11話 妄想が激し過ぎだわ
あれから3時間くらい経って、そろそろ夕暮れが近いわね。
皆の方はというと中央の鬼ツムリ5、6匹を残して膠着状態に陥っている。
ファルが生き残った鬼ツムリの上空に陣取り、挟み撃ちで攻撃するプレシオとルートリアにけん制している。
ファルの方はまだまだ余裕そうに口角を上げて悪い笑みを浮かべているけど、プレシオとルートリアは体力的にも魔力的にもボロボロのようでほとんど限界みたいね。
体の傷だけはポーションで回復していたので、心配するようなケガは無さそうだ。
「みんなー!! そろそろご飯だから終わりにしよー」
密集している鬼ツムリの死骸を畑の外に引きずりながら、睨み合っている3人に声を掛けた。
「や、やっと終わったかー」
「ふう、さすがにもう魔力が空だ」
プレシオとルートリアがその場に座り込んだ。
鬼ツムリの上空にいたファルがこちらに飛んでくる。
「レイナー! じゃあ、お茶でもしながら話そうよ!」
「う、うん。向こうの家で夕食の準備をしているからそこで食事をしてからね……」
こんな可憐な見た目の彼女は実はとっても強かった。
ルビカンテみたいに暴力的な強さじゃないけど、空を自由に飛び回れるので素早く移動できるし、風魔法を上空から地上に撃てるのは圧倒的に有利だった。
真空刃を飛ばす魔法『ウインドカッター』で攻撃したり、広範囲に空気を飛ばす魔法『ウインドバーニア』で空中の姿勢を瞬時に変えたりしていた。
彼女が積極的に彼ら2人を殺しにかかったらまずかったかもしれない。
底の知れない魔力量で上空から風魔法を撃ちまくれるのだから。
その場合はプレシオとルートリアも安易に彼女へ近寄らずに、遠距離武器を用意したり対空魔法を撃ったりして対応するんだろうけど。
あくまで彼女は鬼ツムリを全力で守る事に徹していて、鬼ツムリが攻撃されたときだけ風魔法を撃っていたから、それもあって彼ら2人だけでここまで鬼ツムリを減らせたのだろう。
へろへろに疲労した彼らを連れて今晩泊まる農夫の家まで案内した。
おとなしくファルも後からついて来たのだけど……。
「そ、その娘はさっきから空を飛んで鬼ツムリ退治を邪魔してた娘でねえか! 魔物だか……?」
農夫の家に入ると、厨房から出て来たジエムスがファルの背中から生える黒い翼を見て怯えている。
どうしよう。
悪魔だと言ったらもっと怯えるだろうし、ハーピーだと言ったらファルが怒るだろうし……。
「私は悪魔のファルファレルロよ。風の魔法が得意なの。おじさんの名前は?」
「……。ってことはその翼は風魔法だべか? わしはジエムスだ。……なして退治の邪魔をしたんだ?」
すかさずルートリアが会話に割り込む。
「いや、倒すついでに訓練もしたかっただけだ」
「訓練? 私は本気でやったわよ?」
「そうか、兄ちゃんたちの鍛錬も兼ねてだったんだべか」
よく分からないが、受け入れてくれた。
きっと悪魔の部分は冗談と受け取ってくれたんだろう。
皆に着席を促してから、ジエムスさんに作ってもらった食事をテーブルに並べる。
「いやあ、君強いねぇ。恐れ入ったよ」
プレシオが苦笑いしながら頭を掻いた。
「まあ、あなたたちも人間にしてはなかなかだったわ」
フンという態度ですまし顔のファルがプレシオに返事する。
やはり悪魔からすれば人間なんて位置付けが低いのだろう。
そう考えると「なかなかだった」と彼女が評価した事は、プレシオとルートリアを多少なりとも認めたのかもしれない。
ルビカンテと同じでファルも食事をしないそうなので、私たち3人が食べ終わるまで彼女には待っていてもらう。
ステーキを一口食べたルートリアが微笑んだ。
「このステーキは美味しい。コリコリと歯ごたえがありながら肉そのものの旨味が強い」
マナーを守りつつガツガツと食べるプレシオもステーキを気に入ったようで頷いている。
「これは旨いよ! それにしても変わった肉だね。色が白いし歯ごたえがあるのに筋張って無くてさっくり嚙み切れる」
「そうでしょ? バターと香辛料の相性が良くて美味しいわよね。付け合わせの炒めたキノコとも合うわよ」
「いやあ、このソド村の料理は旨いねぇ。なんの料理なの?」
プレシオの質問に厨房から出て来たジエムスさんが笑顔で答えた。
「皆の頑張りに応えたくて、今日の鬼ツムリ料理は気合いを入れただでよ」
「何!? これが鬼ツムリ!? あれがこんなに美味しいのか……」
「うへぇ、既に一皿食べた後に衝撃の事実! でもまあ……旨いからいいか。おかわりあるかな?」
やっぱり貝は美味しいよね。
この辺りは内陸だから貝なんて食べる習慣がないけど、鬼ツムリは食べないともったいないわ。
「ねぇ、早く女子トークしようよ!」
男性陣2人を気にしながらファルが私にせっついた。
「あ、そうね。ジエムスさん、悪いんだけど片付けもお願いしていいかな?」
「まかせておくれ」
「まだ食べてるのにごめんね2人とも。次は私のターンだからちょっと行ってくるわ」
「ターン? ああ、よろしく頼む。俺たちは疲れているから食べたらすぐに休ませてもらう」
「明日は夜明け出発だからさ、女子トークもほどほどにしなよ?」
プレシオのほどほど発言に反応したファルが眉間にしわを寄せた。
「ほどほど? イヤよ。数千年溜まった思いをぶちまけるんだから!」
「!! ……お、お手柔らかにお願いね、ファル……」
笑顔でこちらを見る彼女に尻込みしながらも、当てがわれた部屋へファルを連れて移動した。
部屋にはベッドと椅子が1つずつある。
つまり1人部屋なのよね。
そりゃさっきまで彼らと激闘を繰り広げていたファルが、私たちと一緒に泊まるとは思わないものね。
ベッドの上に腰を掛けたファルは上下に体を動かしていて、これから始まる女子トークにウキウキしているのが伝わってくる。
椅子をファルの前に移動させて座りながら、悪魔少女との女子トークってどんなことを話せばいいのだろうと考える。
「それで、レイナはどっちが本命なの?」
「へ? どっちって?」
想定外な質問がきたので変な声が出てしまった。
「あの男2人に決まってるでしょ!」
あの男2人ってプレシオとルートリアよね?
……まさかトマスとジエムスじゃないと思うけど。
「本命って、……恋愛的な意味?」
「あたりまえじゃない!」
この場合私が狙っているのはどちらなのかって事だわね…………。
「いやいやいやいや狙ってないから!」
「はあ!? 彼らは私から見ても男前よ。狙わなきゃ勿体ないじゃない!」
数日前まで浮浪者だった私が、お貴族様を狙うなんて考える方がどうかしている。
「あの人たちはねぇ、食事のマナーとか見てたら分かると思うけど高貴な生まれなのよ」
「ふーん、それで?」
「それでって……。だから私みたいなのとは釣り合わないんだって!」
「身分なんてそんなに大切な事なの?」
まともな事を言っているはずの私を、ファルが首を傾げながらちょっと小ばかにした目で見る。
「そりゃあ私だってあんなイケメンと恋愛してみたいわよ。でもね、彼らにとっては付き合う相手の身分が何より大事なのよ」
「……こりゃあ、彼らもこの先苦労するわ」
ファルはそう言うと少し遠い目をした。
「人を鈍感属性の主人公みたいに言わないで!」
「自覚してないんだ……。彼らにレイナへの好意があっても当の本人がそんな調子じゃ彼らが可哀そうよ」
いやいやファルは絶対勘違いしている。
「そもそもファルは、何で彼らが私に好意を持ってるって思うのよ?」
「そんなの見てたら分かるじゃない。ルートリアなんかあからさまよね。目でレイナを追ってるし。なんか思い当たる事はないの?」
思い当たる事?
少し考えたけどだんだん腹が立ってきた。
「からかわれてばかりで、いつもおちょくられてるわよ!」
すっかり私の事を小ばかにした態度のファルが、足を組んでから見下ろす目線で言った。
「お姉さんがレイナに男心を教えてあげるから、どんな風におちょくられてるのか言ってみてくれるかしら?」
手の平を上にした右手をピストルの形にして、手首を曲げながら私に向けた。
腹立つわー!
いくら恋愛経験が無いからって、見た目子供のファルに言われるのは心外だ。
……。
……。
……待って。
彼女は創られて数千年の悪魔なんだから私より年上なのよね。
本当にお姉さんじゃない!
なら恋愛経験も私より豊富に決まっているわ!
こちらは恋愛経験ゼロの雑魚なのだ。
もうこの際、いろいろ聞いてしまってもいいんじゃないかしら?
「……あ、あのファル? 実はね……」
相談しなけりゃ良かった。
彼女も恋愛経験ゼロだったじゃないの!
私と同レベルなのに参考になる訳ないわ。
何が「ルートリアは本気でレイナを好きよ」だ。
数日前に浮浪者の恰好の私と会ったばかりなのに、本気で好きになるも何もないでしょ!
しかも「プレシオはルートリアの気持ちを知っているから遠慮しているの」なんて妄想が激し過ぎだわ。
「もう、私の話は終わりにしましょ! それよりファルの事を聞かせてよ」
今の話が楽しかったのか、不満そうに口を尖らせたファルはすぐに楽しそうな表情に戻って口を開いた。
「それじゃ、次は私の番ね!」
胸の前で小さく手を叩いて笑顔で自分の話を始めた。
舐めていたわ。
数千年の重みは半端じゃなかった。
小鳥のさえずりが聞こえ始めて、窓から朝日が差し込みだした。
とうとう夜が明けてしまったみたい。
私も昨日は肉体労働を頑張ったのでかなり疲れていたのだけど、ファルのお喋りが際限なく続いて結局寝る事を許してもらえなかった。
最初の内は私も悪魔少女の話が面白くて、いろいろ尋ねたり一緒にはしゃいだりして楽しかったのだ。
でも、深夜に昼間の労働の疲れが出て眠たくなったので「続きは明日にしよう」と提案したら、話に水を差されたのが気に入らなかったのか物凄く不機嫌になり「ちゃんと聞いてくれないと暴れる」とヒステリーを起こした。
せっかく悪魔と争いを起こさずに良好な関係を築けそうなのだ。
ここで焦ってはプレシオとルートリアの頑張りが台無しになる。
いずれ彼女も眠くなるだろうからそれまでの辛抱だと頑張っていたのだけど、私は肝心なことをすっかり忘れていたのだ。
悪魔は眠らないという事を……。
そして、彼女のお喋りは今も続いている。
眠らせない拷問があると聞いたけど、これは相当につらい。
そりゃこんな状況が数日続いたら、どんな事でも話してしまうわ。
「ファ、ファル? お話し中悪いんだけど、ちょっとお花摘みに行ってもいいかしら……」
「話の腰を折られるのは気に入らないけど、お花摘みのフレーズは女子トークに欠かせないものね。いいわ、待っててあげる」
やっぱりまだ終わらないんだ……。
待っててあげるというフレーズにげんなりしながら、部屋を出てトイレに向かう。
トイレから戻って水でも飲もうとダイニングに向かうと、スケルドラゴン調査の出発準備ができたプレシオとルートリアが挨拶してきた。
「おはよう、レイナ!」
「すっかり準備が出来ているな? では行くぞ」
冒険者の服を着ている私を見てルートリアが出発しようとする。
「ち、違うのよ。この恰好は昨日のままなのよ……」
「どういう事だ? 昨日は早めに部屋へ入ったはずだが」
「何だか顔色が悪いけど大丈夫? 目の下にくまが出来てるしさ」
「わ、私は今日の冒険をお休みしてもいいかしら……」
ちょっとフラフラする。
「いくら女子トークって言ってもさ、その後十分に寝る時間があったよね? ……あれ? ……もしやファルが言ってた、数千年溜まった思いをぶちまけるって冗談じゃなかったのか?」
「うん……、実はまだ話が続いてるの」
「何!? ま、まさかレイナは寝ていないのか!?」
女子トークが盛り上がって一晩を明かす事だって普通ならあるかもしれないけど、あれだけの肉体労働をした日に一晩中起きているのはとてもしんどい。
「本当に数千年分の女子トークが続いたらさ、レイナが寝不足で倒れてしまうって!」
「相手は悪魔だから機嫌を損ねるとどうなるか分からん。困ったものだ」
「平気だから……。一晩話して分かったけど彼女は話せば分かる悪魔だから。最悪、魔道具で何とかするし……。だから2人で出発して……。私はここで待ってるわ」
「いや、今日の予定は中止にしよう。レイナを悪魔と2人きりで置き去りにする訳にいかない」
「そうだね。俺たちは討伐した鬼ツムリの片付けを手伝ってさ、この家をもう少し借りられるように頼んでくるよ」
「ありがとう。じゃあもうひと頑張りしてくるわ……」
2人にそう告げてまた部屋へ向かう。
「昨日は相当俺たちも疲労したけどさ、レイナの方が大変そうだな。何とか頑張って!」
「こればかりは男の我々ではどうにもできない。頼んだぞ、レイナ!」
後ろからプレシオとルートリアが声を掛けてくれた。
私は苦笑いで2人の鼓舞に応えると重い足取りで部屋の扉を開けた。
「遅いじゃない! やっとプロローグが終わってこれからが本番なのよ! 続きを話すから早く座って!」
ファルが椅子の座面をぽんぽんと叩いて着席を促している。
ひ、ひぃいーッ!
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