みんなって悪魔たちよね。
「ねぇ、ファルはどうして鬼ツムリを呼び寄せたの?」
聞かれたファルは目の前のプレシオとルートリアを気にしている。
「向こうで話そうね」
彼女の手を引いて離れたところに連れて行った。
「ここならいいでしょ?」
「レイナだけに話すね。男どもには内緒よ?」
詳しく聞くとどうやらルビカンテと同じで魔族が邪神に人間を滅ぼしたいと願ったらしく、ファルファレルロが人間の食料を減らすようにと邪神に指示されたらしい。
「ファルって私には普通に接してくれるのね?」
「うん、ちょっと女子トークに飢えてて……。悪魔の女子って性格キツイのと容姿エロいのと年齢高いのしかいなくて。邪神様に身体を分けてもらい創られてから何千年もまともな女子トークをしたことがないのよ」
どうやら女性の悪魔は他にもいるみたいだけど、普通にお喋りできる相手がいないらしい。
悪魔なんて人間以上に信用ならない存在とは分かっているけど、それでも何千年もお喋り出来る相手がいないなんて少し可哀そうに思った。
話し相手がいなくて寂しそうな彼女が、浮浪者だった2年の間、誰にも頼れずに孤独に過ごした自分に重なる気がする。
それにこのまま彼女と戦いになって、誰かが命を落とすなんて事態は絶対に避けたいし……。
もしファルに裏切られても、プレシオとルートリアに迷惑を掛けないくらいの付き合いなら大丈夫かな?
「もしよかったら、私とお友達にならない?」
「えっ?」
ファルの顔がぱあっと明るくなるが、すぐに下を向いてしまった。
「レイナって人間の味方でしょ? 私、鬼ツムリを守らなきゃダメなのよ」
天使が牛や豚を守っている訳ではないように、悪魔だって魔物や魔獣を守っている訳ではないハズなんだけど。
「それって、今回の作戦が鬼ツムリの食害による食糧難が狙いだから、作戦上鬼ツムリを守りたいという事よねぇ?」
「うん。作戦に必要だから鬼ツムリを守らなきゃなんだけど、ホントは私にとって鬼ツムリなんてどうでもいいの。キモイし」
ファルの感覚はかなり人間寄りだな、悪魔と言ってもいろいろなんだ。
「もし、もしよ? ファルが邪神様への報告で、作戦に邪魔が入って上手くいかなかったと言ったらどうなるの? 怒られる?」
「別に失敗しても怒られないかなぁ。邪神様もホントは魔族の頼みに乗り気じゃないし。でも、私が嘘をついたら見破られちゃうから、そっちは怒られちゃうかなぁ。俺に嘘つくな! って」
あ、いい事を思いついた!
「ねぇ、もしファルが本気で頑張ったけど、結局、鬼ツムリを守れなかったら問題あるかな?」
「そうねぇ……。無いかな?」
そう言ったファルはさすが悪魔という悪い顔をして微笑んだ。
私の意図がうまく伝わったようだ。
私だけでプレシオとルートリアの所に行くと、ルールを伝える。
「2人が鬼ツムリを全部倒したらゲーム終了。悪魔のファルは基本鬼ツムリの守り役だけど、鬼ツムリを攻撃したらそれを阻止するために2人の事を攻撃してくるわ」
「それってさあ、俺たちが敵陣地に攻撃を仕掛けて、向こうが防衛するって構図なの?」
「そうね。でもファルを攻撃しちゃだめよ」
「えー、なんだよそれさぁ」
プレシオがあきれ顔になった。
「こっちは男2人なんだから文句言わないの」
一方ルートリアの方は、スケルドラゴンの話をしたときよりも更に乗り気だ。
「悪魔相手に戦闘訓練か、面白い」
「訓練じゃないわ。彼女は本気で来るわよ」
「本気の悪魔相手に反撃もできず、たった2人で鬼ツムリをせん滅するのか。頭脳と連携力がものをいうな。レイナはどうする?」
「私は倒した鬼ツムリの片付けでもしてるわ。ファルが私を攻撃してきたら足手まといでしょ」
やる気満々のルートリアと釈然としない表情のプレシオから離れると、ファルとの中間地点に立った。
「ここの鬼ツムリが全部倒されるか、プレシオとルートリアが戦闘不能になったらゲーム終了よ。夕方になってもご飯だから終了ね」
彼らはすぐに武器を身構えてスタンバイする。
相対する悪魔少女は口角を上げて微笑むと、姿勢よくたたずんだままでふわりと黒い翼を広げた。
「よーい、スタート!」
プレシオとルートリアが互いに走って離れていく。
鬼ツムリを各個撃破する作戦のようね。
ファルの方は黒い翼を何回か羽ばたかせてふわりと浮くと、上空に飛翔していった。
地上を走るより空を飛ぶ方が得意みたいね。
じゃあ、私は倒した鬼ツムリでも片づけますか。
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